あの男性は私ではありません
これはこの物語の最新エピソードです。皆さんに楽しんでいただければ幸いです。
チエミと別れてから、ミカミは静かになった。
あまりにも静かで、逆に怖いほどだった。
夜。
彼の部屋の窓から、ハーモニカの音が流れる。
低く、長く、湿った旋律。
机には詩のノート。
ページは黒いインクで埋まり、どの行にも孤独がにじんでいる。
◆
チュビとみんなは集まっていた。
「……ミカミは大丈夫かな」
「文学史的に最悪の前例があるからな……」
チュビが腕を組む。
「若き青年が失恋し、青い上着を着て、最後には――」
「やめろやめろやめろ!」
桜が叫ぶ。
彼女の顔は青い。
(私のせいだ)
不安を煽ったのだ。
あの小さな言葉が、連鎖の一部だった。
最近のミカミは、授業中もどこか遠くを見ている。
屋上にも行かない。
笑わない。
「衝動的なタイプじゃないとは思うけど……」
「でもロマンチストだよね、あいつ」
誰もが、最悪の展開を想像した。
◆
だが。
何も起こらなかった。
一週間。
二週間。
三週間。
ミカミは生きている。
毎晩ハーモニカを吹き、詩を書き、そして――
Project Croweye を見続けていた。
◆
検索条件。
《カリナに告白した世界》
無数の窓が開く。
プールサイドで告白するミカミ。
カリナが微笑んで頷く。
別の世界。
海辺の都市。
褐色の肌の子どもが笑っている。
「パパ!」
未来のミカミが抱き上げる。
幸せそうだ。
家庭。
温かい食卓。
笑い声。
成功した漫画家の姿もある。
カリナをヒロインにした海洋ファンタジーがヒットしている世界。
どの未来も、悪くない。
むしろ、理想的だ。
◆
ミカミは画面を閉じる。
暗い部屋。
(簡単だ)
カリナを誘えばいい。
あとは未来が自動的に展開する。
Croweyeはそれを証明している。
確率は高い。
幸福度も高い。
(でも……)
彼はもう一度、画面を開く。
未来の自分を見る。
笑っている。
落ち着いている。
迷いがない。
その目は、今の自分とは違う。
(あれは……俺か?)
違和感。
決定的なズレ。
そこにいる男は、チエミと別れた痛みを通過し、別の選択を重ね、別の価値観にたどり着いた存在だ。
今の自分とは、連続していない。
(あの男は、カリナを愛している)
(でも、俺はまだそこにいない)
未来は保証されている。
だが、その未来の“自分”に、彼は共感できなかった。
◆
翌日。
プール。
カリナが水面から顔を上げる。
「ミカミ、最近元気ないね」
「まあね」
彼女は水をかき分けながら笑う。
「もし落ち込んでるなら、海に来る? 海は全部飲み込んでくれる」
優しい誘い。
未来の分岐点。
ミカミは一瞬、言いかける。
「カリナ、俺――」
だが、止めた。
「……いや、なんでもない」
カリナは少し不思議そうに首をかしげる。
◆
夜。
再びハーモニカ。
旋律はまだ悲しい。
だが以前より、少しだけ強い。
結局、三上はカリナをデートに誘いませんでした。
このエピソードを楽しんでいただければ幸いです。次のエピソードはすぐにアップロードします。




