誰にも言わないでね
これはこの物語の最新エピソードです。皆さんに楽しんでいただければ幸いです。
夏休み明け。
教室のドアが開く。
「今日からこのクラスに入る転校生を紹介する」
担任の声とともに現れたのは――
褐色の肌。
豊かな体つき。
自信に満ちた瞳。
「カリナ・イポスレスです。キューバ出身です。よろしくお願いします」
教室がざわつく。
(ぽっちゃり美人……)
(オーラがすごい……)
彼女はオリンピックに出場した経歴を持つ水泳選手だった。ニュースで見たことがある者もいる。
◆
奇妙なことが一つあった。
カリナは毎朝、誰よりも早く登校する。
そして必ず水泳部のプールにいる。
放課後も、最後まで泳いでいる。
気づけば、誰もいなくなってから静かに帰っていく。
(徹底してるな……)
ミカミは感心していた。
◆
ある日。
家に帰ってから、ミカミは気づく。
「あ」
詩のノートを学校に忘れた。
夕暮れの校舎へ戻る。
静まり返った廊下。
そのとき。
ギィ、と小さな音。
振り向くと――
カリナがいた。
だが。
彼女は、車椅子に座っていた。
「……!」
ミカミは目を見開く。
(どういうことだ?)
プールでは、彼女は完璧に脚を動かしている。水中では誰よりもしなやかだった。
だが今、彼女の足は不自然に静止している。
カリナは一瞬で悟った。
彼女は恥ずかしさで顔を赤らめます。
「み。。。見たのね」
沈黙。
「……誰にも言わないで」
その声は、プールで見せる強さとは違った。
◆
屋上。
夕焼け。
カリナはゆっくり語り始めた。
「私はキューバで孤児だった。ある嵐の日、船が沈んだ」
波。闇。冷たい海。
「生き残ったのは、私だけ」
だが。
「助けたのは人間じゃない」
彼女は空を見る。
「アフラ。人魚の女王」
ミカミは黙って聞く。
「人魚たちは、人間社会の裏でひっそりと文明を築いている。海の奥深くに」
サンゴの都市。光る水路。歌声。
「私はそこで育てられた。人魚のように泳ぐように、徹底的に訓練された」
だから彼女は水中で無敵なのだ。
「でも」
小さく笑う。
「歩き方も、走り方も、ちゃんと教わらなかった」
陸ではぎこちない。
バランスが悪い。
足の運びが不自然。
「変なの。自分の脚なのに、水の中じゃ自由で、地上じゃ迷子」
だから彼女は誰よりも早く来る。
誰もいない時間に車椅子で移動し、プールでだけ“本来の自分”になる。
「秘密にしてきた。ずっと」
ミカミは静かに言った。
「言わないよ」
カリナは彼を見る。
「本当に?」
「うん。約束する」
少しの沈黙。
そして彼女は、初めて柔らかく笑った。
「ありがとう、ミカミ」
◆
それ以来、二人は自然と話すようになった。
放課後の屋上。
図書室。
人気のない廊下。
カリナは、海の話をする。
人魚の文化。
海底の祭り。
アフラ女王の厳しさ。
ミカミは詩を読む。
二人の距離は、少しずつ縮まった。
◆
一方。
それを遠くから見ている者がいた。
桜。
(……あいつ)
彼女はまだミカミを嫌っている。
チエミのもとへ歩み寄る。
「ねえ、最近ミカミとあの転校生、よく一緒にいるよね」
「え?」
「水泳部のあとも、二人きりで話してるらしいよ」
チエミの表情がわずかに揺れる。
「ただの友達じゃないの?」
桜は肩をすくめる。
「どうかな。男って、意外と分からないよ?」
その言葉は、静かに刺さる。
◆
夕暮れ。
プールの水面が赤く染まる。
カリナは水の中で自由に回転する。
その姿を見つめるミカミ。
水面の向こう側で、別の波紋が広がり始めていた。
このエピソードを楽しんでいただければ幸いです。次のエピソードはすぐにアップロードします。




