女性のイカロス
これはこの物語の最新エピソードです。皆さんに楽しんでいただければ幸いです。
チエミとミカミが付き合い始めてから、世界の色は少し変わった。
少なくとも、チエコの目にはそう見えた。
放課後の廊下で並んで歩く二人。
何気ない笑顔。
自然に重なる指先。
(……いいな)
その感情に、彼女はすぐには名前をつけなかった。
ただ、胸の奥がざわつく。
彼女は説明があった
(チエミが“何か”を見つけたからだ。私は見つけたいものをまだ見つけていない。)
だが本当は――
チエコはまだ一度も、誰かと正式に付き合ったことがなかった。
その事実に、彼女自身はまだ気づいていなかった。
◆
毎週金曜日、午後五時。
Project Croweyeが起動する。
無数のモニターに、無数の「チエコ」が映る。
眼鏡のチエコ。
軍服姿のチエコ。
宇宙ステーションにいるチエコ。
バンドのボーカルになっているチエコ。
並行世界の自分たち。
「今週は火星で講義をしたわ」
「私は国家機関に追われてる」
「私は結婚した」
「私は革命を起こした」
情報が飛び交う。
目的は一つ。
――経験の統合。
すべての世界のチエコが、すべてを体験すること。
だが。
ビデオ会議は二時間しかない。
しかも週に一度。
話はいつも途中で終わる。
「時間だ」
「また来週」
「ログアウト」
画面が暗くなる。
静寂。
(遅すぎる)
チエコは思う。
(このままでは、何百年かかるかわからない)
◆
その日、廊下でチエミの笑顔を見た。
ミカミに向けられた、あの柔らかな表情。
胸が、ちくりと痛む。
まだ経験していないことがたくさんあります。
その単語が、頭の中で静かに浮かぶ。
(もし、すべての宇宙を一つにまとめられたら?)
すべてのチエコの経験を、一瞬で自分のものにできる。
不足は消える。
空白は埋まる。
◆
夜。
チュビのラボ。
無人。
チエコがチュビにヨーグルトを少しあげたので、チュビはそれで酔っ払ってしまっていました。
チエコは入室コードを解除する。
「……これだ」
棚の奥。
銀色の球体装置。
ラベルには小さく書かれている。
《多元位相収束試作機 ― 未完成》
(並行世界統合装置)
彼女はそう解釈した。
「理論上、全宇宙の座標を一点に収束……」
スイッチを入れる。
低い振動音。
空気が歪む。
◆
空が割れる。
教室の窓の外に、別の空が重なる。
廊下に、別の廊下が透けて見える。
別世界の自分が、一瞬だけこちらを見る。
重力が揺れる。
「なにこれ!?」
「地震!?」
ミカミが叫ぶ。
「これは……地震じゃない!」
遠くでガラスが砕ける音。
複数の世界が、無理やり重ねられている。
だが――
融合ではない。
衝突。
位相が噛み合っていない。
世界同士が摩擦を起こしている。
◆
ラボ。
チエコの前で、空間が裂け、無数の風景がぶつかり合う。
彼女の髪が浮く。
「これで……全部、私になる……!」
その瞬間、背後から声。
「馬鹿者ぉぉぉぉぉ!!」
チュビが飛び込む。
「それは統合装置ではない! 衝突加速器だ!」
「え?」
「未完成だ! 座標調整がゼロだぞ! このままでは世界同士が対消滅する!!」
チュビは制御パネルに飛びつく。
汗が滴る。
「位相ロック解除! 緊急分離プロトコル!」
世界が悲鳴を上げる。
校庭が二重に見える。
空に亀裂。
ミカミがチエミを抱き寄せる。
「大丈夫だ!」
◆
最後のスイッチ。
チュビが叩く。
白い閃光。
静寂。
◆
数秒後。
すべてが元に戻る。
ただし――
小さな余震が、空間を震わせ続けていた。
マルチバース規模の“地震”。
だが幸い、死者は出なかった。
◆
ラボ。
チエコは座り込んでいる。
「……私は、ただ……全部を手に入れたかっただけ」。
チュビはチエコに怒鳴っていました。チュビの顔は怒りで滑稽なほど真っ赤になっていました。
このエピソードを楽しんでいただければ幸いです。次のエピソードはすぐにアップロードします。




