"蛇の様な"これすなわち卑猥な表現である
「ん?あれ、日夏ちゃんじゃない?」
「え?」
夜の繁華街。
犯人の目星が消えた為、自分の足で無闇矢鱈に歩き回った3人は「今日は死ぬほど探したし、もういいだろう。褒美として居酒屋でパーッとやりますか」なんて言って夕食を終えたばかりだった。
ネオンの光が日の落ちた空を照らす街。
学生が歩いていたら間違いなく補導される、そんな時間帯。
3人の進行方向の先にひとりの少女がいた。
ただの少女ではない。美少女である。
ただの美少女ではない。見慣れた美少女である。
言うまでもない。芹沢日夏である。
日夏自身、こういう場所に慣れているわけではないはずなのだが、気怠げでありながらも、いやに堂々とした姿に道行く人は目を引かれていた。
その歩き姿はまるで私はこの街の女王だと言わんばかりである。
琴葉達3人も例に漏れず、そんな女王様に目を引かれた。
「やっぱり日夏ちゃんだよ。おーい!」
未来は大通り沿いを歩いている日夏を呼び、手を大きく振った。
数秒すると日夏も気付いたのか、その目に未来の姿を写した。
「あれ?何でい────」
日夏が質問するよりも先に琴葉が駆け寄り、日夏の肩を掴んだ。
「こんな時間にこんな所で何やってんの???」
琴葉の顔に余裕はない。
息が荒いのは走ったからだけではないだろう。
「何って….まあ?犯人探し?」
「こんな時間に出歩いちゃ駄目だよ!頭イカれた奴ばっかだから!」
「こんな時間って…、まだ10時だぞ?」
「やばい奴しかい居ないから!欲望のままに生きた猿みたいな奴しかいないから!」
話半分にしか聞かない日夏に対し、声を上げて話す。
その姿からか周りに人が集まり、野次を飛ばす者も現れた。
「ひゅっー!嬢ちゃん一緒に飲み行かねーか?」
飲みの誘いは琴葉にではなく、日夏に向けてであった。
もちろん冗談混じりではあるのだが、琴葉はその言葉を冗談とは受け取らなかった。
「汚ねえ野郎が汚ねえ口で汚ねえ事言ってんじゃねェーーーー!」
「うわぁあああああ!!!」「いいぞ!もっとやれ!」「止めろ止めろ!」「なんだこの女!?力強過ぎる!」
琴葉は野次を飛ばした酔っ払いに対し、飛びかかり顔面を殴りつけた。
突如として始まった乱闘に周りの人達は止めに入るが、琴葉の規格外の力に誰も抑えられずにいた。
そんな琴葉を見て未来は言った。
「いい?紗南、ああいう危ない人とは関わらない様にしなさい?」
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「え?本当に入れてくれないの?」
「当たり前でしょ?自分ん家、帰りなよ」
「え〜!もうこの家以外で住めない〜!和室がいい〜!質素なマンションとか嫌だ〜!」
「私も実家帰りたくないんだけど〜」
「帰る家がない…」
駄々をこねる居候どもに意外と人に甘い日夏は、流石に可哀想だとこれまでの所業を許しかけた。
が、琴葉達3人がその日、日夏の家に入れる事はなかった。
なぜなら──────
「はい!帰った帰った〜」
もう1人の家主が現れたからだ。
「げっ、蒼華…」
青髪の美女、双柳蒼華が階段を登った先の玄関に立っていた。
並んでいる日夏の背が170cm弱である事を考えると、蒼華の上背は裕に175cmを超えているだろう。
手足は長く、まるでパリコレモデルの様である。
そんな長身美女は日夏の肩に手をかけて、寄りかかる様に立っていた。
「居候どもは出ていきな、この家は私と日夏の家だからね」
何を隠そう、この屋敷と言っても過言ではない様なドデカい日本家屋は名義上、蒼華の家なのである。
土地代は日夏、建物代と名義は蒼華。
つまり、この家は2人で買ったものなのである。
蒼華の言葉を借りるならば2人の愛の巣である。
「日夏!蒼華はダメだって!横見てみてよ!エロいよ!絶対エロい事企んでるよ!?」
「エロい事なんて企んでないよー。なあ?日夏?」
蒼華は日夏の体を蛇の様に絡みつく視線で見ながら、腰に腕をまわし、肩を引き寄せて確認する様に言った。
日夏は蒼華のそんな態度に慣れているのか、あまり気に留めていない。
「日夏!今日は絶対に寝るなよ!寝たら死ぬぞ!私が!悲しみでな!」
蒼華が現れた事で必死さが増し、自分を家に泊める様に嘆願する。
が、そんな琴葉の言葉も虚しく日夏と蒼華は2人仲良く家の中へと入っていった。
扉が閉まるまでの間に見えた蒼華の瞳は琴葉を煽る様に、勝利を謳う様に燃えていた。
紗南は既にゲーセンへと繰り出し、未来は実家ではない自分の家へと帰っていた。
その為、夜の住宅街で琴葉は1人立ち尽くす事になったのであった。
「やばい…、泣きそう…」
改稿済み