7 常夏とマッソ~!
前回の続きです。
それを引っ張った拍子に、風凛が悲鳴を上げながら倒れてくる。
パンツを掴まれて固まった彼女を軸に、立ち位置を入れ替えようと計画していた。
しかしその予想外の行動に、私は対応することが出来ない。
あ、もしかしてこれまずいやつでは?
もしかしなくても、2人揃って落ちるやつでは!?
気がついた頃には時既に遅し。
どうにかして踏ん張ろうと手をばたばたさせてみたが、効果は1つも無くそのまま海にどぼん。
その後、上から倒れてきた風凛に押しつぶされて、無事2ヒット1撃試合終了。
結果は引き分けだった。
「「――あははははははっ!」」
冷たい海水に揺られながら、私達は笑い合う。
アニメとかで見たことがある”戦闘後に芽生える友情”、みたいなものだろうか。
今はこの時が楽しくてしょうがない。
「ふーちゃん見てください! 水の中、お魚さんがいっぱいですよ!」
「うお、なんだっこれ!? 綺麗、透き通ってる、魚いる! しかもこの量……マジで食い放題じゃん!」
名も知らぬ小さい魚が、群を成して泳ぎ回る。
その様子は、見ていてとてもかわいらしい。
もう”いっその事ここに住んでしまおうかな”、なんて考えてしまうほどの特別な開放感。
もしそれが今日だけで終わってしまうとしても、私が人間だとしたら選んでいたかもしれない。
――海っていいな。
今まで毛嫌いしていた気持ちが、泡のように溶けていく
たしかに面倒な事には変わりないのだが、年に1回くらいは来ても良いと思えるまで株が上昇中だ。
「あの……お嬢さん方。すみませんが、そろそろ海から上がってもらっても大丈夫ですかね?」
私達の会話に割って入ってきた、聞き覚えのある男の声。
風凛と遊んでいて、すっかり忘れていた。
私を追いかけて来た、あの忌まわしき人間の存在を。
「風凛! お前が連れてきたんだから、自分で責任を取れ!」
今日始めて気がついた、気持ちのいいこの感覚を邪魔されたくない。
風凛に説明をさせている内に、できるだけ堪能してしまおう。
そう考えた私は、素早く横を振り向いた。
だがそこには、先程まであった彼女の姿がない。
あいつまた逃げやがった!
「ほら、早くこっちに来て。向こうでお話、たっぷり聞かせて貰いますからね」
あ、終わった。
目の前の彼は、私の手をぐいっと引っ張って行く。
2度も裏切られ、その衝撃のあまり固まっていた私は、無理に体を引っ張られた反動で転んでしまった。
だが、そんな事も気に留めずそのまま歩いて行く彼。
そして、ずるずると引きずられる私。
端から見たら、この状況ってどんな感じなんだろう。
軽い現実逃避を起こして、事実から逃げようとする。
しかし、砂の圧倒的摩擦力がそれを許してはくれない。
「いたい、いたいから! ちょま、目に砂入った! ちょっと、ちょっとだけで良いから私の話を聞いて! もう引きずらないで〜!」
▲◆□○◆
「やっと開放された〜。てか、説得するのに2時間かかるってなんだよ。ゲームの緊急メンテくらい腹立つな」
謎の部屋に数時間監禁された私は、精神的に疲れていた。
というか、元は私の疲労回復のために海に来たはず。
なのに、なぜ余計に疲れているのか?
答えなんて知らん。
なんならこっちが教えて欲しい。
「おつかれさま」
頭の中で不満をかき回していると、風凛が釈放された私を迎えに来た。
今回の元凶だというのに、なにくわぬ顔をして来るもんだから余計に苛つく。
「お前のせいで、ほんっとひどい目にあったんだからな!」
”さっさと責任取れよ”と、肘で彼女の二の腕を突く。
だが、いくら合図を送ろうと、望んだ反応は得られる事はない。
私が謝罪の言葉が無いことにムカつき始める中、彼女は店長たちがいると思わしき場所へと歩き始める。
色々ありながらも、どうにかして本日は平穏に戻った。
そう、思った時だった。
私だって、1度は聞き間違いだと信じたよ。
でも、聞こえてくるのだから仕方がない。
微かな音量から段々と声が張り上がっていく、あの鬱陶しい感じが。
「マッソ〜! マッソ〜!!」
数多のパラソルの先、一際大柄な男たちがいた。
彼らの体格は”筋肉質”という言葉が一番に似合うほどの物。
太陽の熱で肌でも焼いているのだろうか、黒光りするその巨体には敬畏を覚える。
でも……あれはないな。
うん、あれはない。
「なんだか危なそうな集団だな。風凛、あーいう奴とは関わらないように気をつけよ」
そう注意を促すと、彼女は不思議そうな顔をする。
まるで、私だけがわかっていない事実があるかのように。
「ふーちゃんは裏仕事が多いから見たこと無いんだっけ。あれ、家の常連さんよ? なんでも、肉の質が良くてタンパクが良く取れるとか。あと、秘伝のタレのお陰で”肌を焼かずに筋肉が濃く見える”とかなんとか……」
「あの店やべえな! てかすいませんでした! 速攻で土下座します!!」
海編②です。
あと1つだけ、その後と後日談があります。
ご了承下さい。
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