5 あなたが神か
「ねぇそこのカワイイお嬢ちゃん。行くとこないならさ、ぼくの家に来ないかい?」
橋の下、程よく広がった河川敷で座り込んでいると、知らない人から声をかけられた。
振り返って見ると、そこには肉団子が繋がったようなまんまるボディが壁のようにそびえ立っている。
その人はテカテカの頭が特徴的で、汗っかきなのか首から垂らしているタオルはびっしょりと濡れていてちょっとキモい。
この人間、私にいったい何の用だろうか、
これから川魚の塩焼きを作ろうとしていた最中に、邪魔をされては作業が進まない。
火をつける道具を取るために隣を通り抜けようとしても、手を大きく広げて妨害をしてくる。
「……なにか用でしょうか?」
相手の目を直視して、”用がないなら散れ”と圧をかける。
先刻の戦いで体力を使い果たしてしまった私は、早くご飯を食べて寝たいのだ。
ただでさえこんな辺鄙な場所での野宿を強要されているのに、それすらまともに実行させてくれないなんて。
あぁ、フラストレーションが溜まりまくってしょうがない。
「邪魔なんで、さっさとそこどいてくれます?」
言葉にしないと何も始まらない。
そう考えた私は、苛つきを交えた声で威嚇する。
しかしそれの何かが尺に障ったのか、私の言葉を受けてからいきなり怒り出してしまった。
そのせいか、砂利の上をドスドスと踏みつけ始めたおじさん。
体重はありそうな見た目をしているのに、小さな音しか鳴らないことに不覚にも笑ってしまう。
「むき〜! いま笑ったな。くそ、ばかにしやがって! ぼくはただ、かよわい君を守ってあげようとしただけなのにぃ!」
私をただの少女としか思っていないのだろう。
右手を振りかぶって、今にでも殴りかかろうとしているおじさん。
確かに背丈は短いかもしれないが、私は仮にも最強の神。
魔法が使えなくとも、こんな一般人。
しかも人間ごときに負ける訳がない。
こいつも運が悪かったな。
まぁ、寝起きに化けて出られなければなんでもいいや。
「――なにしてるんですか! 研究者の皆さんあそこです。あそこに”クソデブハゲネズミ科目、幼女に手を上げている激キモおじさん”がいます!」
拳を放った瞬間に、裏拳で反撃を決めようと考えていたその時。
突如河川敷の斜面を、10数人の人間たちが駆け下りてきた。
その後、おじさんはまばたきをする間もなく捕まえられ、なんとも悔しそうな表情を浮かべている。
「大丈夫ですか? ……あなた、フェルデリアさん? ですよね」
「どうして私の名を!?」
「いや、今日店で働き始めたじゃないですか。ほらあの焼鳥屋」
この大群を引き連れてきたであろう女性が、ぜえぜえと息を切らしながら話を始める。
最初は誰か分からなかったが、よく顔を見てみると確かに焼き鳥屋に居た従業員だ。
「いやぁほんと助かったよ、お礼になにか奢る? ……ってお金ないんだった」
私は体中を叩いて、何も持っていない事を証明しようとする。
その様子がどこかおかしかったのか、彼女はくすりと笑い出した。
「それにしても、最近はなにかと物騒で困りますな」
「そうですね。でも、なんでフェルデリアさんはこんなところに?」
こいつ、話の合間を縫って嫌なことを聞いてくる!
できるだけ流れを生かしたまま話を進めようとしたのに、どうもうまく行かない。
この問いになんと返すべきか。
正直に天界から追放されたと言う?
いやいや、そんなこと誰が信じるんだ。
神と言う生物すらも曖昧なこの世で、いきなり”私は神です”とか言ってみろ。
多分というかおおよそ、100パーセント確定で引かれるぞ。
でも、ならばどうする。
ここはいっそのこと、巨大ダンゴムシに轢かれたって事に――
「行くとこ、ないんですか?」
「はぁあうぁあっっ!」
彼女からの唐突な推理に、思わず変な声が出てしまった。
何も話していないのに、なぜ解答がわかるのか。
浮かんできた可能性としては2つ。
最高神の手先か、こいつの頭がめちゃくちゃいいか。
「いや、そんな事はないけど……」
「絶対ウソです! さっきギクッとした声出てたし、なんならあそこに――」
彼女が目線を向けた先にあったのは、本日寝床になるはずのダンボール。
だがあれがどうしたというのだ。
私のベッドを見ていても、そこに何も変哲はない。
こいつ、適当をこいているただのアホだったか。
そう思って、視線を戻そうとしたその時。
――あ。
背の高い人の裏に隠れていて見えなかったが、そこには確かに書いてあった。
”ひろってください”という文字が、これでもかと大きく、でかでかと。
そうだ、戦闘後の魔力切れでよく覚えていないが、”寝ているときに誰かが拾ってくれて、ひも生活出来たら良いな”とかの理由で私が書いたような……。
「バカだったのは私の方じゃねーか!」
手に持っていた小石を、勢いよく地面に叩きつける。
下界に来てからというものの、私の知能低下が著しい気がしてならない。
これもゲームが出来ないせいだ。
たぶんそうに違いない。
たぶん……。
己の痴態を、一旦ゲームのせいにしておく。
そうでもしないと、今すぐ私が張り裂けそう。
「行くところ無いなら、とりあえず私の家にでもきますか? あいてる部屋とかありますし」
「あぁ、あなたが(本物の)神か」
私が1人であれやこれやとしていると、彼女がそんな事を提案してきた。
色々あった後ここで過ごすのも嫌だったし、助けてくれた分信用できるから願ったり叶ったりだ。
「今日は良いことと悪いことのサンドウィッチだな」
「なんですかそれ」
「いやしらん」
そうして私たちは、彼女の家に向かって歩みを進めた。
▲●○■◇
河川敷の上を真っすぐ進んだ道。
夜景で彩られた川と街が見える場所で、私は彼女におねだりをしてみた。
おねだりをするなら、いい景色が見える場所で夜に行うのがいいと。
なんかそんな感じのことを、昔天界のゲーム仲間が言ってた気がしたからだ。
まぁ、無理だったら逃げよう。
そしてゲーム仲間を殴りに行こう。
「神、ゲーム買ってくれたら嬉しいな〜」
「神って、あなた何言ってるんですか……。私には”嵐山風凛”ってちゃんとした名前があるんですよ。……って私の家はそっちじゃありません! ゲームは絶対に買いませんからね!」
▲◇◆○●
全面が白とピンクの壁紙で覆われ、ちょっとしたおしゃれな家具がある。
中には宝石のようなキラキラの物もあって、なんかこう凄い。
「おお〜。ここが風凛の家か」
1人暮らしだというのに、私の部屋とはどうしてこんなに違うのだろうか。
感心して、言葉にならない声が漏れ出してしまう。
「おおってなんですか、おおって。別に嫌なら出て行ってくれてもいいんですよ?」
だがその感心は彼女に伝わっていないらしく、”それほどだね”というようなニュアンスで取られてしまったのだろう。
時刻は既に夜9時を回っており、今度こそ追い出されるわけにもいかない私は、どうにかして機嫌を取ろうとする。
「い、いや。実に女の子らしい部屋だな〜と思って……。ほら、私の住んでた所にこんなのなかったし? でもわるいね、夜ご飯まで貰っちゃって」
「勝手に話を進めないでください! 別に夜ご飯くらいなら構いませんけど」
よかった、機嫌取りは成功したようだ。
彼女は部屋を褒められたことがよほど嬉しいのか、口角を上げてにやにやとしている。
「ともかく今日からふーちゃんはここにすんでください」
聞き間違いだろうか。
今、懐かしい呼び方が聞こえた気がする。
あの日を境に、もう合うことはなかった友人からの呼び名が。
「ふーちゃん?」
「はい。フェルデリアだと長いのでふーちゃんです」
なるほど。
悪気は無く、考えついた物がたまたま被ってしまったようだ。
彼女も言っちゃあれだったが、風凛も同じくらいの頭をしている。
それなら似ることの方が必然かもしれない。
というか、天界での私は最高格の神だった。
故にあだ名なんてつけてくれる者なんて居なかったし、敬語で呼ばれることの方が多かったのだ。
実際、みんなにあだ名をつけさせたら大半がこれだったりしてな。
それはそれで面白いけど。
「ほう、風凛よ。私をその名で呼ぶとは……まぁいいや。ところで夜ご飯の献立ってなに?」
「なんなんですか!」
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