1 愛する世界にさようなら
――ここは、この世の何もかも全てを決める神聖な領域”天界”。
そんな天界の中でも最近、”秩序を乱す不届き者がいる”というなんとも不名誉な噂が後を絶たない。
そのせいもあってか、火山が急に噴火したりゲリラ豪雨が続いたりなど、数え切れないほどの災害が天界に巻き怒っている。
今日もそう。
お偉い神様が1神、何かに怒り狂ったように足を進ませる。
「最高神様……最高神様! 本日はそんなにお怒りになられて、いったいどこにいくおつもりですか!」
「うるさいっ! ここ一帯は秘匿地域じゃ、何故たかが側近のお主が勝手について来るのだ!」
”最高神”とは、天界を統べる神々の中でも最高位の神。
そう、いわばトップの中のトップ。
人間界で言う、大統領や首相と同じ立場の神なのだ。
しかしそんな最高神とはいえども、悩みの1つや2つはあるようで――
「あ〜くそっ! また負けたんだけど!! やばいまじで台パン止まらん。くそっ!!! 何だよ10%状態異常とか……実質運ゲーじゃねーかよ! もう知らん寝る!!」
天界の天使や神々が、心身を酷して働く真昼間。
カーテンの閉まりきった薄暗い部屋で1人ゲームをし、負け、台パンをかます。
そんな神らしさを地の底に埋め、犬のたまり場にしている様な神がそこにいた。
「最高神様! あれはいったい何なのですか!?」
信じられない光景を見た、とばかりに目を見開いた側近が、最高神に問いかける。
「彼女の名は、”ミューラタス・フェルデリア”。この天界を統べる上位12番の神々。その中でも、最上位に君臨する正真正銘最強の神じゃ」
今より少し昔の事。
実に端麗な容姿と”空気と共鳴する”かの様な煌びやかな髪。
そして、”この世の全てを見通す”とも言われる透き通った碧眼を持つ神として、彼女は天界でとても有名な神であった。
だがしかし、そんな幻想も束の間。
今となっては部屋に引きこもってばかりで、ろくに働きもしないぐーたらニートのクソ女神である。
「なんでそんな凄い神様が……今はあんな”ニート”になってんですか最高神様ァ!」
「まぁ、そう焦るでない。貴様の疑問も早々とわかる」
最高神は軽く鼻で笑い、何かを諦めたような暗い顔をしながら部屋へと入っていった。
「おいフェルデリア。お主はいつまでそうしておるつもりだ! 今日という今日こそ、お主がそうしておった内に積もり積もった大量の仕事をこなしてもらうからな!」
「はぁ。なんだまた来たの……しかも天界の長である最高神様が直々に。なんとも暇そうでなによりですねぇ。でも、今私傷心中なんですの。だから無理です。ということで、はい、お帰り下さーい」
最高神の怒鳴り声を、防音魔法をかけて無力化する彼女。
めんどくさいとでも言わんばかりのしかめっ面をしながら、ゲームの進行ボタンをポチポチと押している。
その様子を目の当たりにした最高神は、更に声を張り上げ、どうにかして言う事を聞かせようと威嚇を開始した。
「いや、今日という今日こそは絶対に働いてもらうぞ! お前さんの食っとる飯だってタダじゃないんじゃ!! さもなくば……フェルデリア、貴様を即刻『追放の刑』に処してもいいのだぞ?」
”追放の刑”とは、天界からの追放を主とした、刑罰なかで3番目くらいには重い処罰。
一見、”家を追い出された”と同じたぐいの軽い物に感じそうなものではあるが、これが神からしたらたまったもんじゃない。
なぜなら、”天界での居場所がなくなる”というのは、今まで積み上げてきた神としての存在がなくなる事と同義だからだ。
別に、特段これによって神の力が弱くなったりはしない。
しかし、生物にとって一番大切なものは居場所。
自分を認めてくれる場所が、家が全てなくなるのだ。
それがどれだけの厳しさなのかを、例外なく、神は皆知っている。
対する最高神も、今回ばかりは”やり過ぎ”だという事は自認していた。
そのため、”ここまで言えば流石にやらざるを得ないじゃろ”と、脅しの意味を強く持たせて発言しているのだ。
「――は? ”それ”本気で言ってんの? 私を天界から追放って……。とうとう頭までおかしくなったか、このボケ老人!」
しかし、彼女の返答は予想とは全く違うもので、最高神を卑下するものばかりだった。
これにはいくら最高神とて、言われっぱなしでは威厳も何も無いと思ったのか、己の尊厳が傷つかない程度の言い返しを開始する。
「だ、誰がボケ老人じゃこの『堕女神』が! ワシが誰の為おもてやってやっとると思っとるんじゃ!」
「知るかアホタレ! 誰も頼んでねーしお前が勝手にやってるだけだろうが!」
だが、これがいけなかった。
イラつきの彼方に位置する彼女に対しての、微弱で曖昧な精神攻撃。
言いすぎて怒らせてはいけないと、不意に手加減したことが完全に裏目に出てしまった。
そのせいで、もはや最高神とて収集がつかない状況が巻き起こる。
「はぁ。お主というやつは本当に……本来はここまでする気はなかったが、もはや致し方あるまい」
最高神は、床の物を踏み荒らすかのように彼女の部屋へと入っていった。
【本日、今この時を持って。『至高の神』ミューラタス・フェルデリアを”追放”とする!】
最高神は自らの権限である”宣告”を使い、完全脱力でだらけているフェルデリアを指差した。
その時、前髪はライオンのたてがみにも似た様子に逆立て、周囲には閃光が散っている。
「もうここにお主の居場所はない! さらばじゃ……これからは命を狙われる生活になるやもしれんが、ワシにはもう関係ないことじゃ。せいぜいしぶとく生き延びることじゃの」
眉間に影を作り、いかにも嫌味ったらしい表情で煽る。
流石にこの待遇には、フェルデリアも黙ってはいられない。
今まで何万年と天界に費やしてきた労力が、たったこの一瞬で消え去ることに納得できないからだ。
「ふざけんなよっ……て嘘だろ!? こいつ本当に”追放”しやがった!」
この間にも、時は一刻一刻と迫っている。
先程寝転がっていた敷ぶとんの下には、すでに転移用の魔法陣が現れており、もはや逃れることは出来ないことを示していた。
しかしいくら最高神とて、労力に見合わない処罰を下していることは承知の上。
きちんと丹精を込めて謝罪し、これからはまともに働くと改心さえしてくれば”許してやらん事もない”と考えている。
だがその一方。
フェルデリアは、”あそこまでの暴言を言っておいて、もう後には引けない”と、覚悟を決めていた。
「最高神……話がある」
「何じゃ、まぁ最後の言葉くらい、情けに聞いてやろう」
今日、初めて彼女から発せられた言葉に、最高神は期待する。
「ゲームとパソコンのデータ。追放先の下界でも使えるようにしておいてくれ!」
彼女から発せられた言葉。
”許しを請いてくる”とばかり考えていた最高神は、勝手に脳回路がバグを起こし始め、内容を理解できない。
「……へ? あ、やべ。ミスって転送魔法が」
「ちょっと待てよ!! くそっもう時間が……最後に”最高神”――」
床に張り巡らされた結界が、一気に収縮して消えていく。
そうして、最後の言葉を言う前にフェルデリアは天界から姿を消した。
この事件を目の当たりにして、先刻から蚊帳の外であった側近は、勢い確かに逃げる。
実際、最高神にいくら権限があろうと”十二神”を何の予告もなしに追放するなど例外も例外。
恐れることの方が正しいのだ。
「行ってしもうた……。しかも最後なんか言いかけておったし。まぁあやつのことじゃ、どうせろくな事でも無いじゃろ!」
自分の娘のように育てていた彼女の言葉。
最高神は思考を止め、それを聞かなかったことにした。
一方その頃外界では。
「うわぁぁぁぁ落ちるぅぅぅぅ!!」
青稜に煌めく外界の空に、天界最強の1神が舞い降りた。
交わることのない2つの世界。
今、交差する――
2話目です!
10時頃3話目投稿します!
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