『クラスで2番目にかわいい』幼馴染がぼくにとってはかわいすぎる
お立ち寄り頂きありがとうございます。連載小説の1話分くらいの長さなので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。
☆5月22日、日間現実世界ラブコメランキング18位になれました! お読みくださった方々、ありがとうございます。
ぼくのクラスには『クラスで2番目にかわいい女の子』と、『クラスで1番目にかわいい女の子』がいる――。
「あー、今日も水瀬さん可愛いな」
「うちの『2番目』が今日も見られるなんて眼福眼福」
朝の教室。多くの女子に囲まれて盛り上がっている。その中心にいる美少女をちらちらと見ながら、その輪に入っていけない男子達がそんなことを話していた。
水瀬雪奈はいわゆる『クラスで2番目にかわいい』女の子だ。成績は学年2位、運動神経抜群、そして何より天使のようにかわいくて、明るい。そんな彼女はクラスの誰からも愛されるムードメーカーだった。でも、彼女はクラスで『2番目』だった、なぜなら――。
地毛のブロンドヘアを肩まで伸ばした美少女が気だるげな表情で教室に入ってきた途端。先ほどまでおしゃべりに興じていた誰もが息を飲み、クラス全体の空気が一変する。雪奈がクラスで『2番目』にかわいい女の子でしかない理由。それは、このクラスには存在するだけでクラスの空気を変えてしまうほどの、雪奈よりもさらにその上を行く、圧倒的な『1番』の美少女がいたから。
彼女の名前は長嶋美月。成績は学年トップ。自身は帰宅部なのに土日はいつも運動部に助っ人として引っ張りだこなほど運動神経がいい。彼女はあらゆる分野で雪奈を含めた他の生徒と頭1つ抜けたスペックを誇っていた。そんな彼女と雪奈が一緒のクラスにいると必然的に雪奈は『1番』と較べざるを得なかった。
「水瀬も運が悪いよな。長嶋みたいな完璧超人さえいなければ水瀬が『1番』だっただろうに」
「水瀬も美少女で完璧超人なんだけど、やっぱ長嶋と同じクラスにいると比べて、霞んじゃうよな」
「でも長嶋は完璧すぎて人間味がないよ。女神さま、って感じで近寄りがたい。俺は水瀬の方が話しやすいかな、よっぽど庶民的で」
長嶋美月が教室に入ってきて暫くして。さっきの男子共が遠慮するかのように声を潜めて無責任な会話を再開する。誰に遠慮しているのかわからないけれど、ぼくには丸聞こえだからあんまり意味ないな、と思う。
ぼくは男子たちのそのような会話が苦手だった。『1番』とか『2番』なんて関係ないじゃん。人を数字で縛るなよ。そう頭の中で思いながらもぼくは何も口を挟まずに彼らの横を通り過ぎた時。
「うんっ! 『2番目』ってけっこう居心地いいんだよっ! 」
明るい声に話していた男子とぼくははっとする。気づくとさっきまでクラスメイトに囲まれながら話していた雪奈が近くまで来ていた。
「わたしはいっつも美月と較べられてきたから『1番』なんてなったことがない。だから『1番』の気持ちはわからない。けど、でも『1番』ってやっぱり孤独で、近寄りがたいじゃん? それに比べて、今の『2番』の方がみんな気兼ねなく接してくれて、わたしはうれしい! 」
そう言って天使のようにはにかむ雪奈の笑顔に、さっきまで好き勝手なことを言っていた男子も含めてクラスの全員が和む。雪奈のことを『2番目』と呼ぶことがまかり通っている理由。それは雪奈の人徳によるところが大きい。普通ならば『2番目』なんて言われていい気はしないはずなのに、雪奈は一切そのことを気にすることがなかった。むしろ彼女の方からネタにすることがあるくらい。『2番』でありながらも劣等感だとか暗い表情は一切見せず、いつもクラスに笑顔を振りまく天使のような女の子。そんな雪奈のことが、クラスのみんなは大好きだった。
でも。そんな彼女は常に『天使』というわけじゃなかった。
「あー、また美月に負けたぁ! 悔しいっ! 」
1学期の終業式後。帰宅部なのでまっすぐ家に帰ってきたぼくよりも先にぼくの部屋を占拠し、喚いている少女がいた。セーラー服のまま我が物顔のようにぼくのベッドに寝転がった彼女こそ、ぼくの幼馴染にして『クラスで2番目にかわいい』雪奈だった。そして彼女の右手にはくしゃくしゃに丸められた1学期の成績表があった。その中には雪奈が飽きるほど見た『2番』の2文字がきっと踊ってるんだろう。
他のクラスメイトが見たら度肝を抜く光景かもしれない。けれど、ぼくからしたら雪奈がぼくの部屋に不法侵入して駄々をこねているのはさして珍しい光景じゃない。生まれた時から家が隣同士で、家族ぐるみの付き合いがあった『幼馴染』のぼく達は兄弟同然に育ってきた。互いの部屋を行き来することなんて日常茶飯事で、高校生になった今でもそう言う関係が続いている。
そして、特に今日みたいな日――成績が出たりだとかスポーツテストのあった日だとかの雪奈が『2番』であることを突き付けられるような日には、雪奈は決まってうちに入り浸って愚痴を漏らすのだった。
当たり前だけど、本当は雪奈だって『2番』であることを全く気にしてないわけじゃない、物心ついた時から腐れ縁のようにいつも一緒にいる『1番』の女の子に対してコンプレックスも抱いていれば悔しさだって感じているのだ。傷ついて悔し涙を流す雪奈の髪の毛を、ぼくは思わず優しく撫でつけてしまう。
「そんな、2番でも十分すごいよ。もっと自分に自信を持っていいって」
そう言って雪奈のことを褒めてみるけれど、雪奈は不満そうに頬を膨らませたままだった。ちなみに、ぷくっと頬を膨らませてる雪奈もかなりかわいい。
「……子供扱いしないでよ。それに、やっぱり悔しいじゃん、いつまでも1番になれないのはさぁ」
口を尖らせながら、ベッドから降りてきた雪奈はぼくの注いだばかりの麦茶をグイッと飲み干す。
「今度は絶対に勝って、『1番』になってみせるんだから! 見てなさいよ」
そう言って拳を高くつき上げる雪奈。雪奈はいっつもそうだ。クラスでは『2番』であることを一切気にしないように見せているけれど、本当は負けず嫌い。それでいて『2番』に甘んじたり、腐ったりすることなんてなくて、心の奥底ではいつも闘志を燃やしている。そんな雪奈のことをぼくは本気で尊敬していた。だって生まれてからもう17年近くもずっと『2番』だったんだ。普通の人ならとっくに諦めてもおかしくない年月。なのに雪奈は折れない。そんなこと、普通の人にはできることじゃない。でも。
――もし雪奈が『1番』になっちゃったら、今はぼくにしか見せてくれない雪奈もいなくなっちゃうのかな。
そんなことを思うと、ちょっとナイーブな気持ちになった。
それは文化祭最終日の夜のことだった。後夜祭もとっくに終わった夜10時。帰宅部のエースであるぼくは当然、既に家に帰りついていて、お風呂も済ませて髪を乾かしている最中だった。そんな折、雪奈が1件のメッセージが届いた。携帯の画面を開くとそこには一言だけ『今すぐ家の前まで来て』と書かれていた。いくらぼくに対してはいろいろ曝け出している雪奈でもこんな時間の呼び出しは珍しい。ただならないものを感じたぼくはパジャマの上に上着を羽織って外に出た。
玄関を出るとそこには淡い月光に照らされた幼馴染の姿があった。『クラスで2番目』なんて言われてるだけあって、月光に照らされた雪奈の横顔は息を呑むほど美しい。そんな雪奈に一瞬見惚れてしまったぼくだけど、すぐにそんな浮ついた気持ちは吹き飛ぶ。だって彼女の頬には幾筋もの涙の跡があったから。
「ど、どうしたの雪奈……? 」
そう言った瞬間。哀しげな雰囲気を纏って月夜を見上げていた雪奈はぼくの方を向き、それから雪奈は崩れるようにぼくの胸の中に飛び込んでくる。
「文化祭の後夜祭の時にね。わたし、また告白されたんだ」
嗚咽混じりに雪奈は言葉を紡ぐ。そのこと自体は珍しいことじゃない。美少女で人当たりのいい雪奈には毎年何人もの男子が告白しては、散っていく。でも、その時に涙を流すのは大抵愚かな男子どものはずだ。なのに今泣きじゃくっているのは雪奈のほう。ぼくには何が起きているのか、訳が分からなかった。
「いつものように断ったらその男子、なんて言ったと思う?『あーあ、長嶋ならともかく、水瀬だったらいけると思ったのに』だって」
――雪奈さんって誰にでも優しいからそう勘違いしちゃうよな。お手軽な女の子と思わせておきながらガードが堅いなんて、ほんと罪な女だよな。
――美月さんに告白できるくらいなら、雪奈さんになんて告白しないのに。
彼はそんなことまで雪奈に向かって言ってきた。彼にとっては失恋したただの腹いせのつもりだったのかもしれない。でもその言葉の数々は、本当は『2番』であることを本当はものすごく気にしている雪奈にとっては地雷以外の何物でもなかった。
「本当はその子、美月に告白したかったんだよ。でも高嶺の花である美月に告白する勇気がなくて、代わりとしてわたしが選ばれたの。その場では必死に泣かないように頑張ったけれど、本当はすっごく辛かった。あー、やっぱり『2番目』は誰からも必要とされないんだ。『2番』は『1番』の代わりにしかなれないんだって」
目を潤ませながら言う雪奈。そんな雪奈はいつもの明るい彼女からは想像もつかないほど弱弱しくて、触れた途端に崩れてしまいそうなほど脆かった。そんな彼女を見ていると。とくん、とぼくの胸が大きく高鳴る。
――涙を流している雪奈ってなんてかわいんだろう。こんな雪奈はぼくにとって世界で『1番』だよ。自分だけのものにしたい。
そんな考えが湧いてきてしまってぼくは自分で自分に戸惑っていた。明らかに幼馴染を超えた感情。こんなの幼馴染として許されるわけがない。そう思ったけれど結局、ぼくは欲望に抗えなかった。
「そんなことない。雪奈はぼくにとって最初から『1番』だよ」
ぼくの言葉に雪菜は一瞬泣き止んで驚いたような表現でぼくを見てくる。
「ぼくだったら、雪奈のことを他の誰でもない雪奈だとして真っ直ぐに見つめてあげられる。雪奈のことを『2番』とかいうクラスの連中とかどうでもいいでしょ。だから――付き合お、雪奈」
一世一代の告白。でもそれに雪奈は困惑した表情を見せ、そして。
「何を言ってるの、美月。クラスナンバーワンの美月にそんなこと言われても、『2番』の幼馴染であるわたしに対する同情にしか聞こえないよ!」
幽霊でも見たかのような目になって雪奈は言う。その言葉で、ぼくは「やっちゃった……」と後悔する。
そう、雪奈がぼくだけに弱さも何もかも見せてくれた理由、それはぼくが雪奈の幼馴染だったからだけじゃない。所謂『クラスで1番かわいい女の子』の長嶋美月だったから。生まれてからずっと一緒にいて、比較されながら育ってきたぼくだからこそ、雪奈は『2番』に対する不満や悩みを打ち明けてくれたのだった。だって『1番』の前で取り繕ったところで滑稽にしか見えないから。
そんな雪奈とぼくは勝手に『幼馴染』をできてると思ってた。実際、ついさっきまではできていたんだろう。できていたんだろうけど、ぼくは愚かにもその先を望んでしまった。幼馴染と言う関係性でさえ、『1番』と『2番』というぼくと雪奈の関係上、薄氷の上でギリギリ成り立っている奇跡みたいな関係だったのにもかかわらず。
「本気でそんなこと言ってるんだとしたら怒るよ。さすがのわたしもそこまで腐っちゃいない!」
ぼくのことをきっと睨みつけて雪奈が言う。
「大体、わたし達女の子同士だよね。それで付き合うとか……ごめん、こういうこと言っちゃいけないんだろうけど、ちょっとわたしには考えられない」
後退りしながら言う雪奈にぼくは自分がフラれたことを悟る。
あー、やっぱ無理だったか。でも、と思わざるを得ない。
もしぼくと雪奈が『クラスで1番目にかわいい』『女子』と『2番目にかわいい』『女子』同士でなければ、少なくともどちらかの要素がなければ。ぼくは雪奈の、ぼくの大好きな人の『1番』になれていたのかな、って。
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