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「希実子、実家帰るわよ」


 そう言ってお母さんは、いつの間にまとめたのか、私の荷物が入っているであろうボストンバックを片手に持つ。


「…ぇ?」


 急なことに私は理解が追いつかなくて、体が動かない。


「この部屋、引き払っといたから。さ、帰るわよ」


 何でもないことのように言ったお母さんは、動けないでいる私の腕を強引に引っ張ると外に連れ出す。



 ーなに、なんで、どうして、何が起きてるの…?



 混乱しすぎて言葉を発せない私を置き去りに、お母さんは鍵を大家さんに返すと車の後部座席に私を無理矢理乗せた。


「ちゃんとシートベルトしてね」


 私は反射的にシートベルトを差す。

 お母さんはバックミラーから私をちらりと確認すると車を発進した。




 私の家から実家まで車で約4時間。

 木と田んぼに囲まれたのんびりとして風景の中に、私の実家は建っている。

 俗に言う田舎だ。


 私が混乱したままあれこれ考えているうちに、いつの間にか実家に着いていた。

 いつもなら長く感じる帰省時間が、今では一瞬の出来事のように感じる。

 私は本当に実家に帰ってきたことに驚きを隠せなかった。


「早く降りなさいよ」


 車の中から呆然と実家を見ているだけの私に痺れを切らしたのか、お母さんが後部座席の扉を開けて催促(さいそく)する。


 言われるまま車を降りた。

 私が家を出た時と何も変わらない実家が目の前にある。

 自分がここにいるのが夢の中みたいな、なんとも言えない不思議な気分になる。


「いつまでそこに立ってるの」


 早くこっち来なさいと言わんばかりにお母さんが私を見つめる。


「あ、ああううん…」


 反射的に返した返事は、生半可なものになってしまった。





「希実子、おかえり」


 実家に上がってリビングに行くと、お父さんがいた。

 突然帰ってきた私を何事もないように迎え入れる。


「…ぁ、た、ただいま…」


 私はいまだに一人で混乱していた。


「荷物、希実子の部屋に置いとくからね」


 一人現状についていけない私をよそに、お母さんは当たり前のようにそう話す。


「希実子、立ってないでソファに座ったらどうだ?」


 私は呆然としたまま、とりあえず言われた通りにソファに座った。


 私の実家は田舎に建っているにも関わらず家の中は割と洋風だ。

 ソファも普通にあるし、床も畳じゃなくて普通のフローリング。

 都内にある一軒家のお家の内装とほぼ変わり無いと言っても過言じゃない。


 お父さんはソファに座った私を確認するとTVをつける。


 いつもなら、ここで必ず「仕事はどうだ?」と聞いてくるはずなのに、今日は何も聞いて来なかった。

 そのことに私は内心ホッとする。


 今は、仕事のことを答えられる自信はなかった。




 それから沈黙の時間が続いた。

 気づけば夕刻になり、お母さんが晩御飯を作っている。

 そのあたりから私もやっと頭が追いついてきた。


 季節は秋に差し掛かっている。

 私の住んでいたところと違って、実家は家の中でも少し肌寒いくらい涼しい。

 私は自分を抱きしめるように膝を抱えて丸まった。



 少し落ち着いてきた頃にご飯ができる。

 久しぶりに家族揃って食卓を囲む。

 誰も、何も喋らなかった。

 リビングから聞こえてくるTVの音だけがその場に流れる。


 久しぶりに実家で食べるお母さんの料理も、やっぱり味はしなかった。

 でも、暖かかった。

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