20
あの診察から何日経ったのかわからない。
日光が眩しくて煩わしいから常にカーテンは閉めていて、今が朝なのか夜なのかさえもわからない。
薬は未だに飲んでいない。
この薬を飲んでしまったら、自分がそうであると認めてしまう様な気がした。
ーそれに、この紙さえ剥がれれば、きっと何かが変わるはずなんだ。
「なんで…なんで、剥がれないの…? なんで…っ」
あれからずっと何度も何度も剥がそうと試みているけれど、やはり剥がれてはくれなかった。
どれだけ血が出ても痛みは感じない。
掻きすぎたせいか、爪はいつの間にか折れていた。
「っ___。___、___!」
いつの間にか無意識に、うわごとの様に言葉を口にする。
前々からこう言うことはあったけれど、最近は特にひどい。
自分自身が言った言葉なのに、なぜか私の耳にはその声が聞こえなかった。
これもきっと、紙のせいだ。
そんな、ある日。
「ちょっとやだ、鍵開きっぱなしじゃない。不用心ね〜」
聞き慣れた懐かしい女性の声が玄関から聞こえてきて、思わず引っ掻く手を止める。
「お邪魔するわよ〜」
「お、かあさん…?」
私が顔を上げると同時に開かれたリビングの扉。
その扉を開いた女性ー私の母は入ってきた瞬間顔を顰める。
「なあに、この部屋暗いわね〜! あ、ちょっと希実子、玄関の鍵開きっぱなしだったんだけど…っ」
私を視界に収めた瞬間、お母さんの顔はさらに歪む。
「き、希実子?! どうしたのっその傷!!」
お母さんは荷物を放り捨て、私の両頬を掴む。
「お母さん…なんで、」
私は状況が飲み込めずにいた。
だって、お母さんは私の家から遠く離れた実家にいるはずなのに…。
「あんたが連絡よこさないから様子を見にきたのよ! そんなことより、病院行くわよ! 早く立って!」
お母さんが強引に私の腕を掴んで引っ張る。その力に抗えずに私が起き上がったら、お母さんはさらに目を大きく見開いた。
「あんた…そんな、痩せて…」
その顔は驚愕に染まっていた。
しばらく呆然と私を見つめていたお母さんは、きゅっと唇を引き結んで私の手を強く握る。
そのまま無言で外に連れ出される。私は訳もわからずについていくことしかできなかった。
お母さんに連れてこられたのは総合病院だった。
私の様子をちらりと見た看護師さんは、すぐに奥の部屋へと案内してくれる。
そこにはいくつかのベッドが並べられていた。
私はその内の一つに寝転ぶ。
看護師さんはベッドの周りに設置されたカーテンを閉め、手早く準備を終わらせると点滴の針を取り出した。
「はい、ちょっとチクッとしますよ」
私の腕に小さな針が刺される。
「しばらくかかりますので、その間寝てて大丈夫ですよ」
看護師さんは私に諭すように話しかけると、お母さんに会釈して部屋を出て行った。
お母さんは私に話しかけることなく、椅子に座ったまま読書を始める。
病院はとても静かで、何だかそれがホッとした。
「…寝てなさい」
私が寝てないことに気づいたのか、お母さんは本から顔を上げることなく私に言う。
正直、寝れる気はしなかった。
でもお母さんに心配をかけたくなかったので、私はそっと目だけを閉じた。
約2時間くらいかかっただろうか。
シャーとカーテンの開く音に目を開ける。
「お疲れ様でした。針、抜きますね」
プツッと、私の肌から針が抜かれる。
「一応、お母様には塗り薬も渡しておきますね」
「すみません、ありがとうございます」
私はお母さんたちを尻目に針が刺さっていた場所をさする。
前は嫌いだった注射が、今日は何も感じなかった。
そんな自分に、不安になった。




