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「おはようございまーす」
今日も変わらず8時30分出勤。
私の他には先輩が約五名。これもいつも通り。
ちなみに課長が定時にやってくるのもいつも通りだ。
朝の朝礼が終わると聞こえ出すタイピングの音。仕事開始の合図。
「依、この案件まとめといて」
「あっ、はい!」
開始早々仕事が増えてしまった。
「あ、あと来週の会議の資料も作れる?」
「あっ、はい、大丈夫です!」
「そ?助かるわ〜よろしく〜」
反射的に頷いてしまうのは入社した時からのクセ。
こうしてまた私の仕事が増えるのはもはや日常だ。
「またキミちゃんが仕事安請け合いしてる」
「カナ先輩…」
やれやれと言いたそうな笑顔を浮かべて積み上げられた資料の向こうからこちらを覗くのは、私のデスクの真横にデスクがある鞘村カナエ先輩。
「無理なら無理って言わないと〜」
正論すぎて苦笑いしかできない。
「何でもかんでも仕事引き受けてたらいつかキミちゃんの体がもたなくなるよ?」
そう言って私のデスクに積み上げられた資料の一つをとると、目を通した先輩はあからさまに嫌そうな顔をする。
「うわ…これキミちゃんに振るような仕事じゃないでしょ…」
「あ、あはは…」
カナ先輩は一つため息をつく。
「で、でも私が一番下っ端だし、ほら私若いから体力あるしこのくらい大丈夫ですよ! 仕事だって早く覚えたいし!」
「…まあ、キミちゃんがそう言うならこれ以上言わないけど…」
心底疑わしそうな顔で見つめてくる先輩は渋々といった感じで元の場所に資料を戻す。
「でもほんとに無理って思ったならちゃんと言いなね」
「はい、ありがとうございます」
本当に周りの先輩に恵まれているなと常々感じる。
だから少しでも役に立てるように頑張りたい。
「よしっ」
今日も一日乗り切るぞ〜!!
…なんて思っていたらいつの間にか時刻は午後21時を過ぎていた。
「今日も残業かぁ…」
この時間はまだ私以外にも社員がちらほら残っている。
ちなみにカナ先輩は今日は彼氏とデートがあるらしく、1時間残業したら帰っていった。
「じゃお先に失礼します」
「あ、はいお疲れ様です」
また一人退勤。正直少し羨ましい。
私はというと、今朝課長に頼まれた会議の資料作りに追われていた。
今日の曜日が木曜日なので、来週と言っても土日を合わせて後四日しかない。
肝心の課長はすでに退勤しており、確認が取れないためとりあえず急ぎで作っている次第。
「…ふう」
ずっとパソコンと向き合っていると流石に目が疲れる。
「今日はご褒美にリッチなビールにしちゃおうかな〜それでご飯は焼肉弁当にしちゃったり…」
休憩がてら仕事終わりのご褒美のことを考えていると不思議とやる気も元気も湧いてくる。
仕事が忙しければ忙しいほどお酒もご飯も美味しく感じられるから残業はそこまで嫌いではない。お給料も増えるしねっ。
「…」
でも、時々ふと、自分が何をしているのかわからなくなる時がある。
社会に出る前はそれなりに夢や希望もあった。
テレビで見るような情熱を持った大人になれると思っていた。
同じ信念を持った先輩や仲間に囲まれて仕事をするんだと思っていた。
仕事もプライベートも充実していて、もちろん素敵な彼氏だってできて…。
でも蓋を開けてみれば残業の日々。
もちろん情熱を持って仕事はしているが、みんながみんなそうではなかった。
それどころか仕事の押し付け合いが当たり前。
みんな少しでも自分の負担を軽くしようとすることに一生懸命で、何かあれば責任をなすりつけ合う。
休日もろくになく、彼氏ができるどころか友達すら離れて行く始末。
時々、どうしようもなく虚しくなる。
「____。」
…?
「ん?今なんか言った…?」
気のせい…?
自分の唇を確かめるように指で撫でる。
最近こういうことが多々ある。何かを言ったのに、何を言ったのか自分でわからない不思議な現象。
無意識の言葉だから聞こえないんだろうか…?
「…あっ、仕事しなきゃ」
なんだか晴れない気持ちを押し殺して私は再びパソコンと向き合った。