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「危なかった…!」
場所は変わってトイレの個室の中。
私は休憩に入った瞬間、みんなから隠れるようにしてトイレの中にこもっている。
今日はメイクをしていないからか、やたらと周りの視線や話し声が気になって仕方なかった。
とりあえず休憩が終わるまではこのままトイレにいよう…。
私は便座に座ったまま何となく天井を眺める。
今トイレの中には私一人だけなので妙な安心感があった。
しばらくそのままぼーっとしている時、トイレの扉が開く音と共に、女性二人が話をしながら入ってくる音が個室の扉越しに聞こえてくる。
「最近暑いよね〜。もうファンデがすぐに溶けちゃうから休憩のたびに化粧直ししないといけなくて困る」
「あー分かる分かる。省エネだーとか何とか言ってエアコンの風弱いし温度高いしで、全然涼しくないもんね」
「そうそう! そうなんだよ〜」
私は息を潜めてじっと気配を消す。そんなに広くはないトイレだから女性二人の声は丸聞こえだ。
何だか悪いことをしていないのに罪悪感を覚える。
「そういえばさ、課長って今日休みなの?」
「っ」
”課長”のワードに動悸が早くなる。
「いや、なんか朝から会議があったみたいで、お昼くらいにはこっちに戻ってくるって」
「えーそうなの? 課長いないなら今日は楽して帰ろうと思ったのにー!」
「課長無茶振りすごいもんね、特に私たち女子に対しての扱い雑っていうかさ。何でも言ったらやってくれると思ってるところあるよね」
「そうなんだよー!!この前もさ〜」
バタンっと扉が閉まる音と一緒に女性二人の声も聞こえなくなる。
そのことに安堵と同時にため息が漏れた。
というか、課長、朝いなかったんだ。
周りのことが気になり過ぎて課長がいないことに全然気づかなかった自分自身に苦笑いを溢す。
何だか、昨日から自分が自分らしくない気がするけど、気のせいだろうか。
「そろそろ私も戻るか〜…」
私の会社の小休憩は20分。かれこれ15分はトイレにこもっていた私は一応手を洗うため手洗器の前に立つ。
手洗器の上には鏡があるのが一般的で、当然それは私の会社のトイレも同じなわけで。
「あ」
そこで私は初めて、一番大事なことを忘れていたことを思い出した。
手洗器の上に設置された鏡に映るのは、眼鏡とマスクをした私の顔、ではなく紙。
その紙には殴り書きの「死にたい」の文。
「忘れてた…」
自分の迂闊さにほとほと呆れる。
顔にそっと触れてみるけど昨日と同じで感触は全くない。
どうしよう、どうしようどうしよう…っ
これに気づいてしまったからには周りの視線を気にしないことなんてできるわけが無い。
ただでさえメイクしていないことで周りの視線が異常に気になっていたのに…。
「……あれ? でも誰も、この紙について触れなかったな…」
もしこの紙が私だけでなくみんなに見えていたとしたら、絶対に誰かは声をかけてくるはず。
じゃあ大丈夫かな…と思った私の心に、ふっと嫌な考えが湧き上がる。
…いや、もしかしてあえて触れてこなかっただけかも…
そう考えた瞬間、全ての人が疑わしく感じる。
どちらか分からない、どうすればいいかも分からない。
でも休憩時間の終了は迫ってきたいたので、私は仕方なく、自分のデスクに俯きながら帰った。




