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「なんで、こんなもの…」



 洗面台の鏡に写った私の顔には、顔を覆い隠すほどの大きな紙が一枚貼られてあった。


 そこには、「死にたい」と黒のペンで強く殴り書きのように文字が書かれてある。



 …怖い、それにおかしい。やっぱり私は夢でも見ているのだろうか。



 試しに頬をツネってみる。

 うん、痛い。


 夢じゃないとしたら誰かのイタズラだろうか?

 でももしそうだとしたら、昨日私が寝てる時に誰かが不法侵入したということになる。

 何それもっと怖い。


 慌てて玄関の鍵を確かめる。

 うん、かかってる。


 家の鍵は…うん、鞄の中にちゃんと入ってる。



 もし誰かが入ってきたのなら鍵は空いてるはずだし、鍵があるのなら施錠(せじょう)して家を出ることなんてできないはず。

 合鍵なんて作ってないし。


 まさかこんなご時世に針金で鍵を開ける人もいない、よね…?


 私はもう一度、洗面台の前に立つ。

 できれば見間違いであって欲しかったけど、その願いは虚しく散る。


 そしてある一つの違和感に気付く。



「なんで私の顔、見えてるんだろう…」



 今、私の顔は紙で覆い尽くされている。そのため、鏡には私の顔は写ることなく顔に貼ってある紙しか見えない。

 つまり視界が覆われているわけで、私から見えるのは紙の裏側ってことになる。当然鏡だって見えないはずなのに、私には鏡に写った自分の状態がしっかりと見えていた。


 自分で言ってて何だか混乱してきた。本当にどういった状況なんだろう。


 でも、貼られているなら剥がせばいいだけのこと。そう思って私は紙に手を触れようとしたけれど、



「ん?あれ?剥がれない」



 剥がれない。そのうえ紙に触れている感覚がない。…どういうこと?


 顔に手が触れている感覚はあるのに、その手に紙が触れている感覚はなくただ顔を引っ掻く痛みだけが残る。



「私の顔についてるんじゃないってこと?」



 何度も何度も触れようとするけど全く手応えがない。



「だめだ…これ、剥がれる気がしない…」



 洗面台に手をついて項垂(うなだ)れる。



 どうしよう…このまま剥がれなかったら自分の顔が見えない状態のまま仕事しないといけなくなるってことかな…?

 それは困るな、メイクもできなくなっちゃうし…。

 生活する分には問題ないのかもしれないけど…。


 気になることは色々ある。でも、一番は、




 …これって、他の人にも同じように見えるのかな…?




 顔をあげてもう一度鏡に写った自分の顔を見る。

 黒の字で「死にたい」と殴り書きされた紙。ずっと見つめてると、だんだん心がキリキリと痛みだした。

 息が苦しくなる。


 …病気?



「っはあはあ」


 段々と乱れてくる息に胸を押さえる。

 上手に呼吸ができない。

 たまらず鏡から目を離す。



「はあはあ…ふぅ」


 鏡から目を離すと息も自然と落ち着いてきた。


 何だか、鏡を見るのが怖くなりそうだな…。

 とりあえず、一旦洗面台から離れた方がいいかもしれない。


 そう思った私は、明かりを消して鏡から逃げるようにお風呂場を後にした。

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