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明日のガルディアン  作者: 埴輪
第1話「太陽という名の少女」
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「技師」

 ――その日、世界が滅亡した。とはいえ、その全てが滅んだわけではない。かといって、未来が残されているともいえない。それが、この世界の「今」であった。


 滅亡の原因となったのは人間。いつだって、世界を滅ぼすのは人間だった。なぜなら、世界という言葉なり観念は、人間が産み出したものだから。


 産み、育て、滅ぼす。人間。


 戦争が起こったのである。人間の戦いの歴史から見れば、その規模は取るに足らない、戦争と呼んでいいのかすら分からない、曖昧で、ささやかな戦争が。


 多くの町が滅んだ。そして、さらに多くの町が滅びつつあった。戦争で人間が得たものはただ一つ……人間を殺す存在、オートマタ。


 本来は人間に寄り添い、その生涯を守ることを存在意義としていた自動機械は、人間を殺すという生き甲斐を人間によって与えられ、今もなお、活動を続けていた。


 オートマタは動き続ける。人間がいなくなったら? ――それでも、オートマタはこの星で人間を探し続けるだろう。殺し続けるだろう。そのように作られたのだから。そのように人間が作った、「人間の機械」なのだから。


※※※


 ――シエルは夢を見ない。だから、目覚めたばかりの自分を覗き込む少女が、夢の世界の住人だと勘違いする心配はなかった。それでも、少女の吐息が鼻先にかかるという経験は、ある種の夢……といえるかもしれない。紺碧の瞳と、男の夢。


 だが、その夢も長くは続かなかった。すっと少女の顔が遠ざかり、黄金色の髪も、視界から消えた。軽快な足音。トタトタ。バタン、ギィ、バタン。


「ちょっと、ソレイユ! どこへ行くんだい!?」


 バタン、ギィ、バタン。落ち着いた足音。皺だらけの顔が、シエルを見下ろす。


「おや、お目覚めかい。体調はどうだい?」


 ……体調? シエルはその言葉を反芻しながら、何気なく手を伸ばした。だが、そこにあるはずのものがない。背筋が凍った。跳ね起きて、老婆に詰め寄る。


「め、メドサンは?」

「めどさん?」


 シエルは返事を待つ間も惜しむように、部屋を忙しなく見回していた。ベッドの上はもちろん、テーブルの上にも、椅子の上にも、鞄がない。メドサンが、ない。


「俺の荷物は?」

「荷物ならバイクと一緒に……ってこら、どこへ行くんだい!?」


 シエルは部屋の扉を開け、上枠うわわくに額をぶつけながらも、廊下に出る。痛む額を押さえつつ、右、左と首を巡らし、右手に向かって走り出す。


「そっちじゃないよ!」


 老婆の声に、シエルは急ブレーキ。回れ右をすると、再び走り出した。突き当たりの扉を抜けると、緑の世界が広がっていた。シエルはその眩しさに目を細める。


 ――生い茂る草花に街路樹。舗装された小道を足早に、シエルは辺りを見回した。小川のせせらぎも、鳥のさえずりも、シエルの耳には届かない。


 広場に出たシエルはバイクを発見。そこには鞄も……シエルは走り出した。


 バイクのそばには、老人がいた。工具を広げ、スパナを片手にメンテナンスの真っ最中。老人は駆け寄ってくる人影に気付いて手を上げたが、シエルは見向きもせずにテーブルへと向かい、置かれた鞄を取り上げ、中から長方形の平らな機械を取り出し、その上部を蓋のように持ち上げる。内側はモニターとキーボードになっており、丸いボタンを押して電源を入れると、モニターに光が点った。


 ……だが、安心するのは早い。セルフチェックを実行し、じわじわと伸びていくプログレスバーを見守るシエル。――オールグリーン。問題なし。シエルは大きく息を吐き出すと、膝を折り、その場に崩れ落ちた。


「なんだい、そりゃ?」


 シエルが振り返ると、スパナを持った老人が、モニターを覗き込んでいる。


「これは……メドサンです」

「ふむ。技師の道具かな?」


 ――技師。シエルはテーブルに両手を突いて立ち上がった。


「……あなたは?」

「ガラだ。さすがに、覚えていないか」

「えっ?」

「まぁ、無理もない。だが、俺は君のことを覚えているぞ。えーっと、確か……」


 ガラはコツコツと額にスパナを当て、にやりと笑った。


「シエル……そう、シエルだ。ビブリオにようこそ、ってな」


 ガラは空いている手を伸ばした。シエルも手を伸ばし、握手を交わす。


「どうして、俺のことを……」

「初対面じゃないからさ。何年前だったか……ヴァン先生と君がここに来たのは」

「八年……前ですね」

「そうか、君も大きくなるわけだな。小さな少年だったのに、今は見上げるほどだ」


 ガラはうんうんと頷くと、かたわらのバイクに顔を向けた。


「……実を言うとな、さっきまでは俺も忘れてたんだよ。だが、こいつをいじっている間に思い出したのさ。ああ、これはヴァン先生のバイクだってな」


 ガラはサドルに手を伸ばし、ぽんぽんと叩いた。


「ところで、ヴァン先生はどうしたんだ?」

「先生は……祖父は、亡くなりました」

「亡くなった? そんな、馬鹿な!」


 ガラの声が裏返り、その目が大きく見開かれた。


「三年前に、病気で」

「そう……か。旅から旅への生活だ、身も心も安まる暇がなかったのだろう」


 ガラは故人を思い、目を閉じる。しばらくして、ガラは溜め息と共に目を開いた。


「じゃあ、今はシエルが一人で?」


 シエルが頷くと、ガラは黙ったまま、シエルの二の腕を軽く叩いた。


「……頑張ったな。辛いことが山ほどあっただろう。だが、君はこうして立派にやっている。天国のヴァン先生も、さぞ鼻が高いことだろう。俺も嬉しいよ」


 シエルは肩をすくめ、首を横に振った。


「そんな――」

「おっと、そんなことないなんて、言わないでくれよ? こうして現に、ビブリオを救うためにやって来てくれたじゃないか。なっ?」


 シエルは唇を噛んだ。


「その件ですが、この町のガルディアンは――」

「あー、それは俺に聞くな。小難しいことは分からん。君を呼んだのは大佐だ。詳しい話は大佐から直接聞くといい。案内するよ」

「大佐とは、ペイ大佐のことですか?」

「大佐のことは覚えているのか?」

「いえ……ただ、その、有名ですから」

「……そうだな。あの英雄がまだ生きているというんだから、夢みたいな話だよな」

 ガラは首にかけたタオルで浅黒い顔を拭うと、がに股で歩き出した。シエルはメドサンの電源を落とし、鞄に戻して肩にかけ、ガラの背中を追い掛ける。


※※※


 ペイ大佐は大きなベッドに横たわり、上半身だけ起こしていた。


 思ったよりも若い……というのが、シエルが抱いた印象である。白く長い顎髭、幾重にも刻まれた深い皺は老人のそれだが、眼光には刃のような鋭さがあった。


 シエルはさっと部屋を見渡す。机、椅子、本棚、クローゼット。()()の部屋にしては、飾りっ気のない、質素な作り。目を引くものと言えば、机に置かれたバスケットぐらいで……ほんのりと、香ばしい匂いが漂っていた。


 バスケットは老婆……キュイと名乗った……の差し入れで、ペイの部屋へと向かう途中、「お腹が減っているだろう?」と手渡されたのである。


「食べてからで構わんよ」と、ペイ。

「い、いえ、大丈――」


 ぐぅ。シエルはお腹を押さえた。それでも、腹の虫はぐぅぐぅと鳴り続ける。


「無理することはない。旅から旅への生活では、満足に食事も摂れないだろう?」

「じゃあ、あなたも――」

「私は大丈夫だ。さ、食べなさい」


 シエルは頭を下げると、バスケットに手を伸ばした。中から大振りのサンドイッチを取り出し、かぶりつく。パンの香り、レタスの歯触り、玉子の甘み、マヨネーズの舌触り、マスタードの辛み、ピリッとした、黒胡椒のアクセント……う、美味い!


 次から次へと、シエルの手は止まらない。喉を詰まらせ、胸元を激しく叩く。そしてまた一口。そんな様子を見て、ペイは小さく笑った。


「慌てなくていい。ポットも入っていただろう? 本当は、私が注いであげたいところだが……体を動かすのが、少しばかり億劫でね」


 シエルは首を振りながら、ポットからカップにお茶を注いだ。白い湯気と共に立ち上る紅茶の柔らかな香りに、こわばった気持ちが安らいでいく。


「携帯食料続きだと大変だろう? 私はどうも、あの味が好きになれなくてね」

「……ペイさんも、食べたことがあるんですか?」

「もちろんさ、シエル。あれのルーツは宇宙食だからな。効率を最優先した結果、食料の最も大事な要素……味を失ってしまったわけだ。あれはもう、薬だよ」

「同感です」


 シエルはしみじみと頷く。――ペイ・ナタル。ペイ大佐。無敗の猛将。宇宙軍の英雄。この世界の始まりを知る男……目の前にいる気さくな老人が、あの伝説的な人物その人だとは、とても思えないシエルだった。


 シエルの手と胃袋が落ち着くのを待って、ペイは口を開いた。


「本題の前に聞かせてもらえないだろうか? 今、世界がどうなっているのかを」


 ……神妙に頷き、シエルが口にした世界の話は、決して心弾む冒険譚とは言えない、陰鬱で、救いのないものばかりだった。


 シエルは一人、旅をしている。町から町へと、荒野を越えて。故障したガルディアンを修理するために。それが、「技師」であるシエルの務めだった。


 ガルディアンとは、人間の守護・管理を目的として、人間が造り出した人工知性体である。政治、経済、治安維持、気象制御に至るまで、人間が生きていくために必要な、それでいて煩わしい一切を引き受ける……言わば「町そのもの」だ。


 ――「聖都アヴニール」との通信が途絶して五十年。故障するガルディアンは後を絶たず、滅んだ町も数知れず。その一方で、世界にはオートマタが溢れていた。


 黙ってシエルの話を聞いていたペイは、とある町の名を耳にして天を仰ぐ。


「クリエもか……」


 遮断された通信に寄らず、「郵便」という古典的な方法で、隔てられた町と町とを繋いでいたクリエだったが……ガルディアンの故障には抗えなかった。


 シエルは忘ることができない。町の郵便局に残された大量の手紙を。そして、その周りに重なるようにして倒れていた、大勢の――。


 やがて話がヴァンの死に及ぶと、ペイは大きな溜息をついた。


「……そうか、病気で。余りにも、早過ぎる」


 シエルはそう口にした老人の年齢が二百を越えていることを、意識せざるを得なかった。平均寿命が百五十年の人類にとって、二百年は驚異的な数字である……それが例え、延命措置の賜物であったとしても。一方、ヴァンまだ百歳を迎えたばかりだった。ペイはシエルを見返し、ゆっくりと頷く。


「ヴァン先生のことは残念だったが、シエル、君が来てくれて嬉しいよ」


 ペイの言葉を、シエルは素直に受け取ることができなかった。死を悼む以上の落胆……シエルは行く先々で、そんな言葉や態度にさらされ続けてきたからである。ペイにはそのような素振りは見られなかったが、それはきっと、二百年を生きる人間の所作に違いない……シエルは首を振った。


「……本題に入りましょう。通信では、ガルディアンの故障とありましたが?」

「防衛システムの制御装置が機能しなくなってね。これを君に直して――」

「ちょっと待って下さい。俺は、その防衛システムに救われたばかりですよ?」


 それは、シエルがずっと疑問に感じていたことである。シエルはビブリオからの救援要請をメドサンで受信し……今や、通信機能を備えた装置はメドサンぐらいだ……防衛システムが故障していることを知っていた。だからこそ、オートマタに追われた際、シエルにはビブリオへ向かうという選択肢はなかったのだが……結局は向かってしまったわけで、そうなると、助かった理由が分からない。


 困惑するシエルに、ペイは小さく笑って見せた。


「それも問題なのだよ。機能していないのに機能している、ということがね」

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