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明日のガルディアン  作者: 埴輪
第2話「ビブリオの一日」
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「告白」

 ――のんびりとすら思える速さで、テールは歩いていた。その後ろにシエルが続く。テールはソレイユの行き先を知っているかのようで、足取りに迷いはなかった。実際、知っているのだろうなと、シエルは思う。ソレイユのことなら、何でも。


 辿り着いたのは墓地。電灯で闇夜に浮かび上がる墓石。芝生の中、点々と立ち並ぶ墓石には恐怖を抱かせるものは何もなく……ただ、静かな安らぎだけが残っていた。

 テールが足を止めた。その前には、ソレイユの背中。テールがすっと道を譲ると、シエルは一歩踏み出し、「ソレイユ」と声をかけた。


 振り返るソレイユ。その瞳に涙はなく、ただ、赤く腫れていた。


「さっきは……その、悪かった」


 シエルが頭を下げると、ソレイユは小さく頭を振った。


「ううん。私こそ……ごめんなさい」


 ――交わす言葉が見つからない。ソレイユは振り返って腰を屈めると、墓石に手を伸ばした。そこに刻み込まれた二つの名前を、指先でそっとなぞる。


「ここに、お父さんとお母さんが眠っているんだ。私がここに来た話、聞いた?」

「……ああ」

「私もペイから聞いた。だって、何も覚えてないんだもん。疑問にも思わなかった。みんな優しいし、テールもるし、幸せだった。だから、ペイの話を聞いてもピンとこないというか、よく分からなかったんだ。でも、お父さんとお母さんのお陰で、私はここで暮らしているんだって思ったら、嬉しいなって。お父さんとお母さんの子供で良かったなって。私のために、命をかけて故郷を作ってくれたんだなって」


 ――故郷。ソレイユにとっては、この町が全てなのだとシエルは思った。だが。


「故郷がなくなるとしたら、お前はどうするんだ?」

「えっ?」


 ソレイユはシエルを振り返った。シエルは墓石を見つめたまま、先を続ける。


「この町は長くない。人間を生かすために必要な機能が、壊れかけているんだ」

「どういう……こと?」


 シエルはソレイユに顔を向けると、観念したように口を開いた。


「あと二十年……いや、十年以内に、ガルディアンの全機能は……停止する」

「停止すると、どうなっちゃうの?」

「水は枯れ、植物も枯れる。電力の供給も止まる」

「それじゃ……川遊びもできないね。ご飯も食べられないし、ゲームも……」

「ああ」

「……テールは? テールはどうなっちゃうの?」

「それは……」

「死ぬ、だろうな」


 そう口にしたのは、他ならぬテールだった。お前は死ぬわけじゃない。壊れるだけだ……シエルはそんな言葉が頭に浮かんだが、それを口にすることはなかった。


「……そっか、そりゃ、大変だ」


 ソレイユはどこか他人事の様に呟いた。金髪を忙しなく掻き上げる。


「冗談……なわけないよね? でも変だよ、シエルが直してくれたんじゃないの?」

「俺には、無理だったんだ」

「シエルは技師でしょ? 技師のお仕事は、テールを直すことじゃないの?」

「ソレイユ、落ち着け」


 テールにたしなめられ、ソレイユは手と足を止める。もう少しで、シエルに掴みかかるところだった。ソレイユは深呼吸。テールは頷き、静かに語り始めた。


「技師も万能ではない。ましてや、メドサンの通信が制限された、流浪の技師はな」

「流浪の、技師?」

「本来、ガルディアンの修理は、アヴニールの技師のみに許された技術なのだよ」

「アヴニールって?」

「人類の叡智を司る場所。聖都とも呼ばれている」

「じゃあ、アヴニールの技師に頼めば……」


 ソレイユの声が弾む。だが、テールはゆっくりと首を振った。


「それは不可能だ」

「どうして?」

「彼の都は、この星……ミッドガルを見捨てた可能性が高いからだ」


 ソレイユは目をぱちくりとする。見捨てたって……何?


「それでも、限られた知識と技術で人々を救おうとする者達こそ、流浪の技師だ」

「じゃあ、シエルも?」


 テールは頷き、シエルは首を振った。


「俺は先生からメドサンを引き継いだだけだ。アヴニール製の修理装置をな」

「ではなぜ、定住することなく旅を続けているんだ?」と、テール。

「それは……」


 長い沈黙。それを破ったのは、ソレイユの言葉だった。


「じゃあ……もうダメなの?」


 シエルは乾いた唇を舌先で湿らせ、口を開いた。


「……ああ。俺の知識と技術じゃ、これ以上何もできない。そもそも、俺は技師として正規の教育を受けているわけじゃない。先生の助手……と言えば聞こえはいいが、先生からも大したことを教わったわけじゃない。メドサンの基本的な使い方、後は簡単な知識がいくつか……俺には、それだけしかないんだ」


 先生がもっと長生きしていれば……という言葉を、シエルは飲み込んだ。過ぎた事、仕方がないことを言っても始まらない。確かなことは、たった一つ。


「だから……すまない」


 シエルは深々と頭を下げる。何に対する謝罪なのか、自分でもよく分からなかったが、頭を下げずにはいられなかった。無力さを強く噛み締めながら。


 ソレイユは何も言わなかった。そして、テールも。


 シエルもこれ以上、何も言えなかった。ましてや、一緒に町を出ようなんて、言えるはずもない。出たところで、どうなるというのだ?


 シエルは頭を下げ続けた。まるで、懺悔をするかのように。


※※※


 ――翌朝。シエルの目覚めは、昨日と違って静かなものだった。ベッドから起き上がると、旅の支度を始める。といっても、荷造りは寝る前に済ませたので、着替えぐらいしかやることはない。シエルは机の上に重ねられた、作業着に手を伸ばす。


 作業着は綺麗に洗濯されていて、日向ひなたの匂いがした。袖を通してみると、細かい解れまで丁寧に修繕されており、また当分の間は着られそうだという実感があった。


 ズボンに靴下、安全靴。そして手袋。メドサンの入った鞄は肩、ゴーグルは首に提げ、ヘルメットを被る。最後に日用品や衣服、下着、携帯食料、水などを滅多に詰め込んだ雑嚢ざつのうを掴み上げると、シエルは部屋を出た。


 ……バイクが分解整備される前だったのは、幸いだった。慣れた手際で荷物を載せ、東門まで押していく。まだ薄暗い、早朝。シエルはただ静かに、町を出たかった。誰に見送られることもなく、一人で。だが、先客がいた。キュイである。


「朝飯も食わずに、どこへ行こうっていうんだい?」


 シエルは答えぬままバイクを押し、その横を通り過ぎた。キュイは溜息をつく。


「……一人で行くのかい?」

「ええ」

「私は信じているよ。あんたがこの町に戻ってきて、テールを直してくれるってね」

「俺は……」


 シエルは足を止め、唇を噛む。キュイは困ったように微笑んだ。


「こんな時は嘘でもいいから、びしっと胸を張るもんだよ。本当に、子供だねぇ」


 シエルが黙っていると、遠くから声が聞こえてきた。自分の名を呼ぶ、声が。


「シエルーっ!」


 振り向くと、ソレイユが手を振りながら走って……だが、足取りが覚束ない。何度も転びそうになりながら、その度に蹈鞴たたらを踏むといった有様で、見かねたシエルはバイクをその場に停め、ソレイユに駆け寄った。シエルに倒れかかるソレイユ。


「お前、どうしたんだ?」


 シエルはソレイユを抱き留め、その身を支える。ソレイユは力なく微笑んだ。


「……へへ、私、あれからずーっと……考えてたんだ」

「ずっとって、寝てないのか?」

「うん。こういうの、徹夜って言うんでしょ? ……えへへ、初体験だ!」

「馬鹿。で、考えたって、何をだ?」

「……テールを直す方法」


 ソレイユの言葉に、シエルは思わず吹き出した。ソレイユは口を尖らせる。


「ひっどーい! 笑うことないじゃない!」

「……いや、すまない。でも、そんなこと考えたって――」

「うん。全然分からなかった。病気だったら栄養のあるものをたくさん食べて、ぐっすり眠ればいいけれど、テールは水しか飲めないし、お薬だって……」

「そりゃ……そうだな」

「だから、一緒に考えよう?」

「はっ?」


 シエルは目が点になった。一緒に、考える? 何を?


「それでね、分からないこと、知らないことは、今から勉強すればいいんだよ!」


 ソレイユは何度も頷く。シエルは目をしばたたかせて、やっとの思いで口を開く。


「そんなの、無理に決まってるだろ?」

「そうかな? だって、ビブリオには図書館もあるし――」

「無茶言うなって! 十年しかないんだぞ? いいか、ガルディアンはな、人類が数百年かけて辿り着いた、叡智の結晶なんだぞ? それを、たった十年でどうにかできるわけがないんだ。ガルディアンを直せるのは、アヴニールの――」

「そんなの、やってみなくちゃ分からないよ! だって、十年もあるんだよ? ガルディアンが凄いってのは分かるけど、人間が作ったものなんでしょ? それに、アヴニールに直せるってことは、直せるんだよ! シエルにだって、私にだって!」

「そんな無茶な話が――」

「そんなことないって! 私はともかく、シエルはゲームだって上手いんだし!」

「それとこれとは、話が別だろ!」

「大丈夫、良い方法が見つかるって! 私も協力するから! だから……」


 ソレイユはぐっと強く、シエルの作業着を握り締めた。


「だから……もっと、一緒に……」


 そこで言葉は途切れた。ソレイユはシエルの袖を掴んだまま、その顔を胸に預けて、寝息を立て始める。その様子を見て、キュイがにかっと笑った。


「ふふ、それが本音みたいだね。よっ! 色男!」


 シエルは溜息をついた。何を言い出すかと思ったら、一緒に考える? 勉強する? よくもまぁ、そんな馬鹿げた発想が出てくるものだ。無知とは恐ろしい。


 ……だが。自分は何を知っているというのだろうか。自分は正規の教育を受けているわけではない。先生はメドサンの使い方と、ガルディアンの基本を教えてくれたが、そこまでだった。もう誰も教えてくれる人はいない。学ぶ場所も、時間も。この先もずっと……そう考えていたが、本当にそうなのだろうか? んなことを考え、自分が馬鹿げた発想に囚われていることに気付く。やれやれ、どうかしている。


「そんなの、無理に決まっている」


 シエルは思わずそう口にしていた。まるで、自分に言い聞かせるように。


「やる前から諦めるつもりか?」

「……お前は、できるというのか?」


 シエルは声の主を振り返ることもしなかった。姿を見なくても、テールが肩をすくめて首を振っているであろうことは、容易に想像できたから。


「さぁな。ただ、現実から目を背けるよりは、ずっと建設的だ」

「俺が、目を背けてるって?」

「違うのか? では、単なる自虐趣味ということか」

「何を言って……」と、シエルは振り返った。

「君はどれだけ自分の無力さを感じれば気が済むんだ? それは仕方がない事だ、変えられない事だと、再確認するための旅を、いつまで続けるつもりなんだ?」

「それは……」

「違うだろう? どうにかしたい。だが、どうしていいのか分からない。それでも、前に進むしかない……要するに、空回りしているんだよ、君は」

「……酷い言われようだな」

「そうか? 私は褒めているんだぞ? 往生際が悪いということは、まだ諦めていないということだろう? 違うのか?」


 シエルは天を仰いだ。見事な朝焼け。新しい一日が、始まろうとしている。


「お前も、ソレイユと同じ考えなのか? 勉強すれば、十年でどうにかなると?」

「一人では無理だろうな。だが、美人で有能な先生が優しく教えてくれるだけでなく、元気な美少女が応援してくれるとなれば……どうだろうな」


 シエルは誰が……と反論する気も起きなかった。今確かなものは、自分の腕の中ですやすやと眠っている、ソレイユの重みだけである。


 シエルは溜息をつくと、ソレイユの指を一本一本、丁寧に袖から引き剥がすと、その腕を肩に回して腰を落とし、背負い上げた。二日前の夜と、同じように。そして、バイクをその場に残し、シエルはとぼとぼと引き返して行くのだった。

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