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異世界の英雄はもういない  作者: 天山竜
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9. 拳の『歓迎』


 「……くる」

 「来ます!」


 ……楽だ。

 索敵を俺がする場合、異質な気配でなければ感知出来ないから、自ら気を張って居なければいけないんだけど、今日はこの二人が居るからとてつもなく楽だ。

 2人が示す方向を見やれば『鱗牛(スケイル・キャトル)』が四肢から土煙を撒き散らし、此方に向かって突っ込んで来る。

 コイツは割とこの辺に頻繁に出て来る、気性の荒い魔物だ。特筆すべきは全身隈なく纏われた鱗。岡を走る魚みたいな奴だが、この鱗が馬鹿みたいに固い。

 普通なら、この辺りで飛び出し、身の丈2Mはある巨体のバランスを崩して腹部にある鱗に覆われて居ない柔らかい箇所を貫きとどめを刺す。

 が、今回は━━。



 「【私がレシピを、貴方が料理を。共に素敵な食卓を】」



 魔法を使うには精霊の力がいる。

 精霊に力を借りるためには、己の「魔力」と「声」を届ける必要がある。

 その2つを届けるのが『詠唱』だ。

 人と人でも言葉を使わないと意思疎通が難しいように、精霊にも詠唱と言う形で話し掛けその力を貸して貰う……んだとか。使えないからその辺の感覚がピンとは来ないが……。

 『詠唱』は、『起句』『本唱』『終名』の3つに別れ、始まりの『起句』は人に依って違うらしい。

 ある者は夢で、

 ある者は直感で、

 またある者は親から受け継がれるとか。

 それを持って己の魔力を精霊に渡し、共に唱い、己が望む結果をもたらすのが『魔法』。

 俺はその『起句』を知らない。

 ついでに言えば『魔力』もない。

 たとえ呼び掛けられても、渡すモノがなければ精霊はこの声に応えない。

 『魔法』と言うものに嫌われているのか、『精霊』に嫌われているのか、またはその両方か。

 はぁー、……俺が一体何をしたんだ。

 それは置いといて。



 「【暴嵐の珠を光の皮で包み込み、一口齧れば意識も吹き飛ぶ美味しい秘宝】」



 魔物の足元に、丸い緑光を放つ珠が現れ地面をフワフワと跳ねている。

 一見、饅頭みたいで美味しそうだ……。

 よっぽど食べる事が好きなのか、よっぽど精霊がリリーナを気に入ってるのか……収縮して行く魔力はかなり高いレベルのものになっている。

 ……お、お腹が空いたんじゃないよね?



 「【ボルテクス・オーブ】!」



 完成した足元に現れた光玉に、全体重を掛け踏み締めてしまった鱗牛が空高く打ち上がる。

 自分の弱点である腹部を曝け出してジタバタともがいてるが、大地のない空で自分の体制を立て直す事が出来たりする筈もなく、そこへ━━


 「……ふん」


 小さな気合と共に空中に飛び上がったシロが獲物に狙いを定めて止めを刺す。

 繰り出した右の突きが鱗牛の柔弱な部分を切り裂き、魔物は爆散。

 ……する事がないって、良いな。

 落ちて来た鱗牛の身体の一部『牛鱗』と、『核』を俺が受け止めてこの一幕はお終い。

 これが今日の決められた作業になっていた。



 「あの黒オーガとは相性が悪かったんだろう」


 ヘルバに行く途中、いつもより多目な戦闘を終えた俺達は軽い小休止兼、昼食を摂っている。

 働いてない俺は特に空腹は無かったが、シロがそれを訴え、何より今日最大の功労者であるリリーナのお腹の虫がそれに賛同した。

 本人は真っ赤になって木の影に……。

 働いて貰ったので、それは正当な主張と認めてるから大丈夫だからね!!

 リリーナが示した実力は決して低くなく、故に何故あの黒オーガに勝てなかったのか?と言うシロの疑問も分かる。


 「リリーナが得意なのは魔法の中でも攻撃には向いてないものの気がする。補助に支援、それは攻撃する味方が居て初めてその効果を発揮するタイプの魔法なんじゃないかな?じいちゃんも言ってたろ?適材適所だって」

 「その……こころは」

 「……今説明したんだが」

 「もっと……わかり……やすく」

 「お前が材料を持って帰って来ても、料理したら食えたものじゃないだろ」

 「……ほう」

 「シロが材料を揃えたら、俺が料理を作る。それが適材適所だ」


 多めに作った筈の昼食をペロリと平らげたシロに、自分の分を分けてやりながらそんな説明をしている。

 ……その説明は理解されてるんだかされてないんだか。


 「あのオーガには、私の魔法が何も効かなくて……」


 おずおずと合流したリリーナが昼食を受け取りながら話し出す。

 オーガ自体に魔法を弾く特性はなかったが、それでも魔法が効かなかったと言うなら……やはり、リリーナ用に調整された可能性が高いか。

 魔法を使うのには魔力が必要になって来る。

 それが尽きれば魔法は途端に使えなくなると言われていて、焦って自分の限界を見誤ってしまえば、直ぐに魔力は枯渇してしまう。

 必然、回復させる道具が居るんだけどリリーナの場合、それも荷物の中に入っていたのでどうとも出来なかったと言う経緯らしい。


 「で、魔力が尽き掛けてるのに自分の進路に村があるって分かって、なけなしの魔力で方向転換……って感じかな?」

 「……はい」


 見ればリリーナの昼食も無くなっている。……速い……残った俺の分で良ければ。

 自分の手付かずの昼食を差し出した。


 「あ、いえ……でも!」

 「今日は二人のお蔭で体力も使ってないからまだ腹が減ってないんだ。食べてくれたら助かる」

 「……じゃあ……い、頂きます!」


 ……落ち込んでたんだよね?足りなかったから沈んでたんじゃないよね?

 元気が出たんなら何でも良いんだけれどさ。沈んだ顔も食事で笑顔に変わるなら安いもの。

 取り敢えず昼食も取れて、ヘルバも目と鼻の先になっているし。太陽の位置からそろそろ昼時も終わりそうだから……行くか。


 「シロ、食べ終わったな?」

 「……もう……ちょっと」


 後一口と言ったパンを、千切りながら食べてる……気持ちは分かるけど!


 「時間を遅らせると後が怖いぞ」

 「むぐ……たしかに」

 「そ、そんなになんですか?」


 そこまで怯えなくても大丈夫だから……ね?

 …………多分。



 そこから数回程の魔物との戦闘を経て、村に辿り着いた。



 『ヘルバ』は全村人が集まっても50人居るか居ないか位の小さな村。こんな辺境の村に住みたいと言う強者も珍しい感じだもんな。

 小さな村で前から世話になっているから、俺達の事を知らない人はいない。村の人達は、仮面を着けた変な俺も、厚かまし過ぎるシロにも分け隔てなく接してくれる。

 誰が相手でも、此処に住む「あの人」以上に怖い存在も居ないから、外部から来る人間にも基本的には心を開いている。

 さ、そんな事を考えてる間に……目的の家に着いた。


 …………俺の心の準備は出来た。


 「……くろ」

 「……分かってる」


 家の扉の向こうから明確な敵意。これは師匠、……じゃない。


 「リリーナはシロと下がって」

 「りりーな……こっち」

 「え?え?」


 一人、扉の前に立ち、呼び鐘を鳴らす。

 うわぁ、何で()()()の敵意が増してるんだ。


 「クロです。ご挨拶に━━」


 俺の言葉を遮りガチャっ!と勢い良く扉が開かれ、俺の目の前に

 ━━拳が飛んで来た。


 っとぉぉぉぉ!


 紙一重で躱したものの、次弾が下から!?

 身体を捻りそれを避け、後方に下がりつつ拳の出所に目をやる。


 「何で避けんのよ!」


 そんな理不尽な台詞を投げ付けて来た、長い金髪を側面に一つに纏め、怒りをその碧い目に漲らせた小柄な、耳の尖った少女。何より尖ってるのは、……その性格。


 「避けないと当たるだろ?」

 「当たりなさいよ!」

 「痛いだろ」

 「我慢しなさい!」


 おい、そんな我慢をする理由が俺にあるのか。

 言葉を言い切ると共に俺との間合いを詰め、さらに拳を浴びせかけて来る。

 何でこんなに怒ってんの!?


 「この挨拶、毎度止めて欲しいんだが」

 「アンタが悪いんでしょ!?」

 「いやいや、毎回お前の勘違いだと思うんだけど」

 「…………そんな事ないわよ!?」


 おい、今思い当たったろ。


 「今回だって殴られる理由が分からん」

 「時間!遅刻し過ぎでしょ!?」


 殴り、躱し、殴り躱し蹴り殴り蹴り躱し……ってちょっとスピードが速い!

 攻撃のバリエーションが増えて、威力・速度・回転が更に上がって結構ギリギリなんですけど!


 「遅刻……?してないぞ?」

 「今日の朝来るって連絡して置いて、どんだけ時間掛かってんのよ!」


 仮面のお蔭で何とか冷静に言葉を重ねつつ理由を尋ねてみるが……意味が分からん!


 「朝じゃなくて、昼過ぎに行くと言っただろ。エルさんに」

 「……は?」

 「それに呼び出されたのは俺の方なんだが」


 攻撃がピタリと止んだ。

 はぁ、またあの人の悪ふざけに付き合わされたのか。俺達。


 「んふふ~、仲が良いのは分かるけどお客さんが茫然としちゃってるわよ〜?」


 開いたままの扉の奥から、別の人の声がした。

 誰かは分かってるんだけど……



 「娘を毎回俺にけしかけるのは止めてくれませんか?エルさん」




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