3-24.男の『変貌』
頭上から迫るプレディカの剣を交わすと地面に吸い込まれて行く。
それに合わせて反撃で掌底を繰り出……そうとしたところで刃が下から返って来るのを感じた。
くっ!?
ギリギリで体を翻し刃を紙一重で交わした……いや、躱せた?!
このっ……剣を避けた反動で蹴りをプレディカの腹部に!!
「ぐっ!」
仰向けに倒れた彼女に、俺が持つ剣『月詠』の刃を突き付ける。
「もう引き際じゃないのか?」
『月詠』の刃を喉元に、辺りをチラリと見る。
俺が担当した部隊だけではなく、シロ・セリエ・ティアが相手取っていた部隊がいた方面からも争いの音はしない。
30人四編成、都合……120人のグリント兵を無力化出来た事実を、刃と共にプレディカに突き付けた。
「……私に下された命令に『撤退』の文字はない」
「いい加減にしろ」
俺の言葉にプレディカがビクッと体を硬直させる。
思わず出た言葉は、『偽りの感情』を通す事で……冷たく、静かに響き渡る。
「仲間の命も守れない奴が部隊を率いるな。騎士の矜持か何か知らないが、無駄に落とす命程馬鹿げてる事はない」
引き際も見極められない無能な上司なんて糞の役にも立たない。
ましてや、戦場に迷いなんて持ち込まれても迷惑この上無い。そんなの……こっちが戦い辛くなるだけだ。
「お前にもグリントに仕えてる理由があるんだろうが、あの親子の私利私欲に使われるのが望みなのか?」
「……黙れ」
「お前達が命を掛けて持ち帰った戦果に、あいつ等はどんな見返りを出す」
「見返りなぞ求めていない!私は……私達は大恩あるあの方に……」
あの方?どうやらティストゥートやレナードに忠誠を誓ったとか言う訳じゃない……のか?
……ま、考えられるのはただ1人……だよな。
「シュバルべさんはグリントの騎士達に無駄な戦いを望んだ訳ではないだろう」
「!!」
じいちゃんやユグさんの酒飲み仲間。
二人共、ただ仲が良いって理由だけで心を許したりしない。
じいちゃんはともかく、ユグさんは《神霊》だ。そう簡単に人前に姿は表したしたりは……いや、してるな?『ヘルバ』にちょくちょく遊びに出てエルさん家にもちょいちょい行き来してるような事を前に言ってたよな?
……と、ともかく、『ヘルバ』以外では人前に姿を見せない2人が遊びに出掛けてたって事は、良い人だろう事が予想出来る。
そんな人格者が、人に命を投げ出せなんて命じるなんてそれこそ想像が付かない。
「部隊を引き上げるなら傷の治療は手伝ってやる。自分達の意志をもう一度考えろ」
「……私は……」
プレディカの瞳から、涙が溢れて来た。
部隊長って役職から想像するに、今まで誰にも打ち明けなかった……打ち明けられなかった事柄を、こんな自分よりも年下のガキに突かれたら泣きたくもなるものなんだろう。
って言うか、ここからどうすれば良いの?
周りの兵士を一旦回収して━━
「『皆様、急いで防壁にお戻り下さい』」
その時、戦線への伝令役であるヴィオレの声が、頭上を飛ぶ偵察機から響き渡る。
なんだ?何かあったのか?
防壁を見る為に、顔を上げようとした瞬間━━大きく、嫌な気配を感じた。この方角は……ティストゥート達が居る所?
……は?……何だこの、禍々しい気配は!?
━━レナード=グリント━━
「クソクソクソっ!!あの精鋭部隊はグリント最強なんだぞ!?……それを……それを〜!!」
ティストゥートの苛立ちは頂点まで上り詰めていた。
それもその筈、多岐に渡り部隊を編成して自領から連れて来ていた五千の騎士団は、『ヘルバ』側が仕掛けた罠にてほぼ壊滅。その罠を潜り抜けた精鋭部隊はクロ達によってあっという間に制圧された。
グリントの手勢は後わずか、その僅かな兵も精鋭部隊より格段に力が落ちる者達のみ。
実質……グリント軍の負けは既に確定している。ここから挽回するには、奇跡でも起こることを祈るしかない。
「チクショウッ!!」
手にしていた望遠鏡を馬上から地面に叩き付け、己の苛立ちをどうにか制御出来ないか試みるが、上手くは行かない。
そんなティストゥートを冷静にさせたのは……やや背後から戦況を眺めていた父・レナードだった。
「……まだ勝てる」
「!……ですが、どうやって……!?」
目の前に広がるグリント軍の惨状を見て、どう勝敗を覆す事が出来るのか。
既に負けた……そんな言葉をティストゥートは呑み込み、弱く反論をする。
隣まで進んだレナードが、ティストゥートに差し出して来たのは小さな小瓶。その中身は深い黒色をした……液体。
「これは己の力を限界以上に引き上げてくれる物だ。これをお前に託す」
「……限界、以上」
「そうだ。プレディカを圧倒したあの仮面の男でも、殺せる」
震える手で、レナードから小瓶を受け取り、己が持つ小瓶を……気に食わないあの男を殺せる「力」を凝視する。
「ですが……副作用は━━」
「心配するな、危険な薬を息子に飲ませたりしない。ジルコニアの姫との婚姻も控えて居る事だしな」
不安は尽きない。
だが、父親が見守る目は力強く穏やかで、確かに信頼出来ると信じられた。……信じてしまった。
「ふ、ふはは。分かりました父上……必ずや我がグリントに勝利を!」
この戦はそもそも『ヘルバ』側が仕掛けたものではなく、完全にティストゥート、延いてはレナードの私利私欲によって引き起こされた戦なのだが。
負け戦に颯爽と現れる英雄然とした自分を妄想し、ある種の躁状態に陥ったティストゥートにレナードは力強く頷いた。
……心の中で、歪な笑顔を浮かべながら。
「勇敢なるグリント兵よ!!続けぇぇぇ!!!」
高らかに、戦場に響き渡る様に大声を張り上げたティストゥートは手にした小瓶の黒い液体を一気に呷る。
変化は……直ぐに起こった。
「ぐっ!?ぐ……ぐぐぐががガガガァ!!!」
身体が不定形に膨れ上がり、着ていた鎧が弾け、黒く……昏く変色。声は人間のものから魔物の唸り声へと変質する。
「て、ティストゥート様……?」
「これは……一体?!」
「レナード様、ティストゥート様が!!」
「安心しろ」
周りで騒いでいた兵達に静かに声を掛け、落ち着かせる……様に見えたが。
「お前達がティストゥートの力になってくれれば直ぐに落ち着く」
「……レナード様?それは一体どういう……」
レナードに声を掛けた兵士が音もなく地面から這い出た黒い何かに呑まれる。
「レ、レナード様!?これは?!」
「たた助けて!!」
「ぎあぁぁああ!?」
周りを見れば、残ったグリント兵がティストゥートから漏れ出た影に呑み込まれ、阿鼻叫喚溢れる……一種の地獄と化した様相を呈する。
「……素晴らしい」
レナードは己の息子が変わり果てた姿を熱の篭った眼差しで見つめ称賛。
やがて……完全に魔物と化したティストゥートが身じろぎすると自らの前に、魔力を収束。
憤怒と苦痛を魔力に乗せ、その矛先を立ちはだかる防壁に向けて……発射した。
「グガアアアアアアーーー!!!」
轟音と共に闇のエネルギーがクロ達に襲い掛かる。
帯袋から慌てて『力』『速度』『技』、それぞれの種を三つずつ取り出し噛み砕く。
黒い力が形成されつつあるのを遠目で見やる……間に合うか!?
その射線上には、まだ倒れてるお前達の味方が数多く居るんだぞ、ティストゥート?!
目の前に居たプレディカの襟首を掴み壁際に向かって慌てて投げた。
「うわっ!?」
反応してる暇はない!!
自分が出せる最高速で壁の前に倒れた兵士を次々と防壁に向かって投げて行く。
よし、最後の1人━━!?
「グガアアアアアアーーー!!!」
「【シルク・ヴェール】!!」
魔物と思われる咆哮と、リリーナの終名が重なった!
最後に残った兵士を抱え防壁に体当たりする勢いで退避。
くぉぉぉぉおおおああああぁぁ!!
音すら通さないリリーナの防護魔法『シルク・ヴェール』の内側に何とか滑り込み、高出力で鬩ぎ合う黒い閃光と緑光の壁が眼前で火花を散らす。
「ふ、ぐぐぐ!!」
魔法を出してるリリーナから漏れる苦悶の声。エルさんから守りに関しては太鼓判を貰ってるリリーナがあれだけ苦しそうって言う事は……相当の高威力って事か!?
くそっ!せめて俺に魔法が使えれば援護出来るかもしれないのに━━
「【平伏しなさい】」
使えない魔法に思いを馳せた時に響く……師匠の、エルさんの起句。
「【城に寄る悪しき者を打ち払うは汝の役目、矛を向けた輩に相応の返礼を】」
小さな声で……だが何故かしっかり聴き取れる彼女の声は起句から本唱に移り、終名を持って詠唱となった。
王が兵に命じる様に、柔らかに……厳かにその魔法を告げた。
「【因果応報】」




