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異世界の英雄はもういない  作者: 天山竜
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7. 告げる『銅板』


 ━━次の日の早朝。


 やっぱり……動き辛い。

 身体に走るこの痛みは、昨日の戦闘で使った『種』の反動。

 『速度の種(スピード・シード)』の副作用で関節が悲鳴を上げてる……んだけど、思ったよりは襲って来てない。

 少しは鍛えられているのかな?

 そうだといいな。


 毎日の日課が俺には2つある。

 一つは訓練。

 一日サボれば、取り返すのに三日は掛かると脅されて以来、滅多な事では休まなくなった。

 これぐらいの反動なら今日も訓練をしても支障はないな。


 それと。

 簡単に着替え、家を出て裏手に回る。

 暫く進むとそこはなだらかな上り坂。

 奥へ奥へ、やがて見えて来るのは……一面の青。

 海だ。

 見渡す限り海と空と大地しかない最先端に一つの石がある。


 【最強】五百神灰慈の墓。

 ここの掃除。

 それがもう一つの日課。

 墓石に水を掛けて磨き、花を添え、その周りに生えた雑草を抜き取る。掃除をするのに時間が掛かるわけでもないし、雑草も毎日生えるわけじゃない。

 此処に来るのは、単純に落ち着くから。



 『俺には俺の強くなる理由があった。周りが最強なんて言おうがそんなのは結果だ。強くなる奴は今ある物で努力をする。お前もそうあれよ?』 



 なんて豪快に大笑いするじいちゃんを、呆れながら見てたっけ。

 ある物って、俺には魔法がないんだから身体を強くするしかないじゃんってさ。



 『世界を守れ━━なんて言わない。だが周りにあるもの、守りたいと思えるものはキッチリ守れ。家族とか友人とか、お前を頼る奴がこの先必ず現れる。お前は大切なものを守れるだけの強さを手に入れろ。魔法なんて使えなくてもそれ以外が凄ければ、必ず守れる。だからお前は、強くなれ』



 ……此処に来る度に思ってしまう。

 俺は……強くなれているのだろうか。

 昨日は何とか魔物━━化物は倒した。

 けど……もし、この先、アレより強い魔物や化物……人間が、攻めて来たら……俺に守れるのだろうか。

 偉大で、世界を救った《英雄》、【最強】五百神灰慈は……じいちゃんはもう居ない。

 俺はじいちゃん程強くない。

 出来る事も限られてる。

 そんな俺が……何かから、何かを守れるのだろうか。

 ……ダメだな。此処に来るとどうしたってじいちゃんが居ない事を意識してしまう。墓石から海に視線を移し、暫くして空を仰ぎ見る。



 『よし!そうと決まれば特訓だ!この五百神灰慈が!!五百神クロを【最強】にしてやるぞ!!!』



 段々と明るくなる空を見上げながら、拳を握り締める。

 ……気分が落ち込む度に、じいちゃんがくれた言葉達を思い出してはやる気を取り戻す俺は、お手軽なのかねぇ。

 身体は動く。

 まずは━━


 「ごはん」

 「うおぅ!?」


 っと!ビックリさせるなって言ってんだろうがシロぉぉぉ!?


 「こんの……最近わざと気配を消してるだろ!?」

 「……そんなこと……ない」


 俺の目を見て答えろよ!


 「あさの……ごはん……いちにちの……はじまり……だいじ」

 「支度するけどビビらせんなって言ってんだよ!?……リリーナは起きたのか?」

 「まだ」

 「はぁ……もう終わったから戻って支度する」

 「……あと」

 「ん?」


 シロが手にしていた銅板を俺に差し出して来た。僅かにだがシロの……顔が青い。


 「これ……なってた」


 ……マジか。

 これは、呼び出しだ。



 「村……?」

 「そう、ここら辺にある唯一人が住む場所」


 シロと共に家に戻り、リリーナも起きて、皆で朝食を取っている最中の一幕。今日の予定は彼女の失くした荷物を探しに行く……前に。どうしても後回しに出来ない用事をリリーナに告げる。


 《ヘルバ》

 この辺境唯一の人里。

 じいちゃんが森を作り、暫くしたら出来ていた村。

 幼い時から知っている村だけあって、あそこなら俺も行ける。

 仮面を付けていても、村人も慣れてくれているし、始めこそぎこちなかったが今では普通に皆が話し掛けてくれる有難い場所。

 ……村人達は大丈夫と頭では分かっていても、心が追い付かないらしく、未だ仮面無しでは行けないけど。


 「そこで日用品だの衣服だの生活に必要なものは揃えられるし、何より会って貰いたい人が居るんだ」

 「私に……ですか?」

 「うん。……魔物に襲われたらあの村に逃げ込むのが一番だって知っておいてほしいから。自分を犠牲にして遠ざけなくても大丈夫だって、ね?」

 「……あ、あの」

 「あの黒オーガに追われてる時、ヘルバを避けて逃げた……だろ?」


 リリーナが無言で(うつむ)く。それは肯定って取っても差し障りない?

 多分だけど……逃げてる最中に村の灯りを見たリリーナは咄嗟に、村と反対方向に逃走した。そのわずかな逡巡とか方向に寄って殺されたかもしれない可能性があるにも関わらず。

 あんな訳の分からない状況で、人に頼るのではなく、人を守る側へと回った彼女は……優しいんだろう。自分が傷付くよりも他人を優先させられるその心は尊い。……が。


 「ヘルバには、俺達よりも強い人が住んでる」

 「……く、クロさんや、シロさんより……?」

 「そう。その人に会ってもらいたいんだ」


 圧倒的に俺達より強い人が……ヘルバには居る。

 じいちゃんを「先生」とするならば、その人は俺達を徹底的に鍛え上げてくれた「師匠」と呼べると思う。

 そこら辺をリリーナに説明すると静かに、固唾を呑んだ。

 朝、シロが持ってきた銅板はじいちゃんが作った魔道具『彼我の会話(カタルシス)』……じいちゃんは「デンワ」と呼んでいたがそっちの方が呼びやすいから俺達もそう呼んでる。

 機能としてはデンワを持っている者に、同じくデンワを持っている者の声を届ける事が出来る優れものだ。

 が。

 普通は各個人が携帯して連絡を取り合う物らしいが、大体俺達のは家にあり、携帯はしていない。それにこのデンワを所持しているのは俺達と、もう一家族しかいないから宝の持ち腐れも良いところ。

 まぁ、それがヘルバに住んでいる俺達の師匠のご家族で、さっき……昨夜の事情を説明する様にと呼び出しを受けた。

 村には入って居ないし、シロの様に匂いを感じた訳でもないし、索敵の魔法を使った訳でも無いのに……「気配」だけで何かが起こったと言う事を把握したのだと言う。

 何でもないことのように言っていたが、流石と言うか……何と言うか。

 何か知っているかも知れないし、何より昔からのじいちゃんの「仲間」だった人だから、経験から来る知識は非常に膨大で、今分からない問題の答えじゃなくても、ヒント位は掴めるかも……なんだけど。


 「で、その人に会う時の注意なんだけど」

 「注意……?」

 「……絶対に歳の話はしないで欲しい」

 「へ?」


 横で聞いてるシロがぶるっと震える。

 ……気持ち、分かる。


 「その人に、年齢を感じさせる言葉は絶対に禁止。「おばさま」とかも駄目。極端にその手の話に敏感な人だから……もし言ったら」

 「……言ったら」

 「……ちょっと……生まれて来た事を後悔する」


 シロは震え、リリーナが俺の声音を聞いてゴクリと固唾を飲み……かくいう俺も、背中に嫌な汗が一滴。

 そう。俺もシロも過去に言ってしまった事があるのだ。

 今思い出すだけで本当に、身体が振動する。


 「「「………………」」」


 流れる沈黙を、殊更明るい声で破ってくれたのは、この場で唯一事情を知らないリリーナ。


 「わ、分かりました!絶対に言いません……と、と言うより女性の方なんですね!?では年齢の話を気にするのも納得です!」


 俺達兄妹のテンションが下がって行くのを感じたのか、リリーナが話題を変えるかの様に強く疑問を投げ掛けて来た。

 そういう気遣い、あの人は大好きだから、きっとリリーナは気に入って貰える事だろう。


 「そう、だから身の回りの物や相談は出来るからそう言った意味でも知り合って置いて損はないよ。……さて、少し話し込んだけど残りを食べてしまおうか」


 仮面越しにリリーナに向かって言ったが━━七割シロに向かって言う。

 さっきから震えっぱなしで帰って来ないから。

 ご飯食べて元気出して!

 村に行く時間は何時でも良いと言っていたし、昼過ぎ位なら迷惑にならないはずだ。

 飯を食べたら出掛ける準備をしないと。

 朝飯食べて、地下の倉庫で準備して……。

 目の前では、素晴らしく綺麗に、早く、出された食事を片付けて行くリリーナと、恐怖からかいつもより遅い速度、しかし食べる量はあまり変わらないシロの姿。二人共見ていて気持ちの良い食べっぷり……何だけど。

 まぁ、腹が減るのは元気な証拠だし良い。

 作った食事を残さず食べてくれる様にも好感が持てる。

 が……家の食糧庫は有限だぞ?

 昨日の夜と、この朝でかなりの大ダメージを食らったぞ?

 ヘルバで食料類も貰って来ないとだなぁ。

 ……期せずして忙しくなった一日に、軽い眩暈を覚える。


「……しょくよく……ない?……きもち……わかる」

「二人を見てたら胸が一杯なだけだ」


 リリーナに聞こえない所での兄妹の会話。

 食欲が湧かない原因の一端である妹が、俺の肩に手を掛けた。



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