3-5.初めての『冒険』
亜澄さんが帰ったその日、俺は徹底的に準備を始めた。
今日は久々に家に一人だから、『偽りの感情』も外して伸び伸びだな。
アルファスに拡張して貰った帯袋の性能を試し、ウァサゴから借りたヤタに餌をやる。
この帯袋、相当容量が上がったぞ!?
貰った四M四方の立方体の中に入れた物なら、何でも瞬時に取り出せる様になった。
ポーションもそうだが、持ち運べる道具が格段に増えたな。取り出す物も帯袋に手を突っ込んで欲しいもの思い浮かべるだけで直ぐ手に持てる。原理的なものってどうなってるんだ?今度アルファスに聞いてみよう。
俺の担当は主に道具、それ以外の物はフリソス家に居るシロ・リリーナ・ティア・セリエがやってくれる手筈になっている。
食料はセリエの『収納空間』に、細かな野営に必要な物はそれぞれが手持ちで分担する。
その他にも、ガドガさんの試作した武器防具の使い方を教えてくれると言うことで、今日はシロにリリーナがヘルバのフリソス家でその講習を受けている。どうやらそれぞれの特性にあった物を用意したらしいけど見るのが楽しみだな。初めての「冒険」どんな風になるの━━!?
パン!!
頬を両手で挟む様に引っ叩き、熱を持った頬が俺を冷静にさせる。
少し気を抜きすぎだろ。
確かに今回は、偶然とは言えじいちゃんが場所を用意し、ユグさんが見守ってくれるのかも知れない。
けど、魔物がいる。危険があるんだ。
油断すれば……怪我もすれば最悪、死も迫る。
エルさん達の言う通り、楽しむ事も必要だろうけど油断するのとはまた違う。
ニーズヘッグとの戦いを。
プルフラスとの戦いを。
今まで経験した戦いを思い出せ。
少しでも俺達の「冒険」を安全にしようと、亜澄さんもエルさんもガドガさんも手を尽くしてくれているんだ。
その想いを絶対に履き違えちゃ行けない!
『常に最悪を想定して動け!お前の運命はお前の行動で決めるんだよ!?』
五百神灰慈が言っていた。
結果を待つな、そこにどうすれば行けるのか考えろ。
俺の「冒険」は俺のもの、ってだけじゃない。目的があって、他にもメンバーが居るんだ。
気を抜いて良いわけが無いだろ!
よし、もう一度荷物の点検……俺も皆も無事に帰れる備えをして行こう!
━━とは、言うものの準備はその後一時間もしない内に終わり、いつも通り、洗濯掃除を済ませて飯を食い、明日に備えて早目に休みましたとさ。
……締まらない……こんな感じで大丈夫か?俺。
夜が明け、早目に行動開始。
待ち合わせ場所は、『賢者の森』奥深くにあるユグさんが普段寝泊まりしている場所、「寝所」。有り体に言えば……ユグさん家。
ユグさん家からどうやって《魔王》の城まで行くかは分からないが、持ち主が来いって言ってるんだから従うしかない。行ってみりゃ分かる。
丁度待ち合わせ時間になった所で日が昇り、朝陽が目に入った。
「時間通りじゃの」
日の光を背負って、ユグさんが俺を出迎える。
神々しいな、……まぁ《神霊》ではあるけれど。
「しっかり眠れたか?楽しみで徹夜か?」
「子供じゃない」
「妾からしたら充分子供じゃぞ?」
立場的にも年齢的にも、そうっすね。
自ら纏った雰囲気をぶち壊したユグさんの影から、人影が進み出る。
「あら、ちゃんと来れたのね?」
「クロさん、おはようございます!」
「いつもティアより早く起きてる、おはようリリーナ」
しっかり目が覚めてるティアに、シャキッと挨拶してくれるリリーナ。
それに比べて……。
「……おは……ござます」
「……くー」
「あぁ、おはよう……起きてるかセリエ?シロは起きろ」
朝が弱いのか、まだ目が半分しか開いてないセリエに、完全に寝てるシロ。
そのシロを背に乗せているのは……尻尾が蛇の黒い狼?
この前見た『フェネクス』と同様、セリエの部下……なのか?
それは後で聞こう。
「二人とも顔を洗って来い。いきなり怪我をされても困る」
先ず、戦力の二人にはしっかり覚醒して貰わないとな。
2人が目覚め(シロは強制的に起こし)出発地点となる《神霊》ユグドラシルのお膝元で朝食を食べながら今日の段取りを話し合う。
朝食を提供してくれたのはエルさんだ。
米と山菜、鶏肉を炊き込み、握ったおにぎりを持たせてくれたらしい。
噛むと山菜と鶏肉の歯応えが米と絡み合って……美味い。
思わず一口がデカくなってしまうな。
「……うむ……もういっこ」
「わ、私も!」
「やはりお米と言うのは良いですね」
「ほら、食べてばかりいないで話すわよ」
「まさかティアがまとめる役になるとはの」
「どーいう意味よユグさん!!」
シロとリリーナはいつも通り、セリエが炊き込みご飯に舌鼓を打ち、ティアが方向修正……ユグさんの言う通り確かに珍しい。ここで乗っかってしまうと話が進まない。
今日は自分の分を譲らない様、奪われない様にしっかり確保して食べながら進行するか。
「【強欲】の城はここから行けるのか?」
「うむ、地下に行く階段を下り、その目の前よ」
ユグさんもおにぎりをペロリと一個平らげ、指に付いた米粒を舐め取る。
この「寝所」には何度か来た事があったが地下なんてあった事実に人知れず驚く。
自分が住んでる所の近くにもまだまだ知らない所がある事に驚きだ。これが灯台元暮らしって奴なのかなぁ。まぁ……それが《魔王》が居た居城ってんだから驚くを通り越してむしろ唖然としてしまうが。
口の中の飯を咀嚼しながら、まだ見ぬ【強欲】の魔王城に想いを馳せていると、ユグさんが何ともばつが悪そうに衝撃の発言を繰り出した。
「で、今回の探索に付いて一つ訂正がある」
「訂正?」
「うむ。昨日……城の周辺を点検しておったんじゃがな。どうも……城の内部は干渉出来ん様になっとるらしくての」
「……どう言う事だ?」
「お主等の様子が分からんと言う事じゃ」
……マジか。
死なない様に様子見してくれると言ったユグドラシルの恩恵が受けられない、……これは単純に……相当難易度が跳ね上がったんじゃなかろうか。
「城の中に魔物は?」
「居る。森とは生態系が違う奴がの」
聞いていた情報と合致はする。
メインで棲息するのは爬虫類、罠として設置型の魔物が当時と変わらずに住んでいるって訳だな。
大丈夫か?……今回の冒険。
「そこで……これを持って行け」
ユグさんが傍らから取り出したのは木人形。
どことなく……ユグさんに似ているな……。
「形代じゃ。万が一命の危険を感じたらこれを壊せ。妾の元に戻って来られる様に作っておいた」
「なんか……壊すのが勿体無いくらい可愛いんですけど!」
確かに。
可愛いかどうかは別にしても、壊すのが憚られるな。ユグさんが自ら作ったって言う物ならその価値は爆発的に大きくなる……何せ、崇拝の対象たる《神霊》が人に下賜したものは歴史的な価値も付加されるらしい……そんな高価なもの、ホイホイ使える人間はそう多くないだろう。
「命あっての物種じゃ。良いな、危なくなったら直ぐに戻って来い」
「心配してくれるのは嬉しいけどね?」
「えぇ、ある程度の危険がないとつまらないです」
微笑を浮かべるのはティアとセリエ。
おぉう、おにぎり齧ってニヤッとする二人が頼もしい……反面、ちょっと怖いです。
使えって言われると使わない反骨精神かなぁ。
「全く。お主がしっかり舵取りせんとな」
「……出来る限りのことはするよ」
「では、何かあれば責任取ってくれますか?」
何をさせる気なんだセリエ!?
「せせせ責任!?」
「あああアンタ何言ってんのよ!?」
「お二人は取って貰わないで良いのですか?」
「ぜぜぜ是非!?」
「あああアタシの責任も取りなさいよね!?」
「二人共、セリエに引っ張られるな」
リリーナとティアを巻き込んで俺に何かを強要するな!?
話進めるぞ!
「とにかく。危なくなったらその形代で戻って来る。『魔城灯』を手に入れられてもコレで戻れば良いんだよな?」
「その認識で良い」
「隊列は索敵が出来るシロと、俺が前衛」
「……ん」
「殿に近・遠距離両方担えるティア」
「りょーかい」
「中衛にセリエとリリーナ。適宜、攻撃と補助を頼む」
「任されました」
「了解です!」
「在庫はあるけど念の為、皆にも各ポーションを渡しておく。『マジック・ポーション』は三、『ウーンド』『スタミナ』は一ずつ。使い切ったら言ってくれ」
「セリエは回復使えるから多めに渡して置いたら?」
「私の魔法は威力はありますが、その分魔力も使いますから嬉しい提案ですね。ご期待には添えられる様に頑張ります」
ティアの助言を取り入れ、セリエには多目に『マジック・ポーション』を渡しておこう。
「何が必要になって、何が助けになるか分からない。なるべく道具でカバー出来るところはしたいから魔法は極力温存してくれ」
「分かったわ」
「『アモン』」
「VOU!」
「牽制が必要な時はこの子にさせて下さい。『魔人将』に参列し、私の『魔装』の一人ですので十分戦力になります」
「……このこ……いいこ」
「なら、頼らせてもらうよ。よろしく」
「WOF!」
セリエの従者と言うところだろうが、シロにも懐いてる。
アモンにはシロと前衛で警戒してもらい、有事はセリエやリリーナの隣に着いてもらうか。
全員に道具を分配し、それぞれの役割を確認して。……と、そこでユグさんが声を上げた。
「それから」
「ん?」
「無駄打ちはせぬ様にな?」
放られた袋を受け取る。
中を見るとそこには、『力』『速度』『技』の種がそれぞれ四つずつ。
「ウルズとミーミルが会いたいと言っておったぞ」
「ありがとう」
「帰ったら二人にも言ってやれ」
了解。
山の様にあった炊き込みご飯のおにぎりもいつの間にか無くなり、俺達の準備が整った。
「じゃあ行こう」
「頑張りましょう!」
「ふふ、楽しみです」
「とりあえず行ってみましょうか」
「……えいえい……おー」
気負いしないシロの掛け声で、俺の……人生初めての「冒険」が始まる。




