6. 見えない『目的』
今日のメニューは全てじいちゃんから作り方を教わったものだ。
別にじいちゃんが料理を教えてくれた訳ではなく、こんな物が元の世界にあったとか、こういう味付けの物が好きだったとか、そんな話を素に俺と、じいちゃんの友達が作り上げた。……じいちゃんが作ると「超」不味いし。偉大な大賢者、魔導師、魔法使いと呼ばれた《英雄》でも、料理に関しては驚くほどに才能がなかった。シロから料理禁止を言い渡されてしまった程だったからな……。
「カレー」とか、この世界の何処を探してもないと嘆いてたし、自分で作ってしまおうと思うのは理解出来るが……うん、じいちゃんが作ったあれは食い物じゃなかった。
物珍しそうに俺が作った「カレーライス」を眺め、香りを確かめ、俺の隣で木匙で抄ってガツガツ食べてるシロを手本に少女もぱくりと一口━━
「はむ……!──っ!」
目を見開き、咀嚼し、飲み下す。
「すっごく美味しいです!」
「それは良かった、遠慮は要らないから好きなだけ食べてくれ」
「ありがとうございます!」
ホッとひと安心。
反応を見る限り無理して食べてる訳でもなさそうだし。
程良く辛く、ほのかに甘く、そんな味付けが気に入って貰えた様で何よりだ。
カレーにサラダ、鶏のフライ。簡単で品数こそ少ないけどこれが我が家の食卓。
俺も一口食べ、取り敢えず聞かなきゃいけない事を聞いて置かないとと思い、少女に語り掛ける。
「食べながらで良いんだけど、幾つか聞いても?」
「ん……はい」
行儀良く木匙を置き、ちゃんと俺に正対して姿勢を正す。
……うん、食べながらは無理そうだ。
「いや、やっぱり食べてからに──」
「おか……わり」
隣に視線をやると既に空になった皿を俺に突き出し、そんな要求をしているシロ。
「……自分でやれ」
相変わらず早いな!俺まだ一口しか食べてないわ!
「……えっと」
少女に視線を移すと、酷く言い出し難そうにしている。
食事の後で良いって言ったのに。俺に気を遣ってくれているんだろうか?
「ん?」
「……私も……良いでしょうか。その、お、おかわり」
え?
仮面を付けると視界が多少なりとも狭まる。そんな死角に入っていた少女の皿に目を向けると。
既に……皿が……空、だと?
「みあげた……たべっぷり……こっち」
「あ、はい!ありがとうございます!」
シロが自分の皿を持って立ち上がると、少女もそれに倣って皿を持ち台所へ。
……俺、そんなに食べるペース遅いかな。
俺の皿には一口分欠けたカレーライスがまだ湯気を立てて、早く食べろと鎮座している。
後ろを見れば、シロが皿に山の様に白飯を盛りその上からカレーを掛けて出来上がりを見せ、あのいかにも華奢な少女が同じ様にカレーライスの山を創り上げていた。
……良く食べる女の子って、シロ以外にも居たんだな。
「ごちそう……さま」
「ご馳走様でした!とっても美味しかったです!」
「あぁ、それなら良かったよ」
おかしいなぁ?
明日の朝も食べれる様にちょっと多目に作って置いた筈のカレーが入った鍋が、綺麗に空になってるんだよなぁ。
シロの食事量は知っている。毎日、毎回良く食べるから。
それを計算して作った筈なんだけど……なぁ。
付け合わせのサラダも綺麗に空。
白米は序盤で空になった為、急遽パンを出して対応もそれすら無くなり。
フライに関しては若干追加で揚げて。
「きに……いった。……なかなか……みどころ……ある」
……何のだよ。
まぁ凄く上品に、気が付いた時にはもう食べ終わってる様は見ていて魔法かと思う程で、確かに見所はあったんだけど。
まぁ、良いか。
これでやっと落ち着いて話が出来━━
「……つぎは……おふろ……こっち」
え?
「え?」
俺の疑問を少女が言葉にしてくれた。
……そうですね。女の子は身だしなみをきちんとするものですもんね。
「あの……」
「行っておいで」
既にシロに手を引かれ、風呂場に向かい始めて居るのを止めるのもね。
後片付けして、茶でも入れるか。
話はその後……したいけど、このままずるずる話が出来ない予感がする。そんな思いを吹き飛ばす様に、綺麗に中身が無くなった鍋だの皿だのを洗いに向かう俺。
食器や器具を洗い、茶を入れ、ホッとひと息。
そして……今日の出来事を思い返す。
黒オーガ。
アイツが彼女を追って此処まで来た事は、推測の域を出ないがあながち間違いではない筈だ。
通常の魔物であれば自分の周囲に居た人間、自分を攻撃して来た人間を攻撃する。
じいちゃんはそれを「憎悪が移る」と表現していたけど、俺が黒オーガの命に迫るまで、アイツのヘイトは俺に移らなかった。つまり、人に造られ、且つ最優先事項はあの少女の命だったって事なのか?
野生の魔物と、人造の化物の違いは━━出された命令。優先されるのが自分(本能)か他人(命令)かと言う事らしい。
じいちゃんも造られた化物と戦った事があるらしく、命令の有無を覚えたらしい。
なら目的は……何だ?
具体的に言えば、
「……誰を、誰が、何のために」
「誰を」の部分は仮にあの娘だとして、「誰が」と「何のために」が検討も付かない。
あの少女に話を聞かない事にはどんな事も推測にしかならないし……俺が全く事情を知らない第三者だと言うことあるだろう。
人間が、同じ人間を恨む理由なんて幾らでも作れる。考え出したらキリがないし、当事者じゃない俺には分からない事しかない。
あの少女。
心根は凄く良い娘なのはシロの反応を見ても明らかだ。
人に対しては匂いで判断するところがあるし、認めて居ない他人にはあそこまで心を開かない……と、思う。直感的にあの娘は信用しても大丈夫と思ったんだろう。
シロが信用したのなら拒む理由もない。
無いけど、他人と話すのはやはり緊張はするんだよなぁ。
仮面が無ければ顔も合わせられてないし。
「でた」
うぉう!ビックリした!
いつの間にか風呂から上がり、直ぐ背後から声を掛けて来たシロ。……気が付けば、無意識で飲んでいた茶がなくなってる。
そんなに没頭してたのか……?
「気配を断って近付くなと何回言ったら分かるんだ」
「おめん……つけてる……から……だいじょうぶ」
「仮面だ」
大丈夫じゃねーよ!ぱっと見で分からないだけで動揺するんだからな!
俺の背後に立ったシロに一言文句を言おうと振り向いた先に、いつものシロの顔があったが……髪型が……違います?
長く綺麗な白髪を一つに束ね、頭の上でまとめている。
白い肌は温まったからかほんのり赤くなり、その瞳は俺に何か感想を求めている……様な気がした。
「なんかいえ」
実際に言われた!?しかも命令!!
じっと見ていた俺にしびれを切らし、直接感想を求めて来たシロに因って我に返る。
「いつもと違うから驚いたんだが……どうしたんだ?それ」
「りりーな……に……やってもらった……なにか……いえ」
「あぁ……珍しいな」
「ちがう」
「……可愛い、ぞ?」
フシュっと力強く誇らしげに鼻息を出すが、強制させたよね?
……って、りりーな?それがあの娘の名前なんだろうか?
「あ、あの……お風呂、ありがとうございました……」
なんて考えてたら本人が部屋の入口から声を掛けて来た。
シロの服は小さいだろうから俺の物を着て貰ってる訳なんだけど……着てる人間が違うとこうも違うのかと思えるほど、華やかだ。
髪はシロと同じ様に、頭上でまとめ、こちらはタオルを巻いてる。肌は湯上りで血色良く、何故かちょっと恥ずかしそうに上目遣いで俺を見て、ってジロジロ見て居たらそりゃ恥ずかしいか。
「さっぱりした所で悪いんだけど、少し話を聞いても良いかな?」
「あ、はい!すみません、クロさん!」
……名乗っては居ない。
ちらっとシロを見やると何故か右手の親指を立てて得意気な顔をしている。自己紹介は要らないみたいだ。
「改めて……助けて頂き、本当にありがとうございました。『リリーナ・プリムラ』━━リリーナと呼んで下さい」
「急に?」
「はい、気が付いた時には……森の中に」
シロとリリーナに温めたミルクを出してから話を聞き始めた訳なんだけど……なおさら良く分からなくなってきたな。
気が付いた時には「この森に居た」と言う現象。
魔法か?……いや、それは使用者が近くに居なければ発動はしない。精霊は「詠唱」と言う名の好物を与えられて初めてその力を使用者に貸し与え、魔法と言う現象を起こす。
じいちゃんにも聞いた事があるが、その魔力の受け渡しである詠唱無くして魔法を起こすのは不可能だ。
リリーナがこの森に飛ばされる前は1人で歩いていたとの事だから、魔法と言う線は消えた。
だとすれば……道具か。
「道具」に魔法を閉じ込めて置く事は可能で、俗にいうこれが「魔術」。
魔法の効果を石や札、装飾品や貴金属に掛け、それを任意のタイミングで発動させる。魔術の力が宿った道具を「魔道具」と呼んでおり、俺が使った『石』や『護符』もこれに分類される。
つまり……リリーナが人影を見ていないと言ってるなら、強制的に移動させられたのは魔道具、魔術に因る方法が有力な候補かな。
オーガと遭遇した際、周りに人の気配はなかったらしい。
見落としていたとか、姿・気配を隠していた可能性もあるけど……森に強制的に送られたのはリリーナとオーガだけってことか。
聞き進めると彼女の身の上話になり、リリーナは幼い時から、人里離れた場所に母親とだけ暮らしていた。
日々の暮らしは主に、リリーナが『冒険者』として生計を経てている。
割りと長かった遠征が終わり、母親の待つ家に帰る途中、あの化物に襲われたのだと。
話してくれたリリーナの性格から恨みの類いの線は薄い気がする。
で、手段としてもっとも怪しいのは……
「個人依頼?」
「はい」
『冒険者』が集う『ギルド』に依頼するのが通常依頼。
人柄や能力を見込まれ特定の人物に依頼するのが個人依頼。
……らしい。で、個人依頼が来るのはかなり稀と。
「特定の個人に依頼するには指命料が掛かります。金額にすると普通に依頼する倍は掛かるそうです。私はランクこそ『B』ですが、主に支援系ですので戦闘はそこまで得意ではないんです」
「前に依頼した人がまたリリーナに依頼したんじゃ?」
「いえ、私を頼ってくれる方なら直接話してくれると思います。それに、依頼内容が簡単な運送な上に期限を設けられていないのも、なんだか……」
怪しかったと。
「依頼人は誰だったんだ?」
「それが……」
「……そう言うのは知らされないものなの?」
「いえ、ギルドでは素行調査が行われてますので依頼する人が望めば明かされません。なので、決まって怪しいと言うわけではありませんが……ただ」
「ただ?」
「お母さ……母に!依頼書を見せれば誰か分かると言付けがありました」
お母さんでも良いと思うよ?!
ふむ……受け取った依頼書って言うのが怪しい。
それが今回の手掛かりっぽいな。
「その依頼書は俺が見ても?」
「はい、大丈夫……あ!」
「どうしたの?」
「先程の戦闘で逃げてる時に荷物を」
逃げてる間に落としたなら、森にはあるか。
「分かった。探すのは明日にして今日は休もう」
「……でも何処に落したのか……」
「分からないなら、分かる人に聞きに行こう」
「……へ?」
まぁ、人ではないけど。
家に置いて来たって言うなら別の手段を考えなければいけなかったけど、森にあるなら探せると思う、……探せる……はず。
「シロ、明日ユグさんの所に──」
「…………くー」
寝てる?!
腹いっぱいになって風呂入って、話が長かったから寝た。
って子供か!?
……うん、子供か。
「あの……ユグさん、と言うのは……?」
シロに気を遣って小声で話し掛けて来るリリーナはやはり優しいと思う。その程度では起きないけど、コイツは。
「この森の管理人って所……かな?」