2-21.『親子』の絆
光が収まり、声がした方を向けば。
そこに居たのはファルハスの姿でも、マンティコアの姿でもない、最初に見たプルフラスが……セリエの首根っこを掴んで俺を睨んでいる。
……あの野郎。
「クソクソクソ!!貴様らの所為であの姿にもうなれない!!どうしてくれるんだ!?」
あ?どういうことだ?あの姿って……ファルハスの姿になれないって事か?
《完全模倣》
対象の姿・力を再現する能力。
知れば知る程、その再現力は増すが全体像の八割を最低でも知らなければ『完全模倣』は発動しない。
解除方法はその姿で「敗北」を実感すること。負けを認めてしまうと二度と同じ姿になる事が出来ない制約がある。
《賢者の叡智》に寄る捕捉が頭の中に浮かんでくる。
なるほど。
コイツはファルハス=オルタンシアの姿で敗北し、心を折られた。だからその姿になることは二度と出来ない訳か。
「それを俺達の所為にするのはお門違いだろう?」
「貴様さえ居なければ……ファルハスの力と、セリエの『能力』さえあれば!私が新しい《魔王》だったんだ!」
確かに、元《魔王》の姿に『呪印』の力は相当な脅威になるだろうが……。
「お前の称号になるか?周りはファルハスが返り咲いたと思うだけだろ」
「うるさい!だがもういい。ファルハスでダメなら……セリエの姿と能力でアスミィに近付き殺せばそれで済む話だ!」
「と、言う事は……少なくとも今はセリエを殺せないって事だよな?」
「……くく。『完全模倣』の条件は片腕片足くらいなくても十分満たせるぞ」
いちいち腹立つ野郎だな。
状況は……良くない。
プルフラスの腕を斬り飛ばすには若干距離が空いている。
さっきの口振りからセリエの命を奪うまではしないが、傷付けるのには恐らく躊躇しないだろう。
……一瞬、……一瞬だけでもアイツの注意が逸らせれ……ば?
こ、……この気配は!?
「ぬくく。今日の仕返しに『完全模倣』出来るまで奴隷として飼ってやる。嬲って犯して、コイツの『能力』もプライドも、全部搾り取ってからゆっくり殺して━━」
「お前が、私の娘に何をするって?」
一瞬だった。
多分、プルフラスは知覚すら出来なかったんじゃないだろうか。
セリエを掴んでいた奴の右腕が飛び、その身体は顔を残して凍り付いた。
あの人が切断したフルプラスの腕が地面に落ちると同時に、硝子を砕いた様な音が辺りに響き……腕だったものが粉々になる。
「…………はい?」
セリエを優しく抱き止め、静かに抱え上げた様は女神。
だが氷漬けになったプルフラスに向ける憤怒の表情は……正しく《魔王》。
「もう一度言ってみろ、プルフラス。……セリエにお前が何をするって?」
現《魔王》……アスミィ=オルタンシア……いや、五百神亜澄がその場に……立っていた。
「なななななななななななな何故ここに居る?いえ!居られるのですか、アスミィ……様?!」
い、いつの間に?
攻撃した瞬間は愚か、この場に現れた事すら気付けなかった。
魔法?能力?それすら判別出来ない。
気が付いた時にはそこに居た!?
「あああれ!?いつの間にかまたこここ凍り付いてる!?」
やっぱり自分の状況に気が付いて無かったのか。
離れてる俺がその光景を見て驚愕してるんだから、目の前に現れていたプルフラスは混乱の極みだろうな。
「……ん……お母……様?」
「あぁ、おはよう。セリエ」
あの部分だけ切り取ればすごく良い絵。
絵画になっても可笑しくない親子の再会。
だが……まぁそんな和やかに済まされる場面でも……ないですよね。
「クロ」
「はい」
亜澄さんに呼ばれて縮み上がる。
違いますよ?俺は巻き込まれただけで望んで此処に居るわけじゃないですから誤解だけはしないようにお願いしますね!?
「セリエを頼む」
「……わかりました」
「お母様?私は大丈夫です」
「良いから少し休んでいろ」
セリエを俺の傍に下ろした亜澄さんの横顔に、何だか安心感を覚える。
『もう大丈夫だ』
じいちゃんがそう言って俺を助けてくれた思い出が蘇る……が。
気を抜くな。
安心するな。
油断すればまた要らないリスクを背負う事になる。
「……クロの右腕……」
「え?」
亜澄さんに名前を呼ばれ顔を上げると、『月詠』を括り付けていた右手に優しく触れられていた。
「これもアイツにやられたのか」
「……もう大まかには治療してありますし、俺もまだ……」
闘える。
その意思を示す言葉を言う前に、亜澄さんによって『月詠』と右手を繋ぐ縛が解かれた。
「お前も休んでいろ。後で送ってやる」
返答を待たず、踵を返してプルフラスの方に向かって行く《魔王》。
安心して……良さそうだ。
「……お母様は何に怒っているのでしょうか」
「それはもう分かっているんだろ?」
赤らめた顔を見る限り、ちゃんとセリエにも理解出来ているのだろう。
子を守る親の背中。
じいちゃんに感じた何かを、亜澄さんも持っている。
セリエを……俺を想う《魔王》の気持ちが……くすぐったくて、嬉しい。
それだけ……家族想いなんだよな……あの人は。
「さて」
……だからこそ、あれ程凄まじい怒気を放っているのだと思う。
「何か弁解はあるか?」
「わ、私は……その、ち、違うのです!セリエ様をお守りしようと」
「アロケスにバルバドスを締め上げたらな?どうやら私がこの森にいるらしいと聞いたと言っているんだが」
「なな!何故私がアスミィ陛下の居場所を知り、それを彼らに教えたとお思いなのですか!?」
「……私はお前の名など出してない」
……2人を締め上げたって……バルバドスは知らないけどアロケスは強かったんですが?
プルフラスも冷静に考え、言葉を聞いていれば亜澄さんが誘導してると気付くだろう。
氷漬けで冷静になれないなら、なんて皮肉だ。
「!?……かかか彼らに教えたのは、陛下が居なくて困っていた様でしたから!!」
「そうか。アロケスは「生死を問わない戦いを」、バルバドスには「見つけた者に私の寵愛を」と言ったらしいがそれも善意で?」
「そ!それは……」
「しかもそれを吹き込んだのが誰なのか分からない様に『洗脳』までされていた。魔法だろうが能力だろうがそんな事が出来る奴は数人しか居ない。そいつ等に話を聞けばやってないと。私が何処にいるのすら知らなかったと。……あぁ、そういえばお前の能力は『模倣』だったか?」
「いいいいや!そそそその……」
そういえば言ってたな。
『従わせれば良いだけですよ。「洗脳」だろうと「支配」だろうと』
それに準じる能力をプルフラスも持っていたからこそ言えた言葉……だが、それが今は言い逃れ出来ない証明となっているのだろう。アロケスとバルバドスにその能力を使っていたって事なんだろうな。
「そもそも、今回私は行先を『ソロモン』にちゃんと言っておいた。そんなに急ぎの様があるならソロモンに言えば連絡くらいは取れる筈だ。なのに、なんでそんな周りくどい事をした?あぁ、言わなくても大体想像は付く。私の行き先を探り、【最強】と遣り合って消耗したところをお前が叩くと言ったところか?アロケスとバルバドスはセリエの能力をコピーする間の時間を稼ぐ為に連れて来た……こんなところだろう?」
『ソロモン』?
知らない名が出て来たがあの口振りから聞けば人名だと思う。
亜澄さんが行動を伝える様な人なら……『魔人将』と呼ばれる軍隊の上の人なんだろうか?
安心したら《賢者の叡智》は鳴りを潜めた。ちくしょう、欲しい情報がある時に限って……。
「あ、あが……あの!」
全てドンピシャで当てられたプルフラスの顔が、寒さだけが原因ではない青さに染まって行く。
そりゃ自分の悪事を此処まで言い当てられたら、ねぇ。
「まぁ別にお前が《魔王》の座を狙おうが、私を殺したいと思っていようがそれ自体を咎める事はない。……だが」
チラと俺達を見て、再びプルフラスに向き直った時、……周囲に霜が降り、草木が凍る。
「それなら私に直接来れば良かったんだ。悪戯に策を弄するから貴様を罰しなければいけなくなる」
「ひっ」
漏れてる……怒りで魔力が周囲に漏れてますよ亜澄さん!?
「『コキュートス』」
「此処に」




