2-19.『覚醒』の兆し
「【【【絶対零度】】】」
三方向からセリエの声が響く。
「【【【絶対零度】】】」
三方向からセリエの声が響く。
「ガガガガガガ!!」
「さようならプルフラス、永遠に眠りなさい」
……特大の魔法を、とは言ったけど……とんでもない威力だな。
氷の分身を作り、『魔装』フェネクスを用いた魔法を三重にした、最大級の範囲凍結魔法。
自身が尊敬、崇拝する母を侮辱され、情け容赦なく非常な方法で相手の命を凍り付かせる。
理由ありきの殺意……本気で怖いわ、これ。
「此処までする必要もなかったでしょうか?」
めっちゃ良い笑顔でそんな事を俺に聞いてくるセリエ。
怖い怖い怖い!!!
「……セリエの国の人間だ。裁量で裁いてくれて良いんじゃないのか?」
そんな恐怖心を『偽りの感情』で押し殺してそう嘯く。
……終わった。
パキッと氷がひび割れる様な音が響き、セリエの分身が砕けた。
本人を見遣ると淡い光を纏い、背中に着いていた『魔装』フェネクスが初めに見た鳥の姿に戻って行く。
「KURURU……」
「無理をさせましたね。帰ってお休みなさい」
セリエの労いの言葉を聞いた魔鳥はその姿を虚空へと消した。
「……魔力は?」
「クロさんのポーションが効いてますが……辛うじて残っている位ですね」
実際、最後の『絶対零度』という魔法の魔力消費は激しかったんだろう。
フェネクスの弱り具合、それとセリエも気丈を装ってはいるが顔が青い。……魔力が欠乏している証拠だ。
後処理が残っているが、先ずは一度、家に連れて行った方が良いだろう。
「家に戻れば『マジック・ポーション』がまだある。回復しなければ帰ることも出来ないだろう?」
「……そうですね、その施しは受けておきましょう」
「歩けるか?」
「馬鹿にしてますか?」
それだけ喋れていれば大丈夫そうっすね。
「これは砕かなくて良いのか」
氷漬けになったフルプラスに近付いて、コンコンと叩きながら処置を問う。
「砕けるのでしたらお願いします。ですが……貴方も言う程余力がある様には見えませんが?」
……正解。
傷付いた右腕は緊張から解放された瞬間、普段持ち慣れている『月詠』すら重く感じた。
まだ各種『種』の持続は続いてる筈なんだけど、……筋肉、関節、神経が鈍い痛みを出し始めてる気がする。
「この氷の塊の処分は任せよう」
右手と繋いでいた『月詠』の拘束を解くと滑るように地面に刺さる。
おぉ……右手が震えてる。かなり俺もギリギリだったんだな。
「一度お母様に今回の事を話します。ついてはクロさんにも同席願いたいのですが?」
「いや、なぜ。折角なんだから2人で話したら━━」
「貴方が話せと焚き付けて来たのですからその責任は取って頂かないと」
いや、責任って。
左手で『月詠』を鞘にしまい、少しでも痛みを紛らわせようと『ウーンド・ポーション』の『キャンディ』を取り出して舐める。
「立ち合うくらいなら良いけど、後から邪魔だとか言わないでくれよ?」
「では決まりですね。オルタンシアに行く準備にどれ位掛かりますか?」
「待った。俺はセリエ達の国には行けない。もし俺も同席するなら俺の家か、ヘルバでだ」
「……?何か事情が?」
そうか……セリエにも俺が何でこの仮面を着けてるのか話す必要があるのか。
亜澄さんには話したし、何なら仮面がない状態でも話せそうな気はしてる。それは……娘であるセリエにも同じ様な感じはしているんだ。
今すぐじゃなくても、いずれはって。
多分、じいちゃんの姉だった、またはその娘と言うことで家族と言う認識が強いからなんじゃなかろうか。
そう言う事になるなら俺の事情を話さない訳には……行かないか。
自分の身の上話を喋るのってかなり抵抗があるんだけどなぁ。
「面白い話じゃないが━━」
「!!」
トンっとセリエに肩を押され倒された。
……は?
「こふっ!……腐っても……お父様の……身体、と言う、事ですか」
俺に覆い被さったセリエの口から血がぽたぽたと垂れ、俺の口内に入る。
彼女の背中に突き刺さるのは……蠍の尾……プルフラスの?
セリエの腹から流れ出る血液が俺の服にも移り赤く染め、同時に不快な生暖かさを伝えてきた。
頭の処理が……追い付かない。
「……ふふ、これで……先程の、貸し借りは……なし……で、す……よ」
俺の呆けた顔を見て、微笑したセリエの身体が、力無く俺に覆い被さる。
「かああああああああああああああ!!!!!!!!!!」
バキン!!
氷を砕く轟音が耳に届き、中からけたたましい声が響く。
「ふふふ、ぬふふふ……ぬふぁふぁふぁふぁ!!!危なかった……危なかったですよ。かなり、危なかったんですよーーー!!!」
セリエが創り出した氷の監獄を突き破ったのは、元《魔王》ファルハスの体に付いていたマンティコアの尾。
回転を加えて貫通力を増したらしく、尾が通った氷には螺旋状の跡が残っている。
「この身体に!《魔王》ファルハスにお前如きの魔法が通じるとでも思ったのか!?セリエは放っておけば直ぐに死ぬ!!後はお前だ!このクソガキ━━?」
状況が漸く整理出来て、頭での処理が追い着いた頃……身体はセリエの治療に移っていた。
「……は?な、……え?」
もう、プルフラスの言葉すら耳に入らない。
背面から貫通した蠍の尾。
腹部に穴が貫通したが急所は外れて、即死には至っていない。
だが、あの尾に含まれていた毒がセリエの身体に入ったとしたら時間との勝負になる。
まだ意識は失っていないが気絶する一歩手前か。
先ずは躊躇する事なく、最後に残った『ウーンド・ポーション』の『液体』を傷口に掛け、穴を塞ぐ。
「くっ!」
セリエのくぐもった声が漏れ、すかさず『ウーンド・ポーション』『個体』をその口に入れる。
口内で溶かしてる限りは常時回復をするこれなら、毒が全身に周りきる間の時間稼ぎにはなる。
「次は毒か……」
通常の毒消しでは効果がなさそうだな。
なら、この場で新たな毒消しを調合する。
常備していた毒消草を、空になったポーションの試験管に詰め、上から緑色の『スタミナ・ポーション』を流し込む。
ついでに体内で血液を作る『造血丸』って薬も一緒に入れる。
『風の石』を砕き小さな破片も同じ試験管に入れ、思いっきり振る。
中に入った薬草が『風の石』で細かく裂かれ、元は鮮やかな緑色だった液体の色がかなり燻んだ緑に変わった。
気付け薬的な効果もある『スタミナ・ポーション』が入ったものだから……かなりの苦さになってると思うが……味はこの際二の次だ。
「かなり苦いが楽になる」
『ポーション・個体』ごと飲み込まない様にセリエの身体を起こして、出来たばかりの液体を彼女の口に注ぐ。
「……!!ぐっ、うく」
……俺の予想以上に苦かったんだろうか。
だが、効果は出ている。
顔色に青さが消え、変わりに明るさが戻って来た。
これで……一安心だな。
俺の腕の中で、セリエが口を開いた。
「味の改善を要求します」
「了解」
恨めがましく俺を見つめて来る目には涙が溜まってる。
……そんなに苦かったんだなぁ。
その涙が溢れる前に、自分の袖で拭ってやった。
「【跪け】!」
傷は塞がり、毒は消えた。
失った血が戻るには時間が必要になる。
「【掲げし剣を打ち降ろし、災厄への審判を下せ】!!」
「少し休むと良い。目が覚める頃には終わってる」
「……では。お言葉に甘えるとしましょうか」
そう言って微笑み、瞳を閉じた。
「【惨━】」
「【黙れ】」
「━禍】!!!……え?……【惨禍】!!【惨禍】【惨禍】【惨禍】【惨禍】【惨禍】ァァァァァ!!!」
眠るセリエを抱えて、離れた樹の根元に降ろす。
……寝顔は微笑んでいて、安心し切った表情だ。
「な、なぜ魔法が発動しない……」
さて……。
「なぜ魔法が出ない!?貴様か!?」
「魔法の使い過ぎじゃ無いのか?」
「ふざけるな!?魔力量がまだ十分な事くらい自分が一番分かっているわ!」
何故、プルフラスが魔法を使えなくなったか。
答えは。
……セリエの【静寂】と言う能力で 俺が封じた。




