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異世界の英雄はもういない  作者: 天山竜
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5. 『仮面』の理由

 


 細剣も折られ、防具も壊され、魔力も尽き、木にもたれて己の無力を噛み締めた。


 (もう……ダメ)


 唐突に襲ってきたオーガに、体力・魔力、精神全てに削られた。


 (なんでこんな事になったんだっけ?)


 極限を知った心は崩壊を免れるため、現実逃避を促す回想を始める。


 (依頼が終わって、ギルドに行ったら、私に個人指命が入ってて、……それから……なんだっけ)


 失意の少女の目の前までオーガが迫る。


 (今頃どうしてるかな……お母さん)


 母が自分を呼ぶ声が、

 2人で生きてきた思い出が浮かんでは消えていく。


 (……いやだ……諦めたくない。でも……)


 悔しさで視界が滲む。

 魔物が左手に持っていた大剣を握り締め、振り被り、少女へと━━振り下ろした。



 (……ごめんね、お母さん)



 今も帰りを待っているであろう母に謝罪し、目を閉じる。

 「死」が形となって少女の小さな体に届━━



 「GOAAAAAAAAAA!?」



 ━━かなかった。


 (……え?)


 ハッとして目を開けた彼女の瞳が写したのは見知らぬ誰かの背中。

 自身を守る為、自身の前に立つその姿はまるで大好きな物語から抜け出した伝説の━━


 (だれ?)


 差し出された試験管には赤と青の液体。


 (青い液体は知っている、ポーション。でも赤い方は何?)


 朦朧とする意識の中で必死に記憶を辿ってみるが該当する物はない。

 唐突にオーガに追い掛けられ。

 見知らぬ土地に飛ばされ、殺されそうになり。

 それを防いだ男はオーガを切り伏せ。

 希少性の高いポーションを自分に与える。

 何が現実で、何が夢なのか。

 渡された2種類のポーションを握り締め、ただ目の前の男を見上げていた。

 赤い魔物が黒く変わり。

 謎の男が戦いを繰り広げ。



 「凄い……魔法……」



 戦いは終わり、不意に意識が途切れた。

 次に少女を覚醒に導いたのは、……香り。



 (なんだろう、すごく……いい……におい……)



 それは在りし日の、母と自分が居た食卓から届いた懐かしい匂い。



 ※※※※※※※※※※※※



 『生きたきゃ食え。食わないなら無理矢理食わせてやるぞ?』



 俺が料理を学んだのは、自衛だ。

 じいちゃんの料理は不味かった。時に中途半端に……時に殺人的に。

 最初に食べたのは自作と思しきお粥?のようなもの?白くない、黒っぽい何か。俺の身体を診断したじいちゃんが用意した流動食。

 それまで冷たい飯ばかりを食べてきたから、暖かな食事と言うのは……初めて。

 誰かが近くに居て、俺が食べる所をジッと見てるなんて人間も初めて。

 それだけで泣きそうだったのに……ふわりと温かな湯気を立て、何の香りもしないお粥もどきを食べた瞬間、泣いた。……あまりの不味さに。

 この時まで、じいちゃんは全く料理をしたことがなかったらしい。今までは友達に作って貰ったり、出来合いの物を食べていたらしい。

 何故、その劇毒物を俺に与えたのか。

 今まで食事を用意してくれていた友達は近くに居らず、夜も更けていた為店も開いておらず。

 仕方なしに自分で作ってみたが大失敗だったと本人は何故か大爆笑していた。

 食事を作っている時は……いつもこの時のじいちゃんの顔を思い出す。


 食材を切り分け、鍋に入れて炒め、水と牛乳で煮立たせる。

 香りととろみを付け、じいちゃんが発案し俺が作った固形調味料を入れたら、それは出来上がる。

 やっぱり仮面ないと見やすい、作業がやり易いなー。

 あれがないと他人と話せないけど家に居る分には何も困らないし、むしろ付けてると視界が狭まって作業し辛いからなぁ。人里離れて暮らしてて良かった。


 「で?お前は何をしてる?」

 「……しろ……あじみ……する」


 振り向くとそこには、山の様に盛られた白米が声を出していた。


 「味見って意味を答えてみろ」

 「……できた……か……かくにん?」

 「ソレに掛けて?」

 「そう」

 「それは味見じゃねぇ!?」


 白米の山麓から顔を覗かせた我が愚妹……しっかり飯を食べる気満々なシロを押し戻す。


 「自分の分だけ持ってくるな。しかもカレーを掛けるスペースがない!?」

 「……あと……なにする?」

 「テーブルを拭け野菜を皿に盛れ食器を出せ飲む物用意しろ」

 「……あじみ……の……あいだに……くろが……やる」

 「飯、抜くぞ!」


 シロが持っていた皿を奪い、白飯を釜に戻しスペースを空けた。あんにゃろう……釜に入っていた飯を殆ど皿に盛っていやがった。

 自分の分だけじゃなくちゃんと俺達の分も……俺、達?

 そうだ……あの子が起きる前に仮面を着けておかないと━━



 「何だか……良い匂い、が」


 

 そう思った矢先、俺でも、シロでもない、第三者の囁きが耳に届いた。


 「……へ?」


 飯の支度とシロとの会話で油断した意識の隙間に知らない他人の声が入り込み、身体が一瞬硬直する。

 しまった!

 あの森で助けた少女がもう意識を取り戻した?!

 そして顔に仮面を着けてない!?

 身体の硬化を強引に振り解き、仮面が置いてある後方のテーブルに現時点の最高速で動こうとする。

 思考の速さに反して身体がすこぶる重い!?だが……声の感じからまだ彼女の意識が覚醒している訳じゃない。まだ間に合……う!

 振り向いた先に、目を擦りながらフラフラと揺れる少女が鼻をひく付かせて此方に。

 夢うつつ、未だ覚醒していないのは想定内。……なんだ……けど。

 俺の目に映ったのは。

 まだ誰も踏み均していない新雪の如き白き肌。

 薄桃色の髪が揺れ、まるで桃源郷とは此処の事だと語り掛けて来る。

 美しい肌に艶やかな髪、可憐な花を模した絹の布が少女の上下をそっと隠し、やがて俺と少女の瞳が合う。


 「……………?」

 「…………!?」

 「き、きゃ━━」

 「ぎやゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!」

 「ぁぁぁ……あ、え?」


 少女の嬌声を、俺の絶叫が掻き消した。



 望まれていなかったのか、それとも何か事情があったのか分からないが、物心着いた時に俺は既に『奴隷』として飼われていた。

 言葉にすれば僅か二文字の肩書……だがその扱いを語るにはとてもそれだけの言葉では言い表せない。もっと別の言い方をすれば、ただの玩具。

 俺を拾ったのは、奴隷なんて制度が未だある、片田舎にあった街の領主だ。

 表だけ見れば、自分の娘の将来の為に、魔法を学ばせる為に愛を注いでいた親……なんだが、……ま、与えたのが、俺と言う、魔法を防げず使えず、年齢からただ泣くしか出来ない只の子供だった辺りでどんな人柄だったのか想像に容易い。

 その領主の子供の魔法の練習台にされていた俺は、日々魔法を撃ち込まれていた。

 泣き喚きながら。

 魔法の脅威に怯えながら。

 やがて子供の取り巻き達も代わる代わる俺に魔法を浴びせ掛ける。

 来る日も来る日も一方的な蹂躙を受け。

 何度も何度も痛みに襲われ、熱に(うな)され、死ぬ間際に軽い治療をされ……。

 生きたまま殺されていた。

 言葉も、生きたいと願う意思も失って、ただ傷付けられるためだけに生きていた。

 変化が起こったのは、自分の死を願ったいつものある日。

 突然、何処からか現れた魔物に街が襲撃された。

 偶然か、必然か、天災なのか人災なのか定かじゃない。

 確かなのは、その街に魔物が出て、その魔物が誰の手にも負えない強さだったと言う事だ。

 街は焼かれ、領主の館にも魔の手は伸び……そいつは俺の前までやって来て、牙を剥く。

 目を閉じた。

 恐怖からじゃない。

 ただ……やっと死ねると言う喜びから。

 最後くらい、安らかに死にたかった。

 ……まぁ、こうして回想してるって事は死んでないんだけどね。



 『お祈りの時間じゃないぞ、小僧』



 そんな言葉と共に目を開いた先に居たのが、じいちゃん━━【最強】五百神灰慈だった。

 毅然と、凛と、真っ直ぐ。

 小さな俺を見下ろしながら。

 恐怖の対象だった筈の魔物を踏み付けて、そんな言葉を投げ掛けて来た。



 『こんな所じゃ碌に話す気にもならねーな、一緒に来い』



 目の前に差し出された大きな手を、気付けば自然と取っていた。

 それが、俺とじいちゃんの始まり。 

 何が言いたいかって?

 俺は家族以外の他人と接することが出来ないってこと。

 この『仮面』がないと。

 ……だから、……あの……その。


 「お、お見苦しいものをお見せしまして……」

 「いや、……此方こそ本当にすまない」


 大変失礼致しました!!

 暫く時間が経過した後。

 俯き、顔を朱に染めた少女の謝罪を。

 更に頭を低くして謝る俺って構図が完成していた。

 過去の経験からなのか、俺は人とまともに顔すら合わせられないし、喋るなんてもってのほか。

 そんな俺を見かねてじいちゃんが一つの魔道具をくれたんだ。


 『偽りの感情(ペルソナ)


 この仮面は、装備者の心を隠す事が出来る。

 つまり、俺でもこれさえ着ければすれば人と話が出来るって事な!

 ……まぁ、最初はじいちゃんと話をする時にも言葉が出なかったものだから、無理くりこれを着けてあれこれ喋らされた訳だけど。

 時間が経った今でもこれがないと……俺は家族以外と会話が出来ない。


 「……もう……たべて……いい?」


 ……あれこれ考えてる俺を尻目に食い気を出すシロ。


 「……お前は……もう少し悪びれろ」


 事を収めたのはシロだが、事の発端の原因もシロだった。

 仮面を取って俺に取り付けてくれたのは有難かったが……はぁ、どういう事かと言うと。

 少女の応急処置として青い液体『ウーンド・ポーション・リキッド』を掛け、傷口を塞いだのは良いがそのままでは跡が残ってしまう可能性もある。

 それは可哀想だとシロに頼んで、傷口の確認と跡を残さないため、青い軟膏『ポーション・ジェル』を少女に塗って貰った。

 ちなみに赤い液体は『マジック・ポーション』で魔力を回復させる、主にシロ用として常備している。リキッドとジェルの違いは、即効性があるのが液体で、持続性があるのがジェルってところだな。

 それを塗る際に彼女の服を脱がせたのだろう。けど、シロの「おわった」と言う言葉を信用してしまったのが間違いだった。

 ……ちゃんと聞くべきだった……のか?

 普通、服を脱がせ軟膏を塗った……ところで終わると誰が思うのか。確認だって俺が出来る筈もないだろ!?


 「いえ!あ、あの、傷の手当の為に必要だった事は理解しましたので大丈夫━━」


 くぅ……小さな音が少女から聞こえ、一瞬の静寂が訪れる。

 俯いていた顔が跳ね上がったのも束の間、再び、いや先程より深く俯く少女。

 あれだけの事があって緊張もしていたんだろう。それが解けたら腹も減るか。


 「簡単な物で悪いけど、良かったら食べて」

 「……いただき……ます」

 「……シロに言ったんじゃないんだけどな?」

 「えっと、じゃあお言葉に甘えて……頂きます」

 「召し上がれ」


 味の保証は出来ませんが。

 


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