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異世界の英雄はもういない  作者: 天山竜
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2-8.『姉弟』の再会


 …………朝日が痛い。

 久々に寝なかった。いや、眠れなかっただな。

 あの酒宴は結局、子供組は疲れから、大人組は酔い潰れてお開きになった。

 リリーナとティア、シロはリリーナの部屋へ、大人とユグさんは二階の客間に運び、宴の後片付けをした後に。

 俺は『五百神灰慈英雄譚』と題された日記を読み(ふけ)ってしまった。

 亜澄さんが話してくれたじいちゃんの性格や、エルさんやユグさんから見た『五百神灰慈』と言う人間像。それらを加味した上で読むと、更に臨場感が増したんだよなぁ。

 気が付けば、改めて彼の仲間が揃った所まで来た。



 【最恐】エルシエル=フリソス。

 【最凶】レイシスタ=ヴァダ。

 【最狂】ミコト=ワカクサ。



 どうやらこの三人がじいちゃんのパーティーメンバーだったらしい。

 ………………いや、全員二つ名が怖くない?

 【最強】って最も強いからその名で呼ばれたんだよね?

 これって《魔王》を倒した人達の名前なんだよね?

 ……………………《魔王》に着いた二つ名とかじゃないんだよね?

 じいちゃん、このメンバーの中で……かなり肩身が狭かったんじゃなかろうか。

 プラスして、契約した《神霊》だの《竜》だのが居たんだと考えると。かなり濃い旅になっていたのではないだろうか。

 そんな感想を持ち始めた所で朝日が目に染みた。

 はぁ、眠れなかったのは偏にこの日記が面白い所為だな。

 読んだところまでの頁にしおりを挟み、手元にあった『偽りの感情(ペルソナ)』を装着して一日の、開始の支度を思い浮かべる。

 先ずは──



 「おはよう……ふぁ、朝が早いな」



 ビクッ!と、唐突に掛けられた言葉に身体が強張る。

 本気でビックリした!?仮面着けた後で良かった!!

 きっとこの人が本気の害意を向ければ感知出来るんだろうが、複雑な事にそんなものは欠片も感じられない。だからこそ、こうして後ろを取られるんだろう。……そう納得して置くことにしよう。

 

 「おはようございます。えっと、オルタンシアさんこそまだ起きて来なくても良いのでは?」

 「んー。亜澄で良い、そっちの方がしっくり来る」

 

 何て呼んでいいのか、迷ったのがバレたんだろうか。自分の名を呼ばれる事を嫌う人も居るから気を遣ったが、どうやら亜澄さんはそっちの方が良いらしい。頭じゃそう呼んでたから俺も都合良いけど。

 

 「じゃあ、亜澄さん。まだ皆も寝てますし……起こしますよ?」

 「いや。こんなにぐっすり眠れたのは久しぶりだ。頭はまだ立ち上がってないが」


 もう一度、ふぁ、と欠伸をする音が聞こえた。


 「なら、何か飲みます……か?」

 

 振り向き、問い掛けた俺の目に映ったのは……

 

 「あぁ。コーヒー……で分かるか?あれば頼めるか?」

 

 いつの間に着替えたのか、それとも昨日着ていた服を脱いだらソレなのか。

 ピッタリとして、艶やかな光沢を放つキャミソールドレス。その肩紐がズレて今にも白い裸体が顔を出そうとしている。きちんと整えられていた筈の髪は若干乱れ、それが何故か得も言われぬ色気を醸し出し。

 っていやいやいやいやいや!!

 

 「……分かりました。淹れますから服を着て下さい」


 言うと同時に妙な罪悪感を抱き、バッと視線を前に戻す。し、心臓に……変な負荷が掛かってる!?


 「……?ははーん。照れてるのか?私はみだりに肌は晒さないから見れるのは貴重だぞ?」

 「照れてないですから。服をちゃんと着て下さい」


 さっきと同じ言葉を繰り返し、台所に向かう。あーもう!たまにエルさんもこっちを男と認識してない様な格好で目の前に出て来る事もあるけど、俺だって男なんですけど!?


 「……くく、分かった。洗面所を借りるぞ」


 めちゃくちゃ濃く淹れたろか!?……いや、まぁ後が怖いから普通に作るけども!

 何だか奇妙な敗北を感じながらお湯を沸かし、じいちゃんが好んでいた豆を挽き、「サイフォン」と呼んでいた硝子器具にセットして行く。

 暫くすると珈琲から目が覚める様な、しかし落ち着く香りが漏れ出してくる。

 時間は少し掛かるが、コーヒーは俺も好きで良く飲んでいる。淹れてる間も、この香りが楽しめるんだよなぁ。



 「良い香りだな。……サイフォンで入れるとは中々通だな」



 再び部屋に入って来た亜澄さんが、じいちゃんが呼んでいた名を出した。……流石に身支度は整えてくれたんだよな。


 「やっぱりこれって向こう側──異世界の物なんですか?」

 「少なくともコーヒーなんて名の物を私は見た事がないな」


 そーっと、目の端だけで確認した限りは、優美なドレスを身に纏い、髪も顔もすっきりしている。


 「灰慈はこの世界でも良く飲んでいたのか?」

 「コーヒーですか?そうですね、朝は自分で淹れて俺にも良く振舞ってくれました」

 「そうか」


 台所に立つ俺の隣まで進み出て、ジッと抽出される褐色の液体に目を落とす。

 遠い日を思い出すような……優しい眼差し。

 亜澄さんもじいちゃんに、五百神灰慈に、此処とは別の世界でコーヒーを淹れて貰った事があるんだろうか。



 「ところで、クロはいつもこんなに朝早いのか?」

 「まぁ。やる事もありますし」


 陶杯(カップ)に注がれたコーヒーを一口。満足の頂ける物を淹れられた様で、軽くなった口調で日頃の予定を聞く亜澄さん。


 「朝食の支度に洗濯、掃除……朝の内にやらないと自分の時間が取れませんから」


 最近はリリーナが率先して掃除や洗濯を手伝ってくれてるから大分楽にはなって来ているが、生活の大半を家事に取られ、しかも自分の時間を鍛錬や道具の補充にも割いてるから、朝から動かないと読書の時間も取れやしない。

 エルさんやニーズヘッグの訓練も合間に入って来るし、身体を休める時間も欲しいと言えば欲しいんだけど……まぁ生きてく為だから。


 「それに墓掃除も──」

 「……墓?灰慈のか?」


 ……そうか。この人には行く資格がある。



 「……行ってみますか?」



 ◆◆◆◆◆◆



 「良い場所じゃないか」


 世界が目を覚ました証の陽光を背景に、じいちゃんの墓が浮かび上がる。


 「五百神灰慈のお気に入りの景色です」


 墓の前に片膝を付いて目を閉じ、手を合わせる亜澄さん。


 「それが墓参りの作法……なんですか?」

 「ん? あぁ、詳しい事は私も知らないが、私達の世界ではそうらしい」


 それが彼女達が居た世界の礼節なら習わない訳には行かないよな。

 見様見真似で手を合わせる。

 いつもはただ掃除して、少しの間、墓越しに景色を見て終わりなんだけど……何だろう、こうする事が自然な様でしっくり来る。今度から掃除前にはこれをやろう。

 暫くそうしてると、亜澄さんに動く気配があった。


 「あいつのは昨日呑み尽くしてやったからな」


 何もない空間から、一本の瓶と硝子杯(グラス)を三つ取り出し、瓶に入った液体をグラスに注いで行く。


 「あの……俺はまだ」

 「舐める程度だ」


 二つのグラスに並々、もう一つのグラスには一口程度に、彼女の髪と酷似した色の液体が満たされる。

 空よりも深く、海より透き通った、蒼い酒。


 「再会と別離、新たな出会いに」


 一つを俺が受け取り、もう一つを墓前に供え、残った一つで軽く打ち鳴らした。


 「最初で最後にも満たないな」


 ……じいちゃんと酒を呑む事が終ぞなかった2人。確かに……じいちゃんがいないから最初で最後と言う条件は満たしてないかもしれない。……けど。

 手に持ったグラスを、俺も墓前のグラスに合わせた。

 亜澄さんが一息に呷るのを横目で見つつ、俺も……いっ!!


 「げほ!……ごほ、こ、これ……か……」


 辛っっっ!!!!のどが焼けるようだ!?


 「酒の初心者にはキツイかな?」


 ニヤニヤしながら俺を見てる!確信犯だろ!?


 「灰慈もこれを呑んだらさぞかし……面白い反応をしただろうな」


 しんみりした台詞には騙されないからな!せめて口角を誤魔化してから言えや!?

 腰に吊るした、墓石に掛ける水を飲み干してようやく人心地が吐けた。


 「こんなの呑ませてまた喧嘩になって、ここら辺が更地になるなんて勘弁して貰いたいとこでしたよ……まったく」

 「確かにそうだな……いやしかし、お前は良い反応するな……ぷふ」


 おい、俺も怒る時は怒るぞ?


 「で、これからどうするんですか?」

 「あぁ、エルの村で特産品とやらを買い込んでから国に戻る。米や味噌、珈琲豆もあるんだろ?私の所にはないものだからな」

 「……亜澄さんの国ってここから遠いんですよね?」

 「そうだな……人の足では行けないな。船だと大体2~3ヶ月は掛かる。飛行船を使えばもっと早いが、それでも大体二週間から一ヶ月って所か」

 「飛行船?」

 「あぁ、空を飛ぶ乗り物だよ。知らないのか?」

 「話だけは。あまり乗りたいとも思いませんね」


 じいちゃんの後をくっついて王都に行ったのは小さい頃で一度切り。

 それからこの森が出来てからは人の街に行きたいとも思わなかったから、今、世界の文明がどの程度進んでいるのかなんて知らないし、知る機会もないと思っていた。


 「クロも私の国に来てみるか?私が抱えて飛んで行けばもっと早く着けるぞ?」

 「興味はありますが、今は無理です。距離や時間がどうこうではなく……精神的に」

 「……?それはどういう事だ?」

 「まぁ……掻い摘んで話すと──」


 此処で改めて、俺の現状を亜澄さんに話した。

 幼少期……貴族から受けた虐待で他人に恐怖を覚え、じいちゃんの後に着いて回った頃に向けられた人々の憐憫や落胆がダメ押し。そして現在に至り、人の多く集まる場所には行かず、森に留まってる理由。何だか、亜澄さんにはすんなり、なんでも話せてしまう。それがじいちゃんの血縁だからか……この人の魅力なのかは分からない。


 「そうか……お前も━━」

 「止めて下さい。別に苦労とか思ってないですし、今の生活は満足しています」

 「ふふ、それは済まない。確かに同情なんてして貰っても得はない」


 でも……まぁ。


 「俺からはそちらに行くことは出来ませんが、来るなら歓迎しますよ」

 「……言ったな」


 言質を取った。みたいな感じの含み笑いをやめて欲しいんだけど。

 あ、亜澄さんの国で思い出したけど。


 「そういえば、亜澄さんを探しに来たと言っていた男達に会いましたよ?」

 「……?男?女ではなく?」

 「いえ……アロケスにバルバトスと言う名の二人組、ですが」

 「……ふむ」

 「あの……知ってる人達ではないんですか?」

 「知ってるには知っているが……奴らが何故私を?」

 「……?」


 イマイチ要領を得ない。知ってるけど、探しに来るのがおかしいって事?


 「……少し調べるか」


 そう呟いて、背中から翼を出し、宙に浮かび上がった。


 「あれ、買い物は良いんですか?」

 「それはまた今度にしよう。何、近々またお邪魔する。その時には、その仮面、取って貰うからな」


 『偽りの感情(ペルソナ)』を指差し、悪戯っぽい笑顔を向けて来る。

 んー、何か大丈夫そうだけど……。この仮面を外せる条件は、「家族」として俺が認められるかの一点だ。きっと亜澄さんは条件を満たしてるんだろうけど、まだ時間が足らない気がする。だからこう答えた。


 「それは……追々時間を貰えれば」

 「楽しみにしておこう」


 嵐の様にやって来た《魔王》は、あっという間に去って行く。

 きっとまた来るんだろうけど……その時にはもっと仲良く出来るかな。


 「それにしても」


 【最強】が眠る墓前に、酒で満たされたグラスが一つ。


 「実力も性格も、ぶっ飛んだお姉さんが居たんだな」


 静寂を取り戻した空間にポツリと一言、言葉を掛ける。

 一撫での風が、グラスに満たされた酒に波紋を作った。

 ……これは、じいちゃんの肯定か、それとも否定か?




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