2-3.『炎獣』の襲来
『それはそうと〜、次の訓練は〜クロちゃんもちゃんと参加してね〜?』
ニーズヘッグとの訓練より、エルさんを優先しないと俺の命が危なそうな圧力があった。
どうか……どうか二人の訓練日がぶつかりません様に!
何か疲れが更に増したなぁ。
シロとリリーナも疲れているのか、無言のまま後ろを着いて歩いてる。ここで空気を変えておくのは俺の仕事か。
辺りは暗くなり始め、人の気配は感じられない。
顔を覆う仮面━━『偽りの感情』を外して二人に話し掛ける。
「さて……今日は疲れたし、飯食って寝よう。何食いたい?」
「にく」
「答えが大体一緒だな、お前。リリーナは?」
「…………」
…………?何か……視線が熱いんですが。
じっと顔を覗き込まれ体温が徐々に上がっていくのを感じる。
「な、何?」
「あ、ごめんなさい。その、素顔で話してくれる事が……嬉しくて」
家に居る時は大体外してるけど?
って、リリーナがそう思うのも無理はない。彼女の前で仮面を外せる様になったのも以前、サヴラブと言うカエル面と戦った後からだ。
じいちゃんの話では、別の人が育てたとは言え《英雄》に助けられた言わば……家族。
そう思ったら、偶然や事故なんかじゃなく、自分の意志で顔から仮面を外せる様になった。家族と認めた人の前で自分を偽るものを着けてるのも可笑しいもんな。
「人が居なければね。エルさん達も大丈夫だけど、村の中だと誰が来るか分からないから」
「ふふ、そうですね。次の訓練の時は森の中でやるそうなので、クロさんは仮面を外して参加させるってエルシエル様が言ってましたよ?」
聞いた。訓練への絶対強制参加な圧力を掛けられながら、告げられたよ。
「ま、まぁ取り敢えず、早く帰ってゆっくり休━━」
━━!!!
俺が言葉を飲み込み辺りを警戒。
何だ!?急にデカい気配が森に現れた?
「この魔力はいったい!?」
「なんか……いる」
「……近付いて……来ます!?」
素早く仮面を被り、背中の剣に手を伸ばす。
シロが体勢を低く取り、リリーナも腰のレイピアの柄に手を掛ける。
俺達の迎撃準備は整った。この気配は……一体なんだ!?
「オレ様の飯を盗ったのは誰だぁぁぁぁぁぁぁあ!ああ!」
や、喧しい?!
何て馬鹿でかい声……って事はこの気配は……人!?
「ぐっ」
「……うるさい」
「耳が……!?」
爆薬を耳元で爆発させられた様な声が響き、気配がどんどん俺達に近付いて来る。
「ぬっ!?そこに居たか、この盗人がぁぁぁぁぁぁ!?」
目の前に現れた体躯は俺より圧倒的に高く、筋骨隆々。
言葉を発した事から人……だが、絶対に只人じゃない!?
炎の様な色をした、鬣を連想させる髪を振り乱して大男が殺気を剝きだして俺達に向かって来た?!
「俺様の飯を返せぇぇぇぇぇぇ!」
知らねーよ!?人様の食事を誰が盗むか!?反論を口に出そうとするが……こっちの話しを聞かない空気がビンビン伝わる!?
「……シロ、攪乱!リリーナは援護を!」
獣……いや、魔物の突進よりも格段に怖い!?二人の返事を待たず、恐怖心を噛み砕き前に出る。気配の強さは半端じゃない……が、尋常じゃないってレベルには達してない!!
「かぁぁぁぁぁぁ!!」
「おおおぉぉぉぉ!!」
大男から放たれた拳を、両手を重ねて正面から受け止める。
ぐっ、重い!?こんなのまともに受け止め続けられるか!?
力の流れを正面から、地面に!
握られた拳の上部を掴み、射線をずらす。
「……何っ」
受け止められた事実にか、攻撃の方向を変えられた衝撃か、大男から言葉が零れる。
拳を叩き込まれた地面が爆ぜ、抉れた。
うお、沈む!?これ、何かの技か、それともこれが拳そのものの威力か!?
「盗人にしては中々やるではないか」
大男の目から若干理性が戻ってるのが見える。言葉を返すなら今しかない。
「俺達は家に帰る途中だった。お前から何か盗ったなんて事実は━━」
「盗んだ奴は大抵そう言うのだ!それに人如きがオレ様をお前呼ばわりか!?」
駄目だコイツ!端からこっちの言葉なんて聞きゃしねぇ!
……そういえば、じいちゃんが言っていたな。
『本当に自分が悪い事をした時は誠心誠意謝り倒せ。で、こっちの話を聞かなかったり、相手から言われない疑いを掛けられた時には──張り倒せ!』
……いや、張り倒すのはダメだと思うけど。
こっちの話を聞かないなら、徹底的にやって力が無くなってからこっちの言い分を聞かせよう。
先に仕掛けて来たのは大男、話を聞かないのも大男。言葉が通じないなら……拳で語るだけだ!
「……だったら話を聞かせるまでだ」
「話しよりオレ様の飯を返せ━━」
抉られた地面を蹴って穴から出る。一度意識を刈り取れば正気も──
「この盗人一味が!!」
盗人……一味?
シロは食意地は張ってるが人の物を盗る様な教育は、じいちゃんにもエルさんにもされてない。むしろやったら飯抜きじゃ済まない罰を与えられるのを知ってるから絶対にしない。
リリーナは言わずもがな人様の食事を邪魔したりするだけでも罪の意識を感じる様な優しい子だ。シロに負けない健啖家ではあるが、アイツが言うような盗人なんかでは断じてない。
自分の事を何て言われようが我慢出来る。
けど……家族を盗人呼ばわりしたんだ。俺がムカついても仕方ないだろ。
……よし、殴ろう。
「あいつ……なぐる」
俺と同じ様な事を考えてたのかシロが横を通り過ぎ、真っ直ぐ大男に向かって疾駆する。
「かぁぁぁぁぁぁ!」
「やかま……しい」
迫るシロを、大男が拳を振り上げ迎え撃とうとする。
どれだけ言動が荒くなっても、シロが取り乱す所なんて見た事ない……エルさんの前以外では。
「ぬっ!」
狙いを付けた筈のシロの姿が霞んだ様にでも見えたんだろ?凄まじい速さで動くシロが作り出した残像が大男の視線を左右に振った。シロが本気で動けば俺だってそう見切れない。
大男に俺の姿が映っていない隙に死角の真下に素早く駆ける。
直ぐ上にがら空きの大男の腹と……その足元に発生している緑色の塊……リリーナの魔法『ボルテクス・オーブ』が目に入る。いつの間に創り出したのか全く気付かなかった。しかも……なんて良い所に!!
師匠━━エルさんの教えは、『武器も拳も根っこは同じ』。
構え、溜め、放つ。
武器でも、無手でも、戦いになれば違うのは結果だけなのだと言う。
打つのか、斬るのか、はたまた突くのか。どんな手段であれ、相手と対峙し、戦うのであれば必ずこの三つの工程を踏むのだと教えてくれた。後は間合いの陣取り合戦、いかに相手の間合いを潰し、自分の間合いに引き込むか。
駆けながら拳を引き絞り、極限まで力を抜く。力を入れるのは衝撃の瞬間だけ。
風の珠を踏み抜き、一気に大男に急迫。
身体を捻り、力を籠め、その力を……大男の腹に突きたてる!
「ごふ!」
シロに気を奪われた一瞬の隙、リリーナの発生を感じさせない魔法。俺達の連携で「く」の字に曲がった事により晒された大男の顎に━━もう一発!
「ぐはあっ!」
よし!!あースッキリしたぁ!!
家族を泥棒扱いした報いは受けさせてやったぜ。
「ないす……ぱんち」
着地した俺をシロが親指を立てて出迎え、
「あの人、大丈夫でしょうか……?」
心配気な声を出しながらリリーナが歩み寄る。
「先に手を出して来たのはあの大男だ。これで理性が戻って話が出来れば……」
視線の先では大男が重力に引かれ、地面に落ちて……来ない?
く、空中で止まってる?!
「…………ぐふふ、……がははははははっ!」
殴られ、仰け反った体勢のまま高らかに笑い出した!?
「中々やるではないか、盗人一味!ここからは……本気でやるぞ!!」
まだ言うか、この野郎!?
再度拳を握り締め、奴の顔面に拳打をぶち込む事を考える程頭に血が上るが、一瞬で冷えた。
姿勢を戻した大男の目が……燃えてる。いや、比喩じゃなくて本当に!文字通り目に火を灯した大男が徐々に……その髪から身体までも赤熱させて行く!?
「【燃やせ燃やせ焼き尽くせ!この身に宿り、全てを消し去る炎となれ】!」
此方の攻撃が、返って闘争本能に火を点けたのか!?先程までより話しが出来ない状態クサいぞ!?
空に留まり、詠唱を始めた大男。
「【赤く紅く朱く染まれ、眼前一切を染め上げろ】!」
横へ拡げた両手に真紅の火球が顕現する。離れた地上のここまで熱波が押し寄せている……アレはヤバい!
背中の『月詠』を右手で引き抜き、帯袋内から『水の石』と『耐久護符』を左手で掴み出す。
くそ……間に合え!
「【フレア・ナパーム】!!」
灼熱を纏った球体が俺達に向かって放たれた。
目視十メートルはある火球が降って来る!
『水の石』『耐久護符』を『月詠』に取り付け、迫る火球に向け飛び上がる。
「クロさん!?」
最初の一太刀目で判断する。
━━あの火球が爆発する場合。
『耐久護符』で強化した剣に隠れて爆発をやり過ごす。爆風で後ろに吹き飛ばされれば元の位置に戻って体勢を立て直す。
今の位置はシロ・リリーナより、大男に近い場所だ。効果範囲に巻き込めれば多少の牽制にはなるかもしれない。
━━あの火球が純粋に炎の塊だった場合。
『水の石』で付与した力で斬りまくって消化する。そこで発生するであろう水蒸気に紛れて一気に距離を詰める。
流石に距離が近ければあの魔法は連発出来ないし、近距離戦闘の方が周りへの被害が少ない。
大男はシロのスピードに付いて行けなかった。この魔法にも威力は感じても速度は感じない。
十中八九、あの大男はパワー重視のスタイルだ。俺やシロのスピードが予想よりも速かったからこそ、範囲殲滅のこの魔法を使って来たんじゃないだろうか?
どっちの推論にしても……奴の魔法を利用して戦いを有利に進めてやる……先ずは、答え合わせと行こうか!!
「はあぁぁぁぁぁぁあああ!」
『月詠』で下段から火球を二つに割る……。
爆発は……ない!
「ふっ!」
火球を更に四分割、六、八、十……斬って斬って斬って……くぅ!熱気がすげぇ!
炎の中心での消火作業。発生する水蒸気の熱が暑すぎるけど……俺の姿は隠された。
剣の腹を蹴り、大男に向かって二度目の跳躍。
これで!……いっ!?
「大したものだ!……だが」
大男の周りには……大量の火の珠。
「次は連続で行くぞ!!──【フレア・ショット】!!」
「【双月】!!」
慌てて『月詠』から防御主体の『双月』に切り替える。あの数、尋常な魔力じゃないぞ!?
「はっはっは!!そらそらそらそら!!」
大男の号令一下、手のひら大の火球が次々に俺へ殺到する。
「くぉ……!」
両手に持つ二本の短刀で弾き、捌き、凌ぐ。
が、数が多い!大男に向かう推進力も全てが消され逆に、地面へと大量の火球に因って押し流され始めている!着地を考える余裕すらない、このままじゃ──
「【光に風を練り込んで、出来た生地を未知への道へ。巻き込む全ては至高の中身】」
これは……リリーナの詠唱?
「【トルネード・ロール】!!」
おぉ!?
下方から巻き起こった竜巻が、俺の横を過ぎ去り火球を巻き込みながら大男へと到達する。
「小癪!?」
竜巻に身動きを封じられた大男が、返された火球を一身に受けている。始めて見るリリーナの魔法はカウンターの魔法なのか?……いや、それだけじゃない。俺の横を、風に乗ったシロが大男目掛けて肉薄する!これは……相手の攻撃も、味方も、全てを任意の場所まで送る魔法か!?
なら!
通過したシロに習い、俺も竜巻に身を任せ……竜巻で動きを阻害されている大男の懐へ!
「ぬぅ……ぬああああああ!!」
リリーナの魔法に拘束されていた大男が両腕を振り、竜巻を吹き飛ばす……が、遅い!
「があぁぁ!」
先に風に乗っていたシロが大男に到達し、現在がら空きの胸に『ウルフ・ネイル』を纏わせた爪撃を刻む。
「ぐぉ━━」
俺も到達!これで……最後!!
「せ……あぁぁぁぁぁぁぁ!」
交差した『双月』を、シロの攻撃から間髪入れずに×字に斬り付け、付いた勢いを縦回転に流して大男の頭に踵を打ち付けた。
「が?!」
頭を強打された大男が顔から地面に……激突。
ドンッ!と音と煙を立てた。──どうだ?
重力に任せて俺とシロも地面に着き、もうもうと立ち込める地煙の先、大男の挙動に注目。が、暫く警戒を続けるが動き出す気配が……
「……やった?」
「分からん。が、殺してはない」
……筈だ。いや、確かに手加減は出来なかった。
力は強いわ魔法は強力だわ、三対一だってのに全然怯まないわ、おまけに空飛ぶわ。
思わず全力で応戦しちゃったけど……これ位で……死んだり、しないよな?
「はぁはぁ……く、クロさん……シロさん……大丈夫で、ですか?」
「リリーナこそ、大丈夫か?」
「す、すいません。さっきの魔法……まだ慣れてなくて加減が……」
覚えたてって事か。
自分で思った以上の力を出せた代償が魔力の枯渇……便利か不便か、本当に魔法は紙一重だな。
帯袋からマジック・ポーションを引き抜き、リリーナに渡す。
「ありがとう、ございます」
「いや、さっきは助かった。こっちこそありがとう。シロ、リリーナの──」
「がっはっはっはっはっは!」
「「「!」」」
「滾る……滾るぞ!こんな楽しい闘争は久しぶりだ!」
煙の中からピンピンした大男が現れた!俺達が付けた胸の傷は……既に塞がってる……だと?
あれだけ喰らってダメージ無し!?
──けど、こうなったらトコトンやるしかない!!
「……シロ、リリーナを連れて下がれ」
「……わかった」
「クロさん!」
「さぁ!盗人共、続けて行く──」
「【お楽しみ中にすいませんッス~】」




