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異世界の英雄はもういない  作者: 天山竜
34/306

2-2.『英雄』の過去


 「これは……酷いな」


 その惨状に、開いた口が塞がらない。


 「くろ……しろは……つよく……なかった」

 「アタシ、自分が最強なんて思っていた自分を殴りたいわ!」

 「もっとお役に立ちたかった……」


 三者三様の凹み方をしている。

 この有り様、手酷くやられたな。

 うつ伏せに倒れ、顔だけを俺に向けて己の非力を嘆くシロ。

 テーブルに突っ伏し、握り拳でワナワナ震えているティア。

 ソファに持たれ、虚ろな視線を下方に固定させるリリーナ。

 ……どんな鍛えられ方をしたらここまで心が圧し折れるんだ。3人が3人とも人目を惹くほど可愛らしいのに、今は人が目を逸らすほどの凹みっぷり。


 「ちょっとやり過ぎちゃったかしら~」


 そんな3人とは対照的な爽やかな笑顔をした犯人が、キッチンからお茶を持ってやって来た。


 「……エルさん、何をしたんですか」


 仮面越しに、エルさんをジトっとした目で見やる。


 「3人とも強くなっていたのよ~?シロちゃんは速いし、ティアちゃんは強いし、リリーナちゃんはしっかり周りが見れる様になってたし~」


 サブラヴの一件以来、俺達は強くなろうとしていた。

 理由はそれぞれ。

 俺の場合、皆を守れる様に……ま、じいちゃんにも釘を刺されたけど、俺一人で出来る事なんてたかが知れてるし、せめて肉体面だけでも強くならなければと思ったんだけど。

 強くなる事を願ったのはこの3人も一緒だった。

 ……今は心が圧し折れてるが。


 「で、ついね」


 ペロっと舌を出す、一児の母。

 要約すると……鍛える事を懇願され訓練を付け、実力の上がった3人を前に……エルさんの興奮も上がってしまい……援護をしていたリリーナを無力化し、シロより速く、ティアより強く、言葉の通り圧倒した。

 エルさん曰く━━『下手な魔物よりも~断然闘い甲斐があったのよ~』との事だ。それってかなりの誉め言葉と思うんだが、エルさんとの訓練で叩きのめされた3人に言葉を掛けても反応せずに、こんな有り様となってしまったと。


 「つまりこの惨状は、エルさんの仕業ですか」

 「そうとも言えるけど~!皆が強くなってるからいけないんだもん~!」


 だもんて……はぁ。


 「━━だそうだぞ、シロ。お前は強くなってる、比較対象がエルさんなら落ち込む事もないだろう」

 「しろ……つよい?」

 「あぁ」

 「たよりに……なる?」

 「もうしてる」


 表情は変わらない。が、尻尾がゆらゆら左右に揺れてるのは気持ちが持ち直した証拠だろう。


 「いつまでも落ち込んでるなよ、ティア」

 「ただ過去の自分を悔いてるだけよ」

 「ならこれから最強の自分に成れば良いだろ?エルさんの力は、娘のお前が一番知ってるだろうに」

 「……分かってるわよ!今に一対一でもママに勝てる様にするわよ!?」


 これだけ啖呵を切れれば大丈夫そうだな。……ティアの言葉にエルさんの目が光った気がしたが……気のせいだな、うん。

 で、だ。


 「……リリーナがそこまで落ち込む理由が分からないんだが」

 「だって、私、皆さんの足手纏いに━━」

 「いやいや」


 連携がしっかり取れる様になったのはリリーナの存在が大きい。好き勝手動く二人をフォローし、尚且つエルさんに認められる……そんな彼女が足手纏いな筈はない。それに━━


 「エルさんの言い方だとリリーナが一番先に狙われなかった?」

 「え?……あ、はい。私が一番狙いやすいから……」

 「考え方が逆なんだ」

 「……え?」

 「俺達がエルさんから教わった闘い方。先ずは……脅威と判断した所から潰せ」


 遠距離攻撃だったり、回復だったり。

 とにかく後に成れば脅威になる箇所から潰して行く。

 シロのスピードに因る攪乱、ティアの遠近距離攻撃。()()()()()リリーナの支援を「脅威」とエルさんは判断し優先して狙った。それってエルさんに認められたも同然で、当の本人を見ると笑顔で頷いてる。


 「リリーナちゃんの魔法って~、闘ってる側からするとかなり厄介なのよ~。シロちゃんの加速になるわ~ティアちゃんを此方の懐に送り込んで来るわ~、二人に当てたと思った攻撃を防いで来るわで~……理由を上げたら沢山。証拠に二人は防御なんて全然考えてなかったでしょ~?」

 「だって、任せられるんだもん」

 「てきざい……てきしょ」


 言葉の使い方があってる!?

 シロのこの成長に一役を買ってるのも、恐らくリリーナだ。


 「エルさんに認められて、二人に頼られて。リリーナが落ち込む要素は全くないと思うけど?」

 「……そうで……しょうか。だったら……嬉しいです」


 ようやく、リリーナの顔に仄かな光が差した。

 やはり女の子は笑っていた方が可愛いね、じいちゃん。


 「それで~」


 テーブルにお茶を人数分用意してくれたエルさんが、俺に座る様に促す。……ちょっと雲行きが怪しいぞ。


 「今日はあのメストカゲを叩きのめして来た~?ま・さ・か~、またボロ負けたんじゃないわよね~?」


 威圧感がとんでもない!?

 肉体的にきついのがニーズヘッグ。

 精神的に追い込んで来るのが【最恐】エルシエル=フリソス。

 内に外に、俺達の限界まで鍛えてくれているこの2人……性格の相性も良いのかと思いきや、まさかの犬猿の仲だった。


 「……何でそんなに仲悪いんですか」

 「だって~。一番の新参者に先輩風吹かされたら……ねぇ~」


 目が笑ってない。

 うふふ~っと声は笑っているがその目に敵意が(みなぎ)ってる。……昔何があったの?!

 ……いや、今日聞きたいのはじいちゃんの向こうの世界の事であってそこではない。

 単刀直入に聞いて素直に教えて貰えるか?そもそも、《魔王》が家に来たって……正直に言った方が良いのか?


 「え、えっとー。エルシエル様とハイジ様は長い間一緒に旅をされていたんですか?!」

 「ん~?ハイジが~この世界に来てから~、最初の仲間は私だったって言う位は長いかしらね~」

 「へぇ。……ねぇママ、ハイジさんの世界の話って聞かなかったの?」

 「そうねぇ~。便利な世界ではあったみたいよ~?殆どのものがスイッチ一つで済むし~、遠くに行くのに体力は使わずお金で行けるみたいだし~。でも~、魔法とか魔力なんて欠片もないって言ってたわ~」

 「ま、魔法がないのに遠くへ!?」

 「魔法や魔力がないって事は魔道具も作れないのかしら?でもスイッチだけで操作するものがあったって事?」


 俺の聞きたかった話の先端をリリーナとティアが開いてくれた!?彼女達の気遣いと好奇心が有難い!!この流れで……じいちゃんの家族の話に持っていけるか?

 今エルさんが話してくれた事は家でも良く愚痴ってた。


 何の為に食べ、何の為に稼ぎ、何の為に生きてるか。

 それを見失う世界と言っていた。

 じいちゃんも魔法なんて物は使えず、大勢の一般人の一人。倒すべき敵が見えないから目標や目的が見付けられない、退屈な世界だったとか。

 まぁ。利便性が発達していたのも、移動手段が充実していたのも、誰かが必死になってそれを考え出し実現させたのだから素直に凄いと思う。

 じいちゃんが言っていた「見えない敵」と闘い、それを打倒した人たちが居るからこその豊かさだったり、便利さだったり。

 でも、この世界に豊かさ・便利さを齎し、自由をくれたのは……それを退屈と言い前の世界を捨てたじいちゃんなんだよな。

 魔法を使い、魔術を調べ、魔導として道を作ったのはこの世界を……好きだったから……だと、良いな。


 「だからかしら~。ハイジが闘う時は生き生きしてたのは~。《魔王》と戦った時なんて~全員瀕死なのに笑いながら特攻してたのよ~!?」

 「「想像出来る」」

 「やはり……へんたい」

 「あ、あはははは……」


 俺とティアが意図せずシンクロし、出された菓子をほおばりながらシロが呟き、リリーナの乾いた笑いが妙に響く。

 切り込むなら此処か?


 「向こうの世界の……じいちゃんの家族の事は、何か言ってました?」

 「家族~?」

 「今まで一度も聞いた事がなかったので」

 「ハイジの家族……あ、何かお姉さんが居たらしいわよ~?」

 「へぇ、ハイジさんのお姉さんかー。どんな人だって?」

 「何でも~、やたらとハイジに干渉してくる人だったみたい~。頭が良くて、腕っぷしが立って、度胸もある。周りの人達から絶賛されていつも比べられてて嫌だった……みたいな事を言ってたわ~」

 「……その人の、名前は?」

 「何だったかしら~。えっと……たしか……あ~……アスミだったかしら~?」

 「…………」


 この前、家に来た《魔王》……やはりじいちゃんの血縁者っぽいな。


 じいちゃんがその姉を苦手としていて、情報を隠匿……出来れば抹消したいと思っていたんだろうか。

 やっと見付けた、的な事を言っていたし、じいちゃんはアスミさん?のことを周りにはあまり言ってなかった様子だし。

 それにしても。

 じいちゃんと同じ時期に異世界から召喚されたのか?それだったら最初からじいちゃんと行動を一緒にしてそうだけどエルさんの話を聞いてる限り、エルさんとじいちゃんの姉に面識はない様だ。


 「エルさんは、《魔王》を倒した後もじいちゃんと行動を共にしてたんですか?」

 「んーん~、その後は各自好きにしようって話になって私は故郷に帰ったわ~」


 最初期から仲間だったエルさんが知らないなら。

 じいちゃんが姉の存在を知った時期は、ガロンって《魔王》を倒した後。だからエルさんは知る筈もないか。

 気になるのは──じいちゃんと種族が違う事。

 俺が見た姿は確実に『悪魔種(デーモン)』だった。

 頭に生えた角、背中の翼……人には絶対にないものだ。異世界から召喚されたら呼び出された国の種族になるのか?だとすれば、じいちゃんの姉を名乗るあの人は悪魔種の国に?

 ……わからん。

 召喚魔法、それも異世界から誰かを招く魔法なんて、本にも載ってない知識だっての。

 考えても仕方ない事だが家に《魔王》が来たとなると後回しにも出来ない……あぁ、じいちゃんが生きてれば!

 ……いや、じいちゃんが居たら……前にあの人が家に来た時に、この辺りは━━。

 …………い、今はそんな事より、起こっている問題の方が重要だな、うん。



 「《魔王》は……やはり強かったんですか?」



 そんな問いを出したのはリリーナ。

 話に聞いただけではピンと来ないのは激しく同意出来る。ニーズヘッグやユグさんが言うには、じいちゃんのパーティーでさえ全員瀕死に追い込まれたらしいが。


 「強かったわね~。当時は私達もそんなに強くなかったし〜、その時は凄く強大に見えたわ~」


 ……………………。

 《魔王》一人に、じいちゃんの仲間が何人いたかは分からないけど、少なくとも──じいちゃん、エルさん、ニーズヘッグにユグドラシル……最低4人は居た。

 そうそうたる面子を瀕死にってどれだけの強さだったのか。

 ……ちなみに、えっと……今は……どうなんでしょう。


 「今なら一対一で良い勝負は出来るだろうけど~、それでも苦戦はするかしら~?」


 俺の頭の中の問いを聞いていたかの様に答えられた。

 何でもないような話に聞こえるが、暗に今はその当時とは比べ物にならない位強くなってるって事、なんだよな……。

 

 「もしまた《魔王》が現れたら~、今度は私一人で戦ってみたいわねぇ~」


 美しい過去を思い出すかの様に遠くを見つめ、ないとも言い切れない未来に思いを馳せるエルさん。

 魔王の実力も、エルさんの全力も、俺はまだ知らない。出来れば知る事なく平穏に暮らしたいが……嫌な予感が止まらない。

 それを感じたのは俺だけではなく、この場に居る子供たちは皆一様に、朗らかに微笑み自分の空想に浸る【最恐】に視線を釘付けられた。


 言えない……言えるわけがない。

 こんな顔してるエルさんに……「俺達の家に《魔王》が来ました」なんて。



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