32. 異世界の『英雄』はもういない
それから……身体の回復には五日掛かった。
今まで経験した中で、一番長かった五日だったな。
最初の一日目は殆ど寝たきり、二日目でようやく動ける様になったものの痛みは取れず、三日目にしてやっと自分の家に帰って来る事が出来た。……いつも以上に時間は掛かったけど。動かなければ痛みが出ないと言っても、動くと痛みは出るから仕方ないか。四日目、五日目を経て漸く回復。
今日……って言うか、さっきリリーナは元居た場所に向けて旅立った。
向こうの家を整理し、母親にこれからの事を相談しに行ったのだ。
倉庫に眠っていた『彼方の家路』の使い方も教えたし、行きに時間は掛かるが帰りは一瞬だろう。
何故かシロも行きたがって結局着いて行ったけど、……大丈夫か?まぁ、エルさんにティアも同行してるから大丈夫だろう。
エルさんは、経由する王都『セレジェイラ』でガドガさんと逢瀬を楽しみたいと言うのが主目的っぽいけど……護衛って意味ではこれ以上の戦力はない。
問題は……明日からの俺な訳で。
身体の回復はユグさんを通して伝えられ……明日、彼女の元まで行かなければならない。
そう、……訓練が、始まる。
俺の、平和な日常が……終わる。
ホント、明日からが不安で仕方ないんだけど!?
ゆっくり出来るのは今日までで、明日から拷問と言うべき訓練が始まるんだ。あぁ、明日なんて来なければ良いのに。
最後の休日のお供は……勿論『五百神灰慈英雄譚』……じいちゃんの日記。
そこに書かれている冒険の数々は俺の胸を高鳴らせ、またじいちゃん主観の書き方から、まるで俺がそこに居るかの様だった。
俺にも……いつかこんな冒険をする日が来るんだろうか?
今は想像出来ない。
視界の端に映る机に置かれた『偽りの感情』。
これを外して他人と話せる様になったら……俺も。
……いや、無理だな。
話せる自分が想像すら出来ない。
出来る様になったらその時に考えよう。
それにこの森の事だって、きっとまだまだ知らない所、知らない事がありそうだし。
これを知らずして外の世界には旅立てない。あの異世界の《英雄》の、全てが詰まったと言われる森を完全に攻略してやる。おぉ、そう考えたらやる気が出て━━っと?!
そこまで考えた瞬間、開け放たれた窓から急に強い風が入って来た。
今日はやけに吹くな?
窓を閉め、日記の置かれた机に戻ると、頁が進まされた形跡が見られる。
この日記、更新頻度が区々で……闘いと休息に明け暮れていたいた間にかなりの頁が追加された様だ。
……もしかして、これも魔道具……だったりして?
何にしろ……本の先読みって嫌なんだよなぁ。良い時間だし、そろそろ━━
『━━なんで……何で《魔王》がお前なんだよ!?』
本を閉じようとしたところで、この一文が目につく。
…………?
どういう事?じいちゃんの知ってる奴が《魔王》だったって事?でも何でこんなに驚いてるのか意味が分からない。
そもそも、前に読んだ所で《魔王》は倒されていた筈じゃなかったか?
先読み、飛ばし読みは邪道と思うが……これはじいちゃんの日記だし、多少は飛ばしても良いんじゃ━━。
……いや、此処までの展開が分からなければ読んでも面白くないかも知れない。めくられたのはかなり後ろの方……よし、飯の時間を削ってでも此処まで読み進めて━━
コンコン。
……? 家の扉が叩かれたのか?
シロやリリーナ、ティアに師匠は王都に行ったばかりだし、第一ノックなんてしない。
それはユグさんも同様。じゃあ……ニーズヘッグ!?明日行くって言ってたのに!?……待って、あのニーズヘッグがあんなに優しくノックなんてするのか?分からん。じゃあ、村の……誰か?
でも、この家に訪れる村人は……いない。
こ、この家には現在俺だけ……そうか……気のせいだな。そもそもこんな森の奥深くまで訪ねて来る人間なんて━━
コンコンコン……ゴン!!!
……無言のプレッシャーが強い。
俺の直感が告げている……この扉の向こうに居るのは……ヤバい奴だ。
仮面を付け、玄関脇に置かれている『月詠』との距離を見る。
俺が準備してる間に気配が立ち去るならそれで良し。だが危害を加える気ならば━━
「この私を相手に居留守……か。良い度胸だな━━灰慈」
感じていた敵意が、圧倒的な殺意に変化した!?
じいちゃんの知り合い?しかも女の人の声?って言うか、やっぱり知らない人!?
色んな疑問が頭を駆け巡り知らないフリを推奨するが……この殺意は拙過ぎる?!
あぁ、クソっ!?
背中に『月読』を背負い、『帯袋』を装着し……意を決して、扉のノブを捻り扉を開ける。
「じいちゃんなら居ない━━」
開け放った瞬間に殺されるなんて事は勘弁してもらいたい!?
「━━ん?何だ、奴ではなかったか。これは失礼」
俺に向けて優しく謝罪の言葉を掛け、そして漏れ出た殺気をしまう。
……これがもしじいちゃんだったら、この辺り一帯を巻き込む壮大な殺し合いになったんでは……?
常識?が、ありそうな人で良かった。
「ところで此処に、五百神灰慈と言う男が住んでるだろう?」
殺気に気圧されて碌に姿を見なかったが、綺麗な女の人だ。
歳の頃は二十代中盤か。
蒼が混じった黒い髪を横で纏め、夜の星空の様な瞳は吸い込まれそうな魅力を醸し出す。
身に着けている衣服や装飾品も、一目でその価値が分かる程希少な物ばかり。
じいちゃんの知り合いなら……事実を話すべきか?
いや、まだ誰かも分からないのに危険……だろうか?
俺の選択した答えは、先送り。
「さっき言い掛けましたが……、五百神灰慈は……居ません」
正確には。もう居ない。
「そうか……運の良い奴め。まぁ良い、改めるとしよう」
「で、貴女は?」
「ん?じいちゃんと言うからには奴とは少なからず縁があるんだろ?何も聞いてないのか?」
「えぇ」
「私の事を話してない……やはりあいつにはしっかり話をする必要があるな」
そ、そんなに?
いや、じいちゃんの事自体を知るのはいつも人伝や書物からなんですが……ちょっと落ち着いてくれません?また殺意が漏れ出してますけど!?
「まぁ良い。私の名前はアスミィ=オルタンシア。灰慈を知っているなら……」
そこで目の前の女性は一呼吸置き、
「五百神亜澄と言った方が分かりやすいか?」
そう口端を優しく吊り上げ、自ら名乗っ……ちょっと待って!?
「五百神?じゃあ……」
「私は奴の姉だ」
「へ?」
はいぃぃぃぃぃぃぃぃ!?だって、どう見ても!?
「姉って、じいちゃんより全然歳が──」
「あぁ、こっちの姿は変装用だ。本当の姿は……」
言うが早いか、淡い青色の光が女性の身体を覆い、その姿が……変わる。
うん、大きくは変わってなかったんだ。ただ、決定的に変わった。
頭部には二本の角、背には翼、腰の辺りから伸びる……尻尾。
……悪魔。いや、悪魔種と呼ばれる種族。
「待って下さい……じいちゃん━━五百神灰慈は只の人間だった筈ですが。それに……」
「異世界から来た灰慈に血縁は居ない、か?確かにこっちの世界では血の繋がりはない。だが異世界で私は、確かにアイツの姉だったよ」
「!?じゃあ貴女も?」
「そう、異世界から呼ばれた口だな」
そんな事があるのか?けど俺はじいちゃんの事を知らない。
だったら言うべきか?じいちゃんが既に……。姉と言うなら知る権利はある。……が……。
この人の言う事が真実でも、それを確かめる術はもうない……ん?
「……はぁ。もう来たのか」
何だ!?森に……デカい気配が多数現れた!?
「ほう、察知したか。だが安心しろ、此奴らは私を探しに来ただけだ」
「此奴ら……探しに?」
「今日は大人しく帰るが、灰慈に伝えておいてくれ」
背中の翼を広げ、ふわりと宙に浮かぶ、じいちゃんの……姉。
「私は諦めた訳ではない。お前がどこに隠れていようが必ず見つけ出し、その命を長命種にさせると!」
「待ってくれ!じいちゃんは──」
真実を口にしかけた俺の耳に、衝撃的な単語が飛び込んで来た。
「《魔王》様!」
……え。
周囲に、いや空間に響く女の声。
現れたのは、小柄な少女……だが、絶対に強いだろコイツ!?
その後に続く部下らしき奴らの気配も……そうとうな強さ!?
しかも……《魔王》?
いったい……何がどうなってるんだ?!
「漸く見つけましたよ!?こんなにホイホイ城を出ないでとあれ程!」
「分かってるって……今日はもう帰る。伝言出来ただけで大きな進歩だ」
だって、《魔王》はじいちゃんが倒したって、え?頭が着いて行かないんですが。
「では……あー、灰慈の子供!確かに伝えろよ!」
そう言い残し、五十嵐亜澄と名乗った女性は、多数の気配と共に……消えた。
おい、じじい。
鬼が現れ、人が来て、《竜》と闘い、今度は━━《魔王》?
この森にいるだけなのに、どうして『冒険』がむこうからやってくるんだ?
しかも、最後の《魔王》は明らかにあんたの関係者じゃねーか!!
それを何で残して逝ったんだ!?
嫌な予感しかしないんだけど!?
俺にどうしろって言うんだよ?!
何とか答えやがれ……
五百神灰慈ぃぃぃぃぃぃぃ!!
その答えをくれる人は居ない。
異世界の英雄は、もう……いない。
はじめまして。
天山竜と申します。
『異世界の英雄はもういない』
第1部はこれにて幕引きとなります。
つたない作品ですが、異世界から来た『最強』に振り回される男の物語。
手直しも追々入れて行きたいと思ってますが、先ずは素材として味わって頂けたら幸いです。
この五百神クロの物語はまだ続きますが、ちょっとお時間頂けたら。
……誰が読んで下さるかは分かりませんが……僕が続きを書きたいので、続きます(笑)
では、また。




