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異世界の英雄はもういない  作者: 天山竜


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22. また、『今度』


 前夜。


 「まだ、……実感湧かなくて」

 「そんな実感は要らないだろ」


 日が落ち、夜が訪れたその始まり。

 シロとティアはエルさんの連携訓練で相当疲れたのか、早目の夕食を取ったら崩れ落ちる様に眠った。謀らずも明日に備えての就寝になったんだが……きっと計算付くなんだろう、さすがエルさん。

 リリーナと俺は、ガドガさんにメンテナンスして貰った剣を取りに、フリソス家裏にある彼の工房を訪れた。

 新しい機能が付いたとか、直ぐに分かるほど見た目が変わったと言う事は無い。

 だが、受け取った俺の『月詠』は……こんな表現が合っているか分からないが……嬉しそうだった。

 『咲耶』を手にしたリリーナも感じたのか、刀身を抜き、空気に曝した剣を前に、彼女の顔は仄かに嬉しそうだった。

 いや、決して俺達は刀剣にうっとりし、剣を見詰めて喜ぶ危ない人ではないんだけどね?

 なんて言えば良いのか……親しい友達とまた再会したような……そんな友達はいないから分からないけど。

 ……兎に角、メンテナンスが終わった二振りの剣は凄く綺麗になっていたって事で。

 明日の為にも戻って休まなくてはいけない。

 が、リリーナから唐突に「私、命を狙われてるんですよね?」と問い掛けられ、立ち止まってこうして少し話をしてる。


 「理由も、目的も分からない。が、命を貰うって言われた所でそれを受け入れられる人間はいない。その理由や目的も、大体が利己的な物と相場は決まっている」


 現実に命を奪いに来る魔物よりも、怪談や奇譚に出て来る実態を持たないものよりも、生きてる人間が一番怖い。

 俺は身を持ってそれを知っているし、それはじいちゃんも言っていた。

 理不尽な生きてる人間に対抗するのは……純粋な力とも。


 「納得が行かない搾取には、全力の抵抗を。俺達はそう教わった」

 「……ふふ、何だか納得してしまいます」


 実際、じいちゃんやエルさん、その伝説のパーティーが戦い始めたのだって、きっかけはそれぞれ違うとしても、《魔王》と名乗る者からの強制的な搾取を良しとしないからこそと、今を生きる人々には伝え広まっているが……実態はかなり違い、「俺の世界を掠め取ろうなんて許せるか!」って超利己的な理由で理不尽でわがままな理由と本人が言っていた。

 それこそ《魔王》と呼ばれた存在の様に、「この世界が欲しいから侵略する」と公言してくれた方が、此方も戦うなり逃げるなり準備は出来る。が、何も言わず搾取されるのは……今回の様なケースは絶対に承認出来る筈はない。

 だったら━━歯向かうしかない。

 理不尽な搾取には、全力の暴力で。

 納得いかない理由は、全力の抵抗で。

 相手の喉笛を喰いちぎる勢いで……噛み付く。


 「心配しなくていい。必ず守る」

 「あ、……ありがとうございます」


 ……何だか俯かれた。

 顔も赤いけど大丈夫?

 ここに来て師匠の訓練の疲れが出たのだろうか?


 「そろそろ戻って休もう。疲れが残ってたら明日に差し障るから」

 「はい!……あの、もう一つだけ聞いても良いですか?」

 「ん?」

 「えっと、お爺様……イオガミハイジ様って……どんな方だったんですか?」


 そんな事をとても聞き難そうに聞いて来る。

 気を遣ってくれてるが、我慢が出来なかったって所なんだろうな。

 優しくて……ミーハーな子だと微笑んでしまう。


 「強かったよ。肉体的にも精神的にも。【最強】って名には恥じてはいなかったと思う。世間が抱いてる《英雄》のイメージはそのままだったかな」

 「そうなんですか」

 「けど……蓋を開けてみれば、人間よりも人間らしい人だったかな」

 「人間らしい?」

 「自分の欲望には忠実だし、研究し出すと寝食忘れて没頭するし、知識は多いけど役に立たないものばかりだし、料理が壊滅的に下手だし……聖人君子とは真逆な感じ」

 「そ、そうなんです……か?」

 「総じて言うと……我儘で、傍若無人で、最強で最高なじいちゃんだったよ」

 「……」


 自分が憧れていた人物が想像とは違っていたりしたらそりゃショックだよなぁ。

 でも、間違った事は言ってない筈だ。

 実際、シロには変態呼ばわりだし……かなり柔らかく表現はしたが大きく外れてはいない。


 「……ふ、……ふふ……あははは!」

 「……大丈夫?」


 ショック強すぎた?

 でも、リリーナってこんな大笑いをするんだな。はにかんだり、控えめに笑うイメージがあっただけに何か新鮮……。


 「あはは、……ふぅ、ふふ。ごめんなさい、何だかお母さんの言葉通りだと思ったら、可笑しくて、思わず……ふふ」

 「お母さんの?」

 「はい!世間の印象は凄い近寄り難い大魔法使い!って感じなんですけど、実際はもっと違うイメージな気がするってお母さんが」

 「それは慧眼だね」

 「強くて、優しくて、人を見る目も備わった自慢の母です!」


 そう言って、ふぅっと息を吐くリリーナ。


 「私、本当はお母さんの子供じゃないんです」

 「え?」

 「だいぶ前に、お母さん自身から聞かされました。本当の母は、親友だったお母さんに私を託して亡くなったって」

 「……そうか」

 「あ!でもそれでお母さんの事を嫌いになったとかは全然なくて!むしろ……本当の子供じゃないのにちゃんと育ててくれて感謝しかなくて。私、ちゃんとお母さんが話してくれたのが凄く嬉しかったんです」

 「リリーナも、リリーナのお母さんも、お互いに大切に思い合っているんだな」

 「はい!」

 「なら、尚更、必ず……またお母さんの居る家に帰す。……必ず」

 「……はい。私も出来る事は何でもします」



 『家族は大切にするもんだ』



 じいちゃん、どこまで出来るか分からないけど……全力を尽くす。

 だから見守っていてくれ。


 「……良かったらお母さんの話しを聞かせてよ。今日は遅いから……また今度」

 「……はい!」


 その時は……包み隠さず、じいちゃんの話も全部を聞かせてやろう。

 シロもティアも、ユグさんにエルさんガドガさんも含めて。

 必ずこの子を守り切って、この話の続きを。



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