21. じいちゃんの願い
早朝の一幕を終え。
朝食の支度をエルさんと俺で終え、それを食べ終わってから今後の……いや、正確には明日の話しになった。
「━━と、言う訳で。予想通り、明日敵が……割りと大勢で来ると思う」
リリーナが神妙な面持ちで、ティアが真剣な表情で、シロが菓子をバリバリ食べながら……
おい、今、朝食摂ったばかりだろう!?
エルさんが何故かウキウキしていて、ガドガさんがそれを苦笑しながら横目で見ている。
「……明日……」
「俺は一度ユグさんの所に行ってくる。村の安全だけでも確保はしておきたい」
「そんな事出来るの?」
「村に何かあった時にはユグさんを頼れってじいちゃんがさ」
英雄と謳われた2人が居るこの森に、有事なんてないものだと今まで忘れていたが。使えるものがあるなら使わせて貰おう。戦わずに済むならそれに越した事はないがそうも言ってられない。
漠然とした予感だが……あれだけの魔物を使い、その装備にも金を使い、更にここまでの遠征と言う労力を使うなら……それだけ相手に取ってはリリーナの価値が高いと言う事だと思う。
こちらもリリーナを渡すなんて選択は絶対に取らない以上、これから起こるのは総力戦。
出来る事は最大限やった上で、後の事はその時の俺に考えて貰おう。
「その身体だと往復でかなり時間が掛かるんじゃない~?」
エルさんの言葉ももっともなんだよな。
《神霊》ユグドラシルが住んでる、通称「寝所」はこの森の奥まった処に存在する。この村からで、この身体だと夜位に戻って来れれば良い方では━━
「と、言う訳で来てやった。感謝せいよ?」
「「ひょえ!!」」
位置的にティアとリリーナの後ろから声を掛けられ、大層驚いている2人。いや、俺もかなり驚いたが。
すげー既視感。
いつも俺がやられてる気持ちが少しは分かったか?ティア。
「突然現れるの止めてくれないか?ユグさん」
昨日もいつの間にか現れていつの間にか居なくなっていた幼女がそこに居た。
「……ゆぐさん……ひまなの?」
「をい!妾の厚意を暇で片付けるな!?」
シロの言い方はちょっと酷いが実際タイミングが良すぎないか?もしかして、暇なの?
と、そこまでの軽口が何だったのか。唐突に空気を変えた《神霊》が告げる。
「妾の聖域に踏み込んで来る愚か者が居るのに、歓待する準備をしない訳がなかろう?」
……ユグさんがニヤッと凶悪な笑みを浮かべ、窓の外……王都へと繋がる道の先を見据える。
戦闘職ではないのにこの重圧って。《神霊》はやはり格が違うと言うべきか。
「と、言うことでこの妾が!クロ坊に手を貸してやるぞ!!」
コロコロと表情が変わる事で……此方としても最初からそのつもりだったんだけどね。
「敵がどんな奴であろうとお主に負ける事は許されんからな?」
「あら〜?私〜、そんな柔な鍛え方はしてないわよね~?」
《神霊》と【最恐】。
二つの視線が俺に突き刺さる……き、期待が重い!
「やれる事はやらせて貰います」
そうとしか言えない。
誰に鍛えられても、どんな知り合いがいても、所詮俺は魔法の使えない欠陥がある人間でしかない。油断とか出来る人間ではない。
備えが万全だったら憂いも減る。
無くなる訳ではないし、そもそも俺には不安要素が多すぎるからどんな事態が起きても良いように備える事が重要で、後は身体ごとぶつかって行くしかない。
「クロ坊は妾と来い。道々何が出来るか教えてやる」
「分かった、宜しくユグさん」
「じゃあ~、他の皆は〜村の人達に事情を説明した後で~、私と連携の特訓をしましょうか~」
「え?!明日敵が来るのに!?」
ティアは驚いてるが、明日の戦いへの不安を嘆いての物じゃない。エルさんのしごきとも言える訓練を連想し若干、いや、かなり引いているのだ。その証拠に……。
「…………」
シロが目で俺に「そっちに行きたい」と訴えてきている。
シロよ━━俺にそれを求めるのは何も意味がない。
俺もエルさんの言葉には何も逆らえないんだから。
「こんな時だからこそ必要だと思うのよ~。リリーナちゃんも自分がどんなサポートが出来るのか知っておきたいと思うし~、貴女達も各々どう動けば有利に立ち回れるか分かるでしょ~?」
「うぅ……分かったわ」
「は、はい!頑張ります!」
「がんばり……ます」
リリーナはやる気に満ちているが他の2人のテンションが付いて行ってない。しかし、そういう事なら俺もやらない……正確には見ない訳にはいかないだろうな。
「一通り確認が出来たら、俺も合流します」
「勿論よ~。むしろこれからの為にも〜、身体が動かない時こそ~クロちゃんは何が出来るのかを知って行かないとね~?」
最初から俺も頭数に入っていた。
……ホント、頼りになります。
「さ、時間は有限じゃ。早速行くぞよ」
幼女姿の《神霊》が俺を導くように、その姿を外界へと翻す。
村の入口を抜け、森と外の境界線近辺まで来た当たりでユグさんが語りだす。
「妾が契約をする際に課す事は、一つの問いじゃ」
何でもない事を言う様に口にしてるけど……これってかなりの重要な秘密なんじゃないの?
これを知る事が出来れば、他の人間もユグドラシルと契約が出来てしまうんじゃ?
って、まぁ……ユグさんと会う事が出来て、気に入られなければその契約までは漕ぎ着けられないか。
「『汝は妾に何を望むか?』。クロ坊、お主ならどう応える?」
「何を……望むか?」
唐突だな!
えー、……俺は魔法が使えないから契約なんてそもそも出来ないし、この世界の全てを教えてくれ!なんて言った所で膨大な時間を勉強に費やされそうだ。
『知識を伝達する』なんて魔法もあるらしいが、体質的に俺には一切効果はない。
ユグさんに知識を求めればひたすら勉強させられる姿しか思い浮かばない。……却下。
望む事か。うーん……
「特になにも。今まで通り森に居てくれればそれでいいかな」
「……く、くふふ。子は親に似るらしいが、それは血の繋がりが無くても一緒か。だが良いのか?妾の力があれば世の中を変えられるやも知れんぞ?お主を貶し、馬鹿にした者達に復讐すら……」
「そんな事は望んでない。ユグさんの力があったとしても、それで他人をどうこうしようとは思わないし、今の世の中がどうなっても、森が変わらなければそれで良い」
「くふふ!無欲な事よ」
なんで昔を懐かしむ目で俺が見られるんだ?妙に気恥ずかしい。
「じいちゃんはなんて答えたんだ?」
「お主と変わらん。『何も望まん!』と何故か自信に満ち溢れてそう言い切りおった」
なぜか妙に気恥ずかしい。
意味合いは、俺とじいちゃんではかなりの違いがある筈なんだけど。
気になるのは……
「何でユグさんはじいちゃんと契約を?それが答えって訳ではなかったんだろ?」
「答えなど有りはしない。妾が気に入る応えが出来るか。それをハイジがやったから契約をした。それだけの事よ」
「なるほど。で、それと今の状況と何か関係があるのか?」
「ハイジは最初の契約では妾に何も望まなかった。が、あやつが死ぬ前、妾に願った事があっての」
何だろう、村……いや、この森を頼むとかかな。
「お前に道を示してやって欲しい。それがハイジから妾にされた願いじゃ」
………………。
何で死んだ後も俺の事を心配してんだよ。
「シロはどちらかと言えばクロ坊に懐いておるからと笑って言っておったよ。が、お主にはハイジが居なくなるのはちとキツイかもしれんともの。だからエルシエルや妾に、お主のこれからを託したかったんじゃろ。人と違ってエルシエルは長く、妾に至っては永遠に生きられるからの」
じいちゃんは分かっていた筈だ。
俺が、この森から出れない事を。
正確には、俺が他の人間と関わるのが難しい事を。
それは拾われてから今に至るまで長い期間続いてる。それを分かった上で……道を示す事を他に委ねた。
フッと━━いつか、じいちゃんが俺に言った言葉が脳裏に蘇る。
『お前も、この森の外に出る時が来るかも知れない。その時の為に、今は強くなれ』
「お前はハイジに取って自分が枷になっていたかも知れないと感じとるかもしれんが、それは違う。あやつに取って、お前は生きる希望以外のなにものでもなかったんじゃよ」
止めてくれ。
そんな言葉を掛けられても、俺は何も言えない。言えるはずがない。
俺はじいちゃんに迷惑しか掛けていないし、気に掛けて貰える資格なんてないのに……。
そんな俺の心境を見透かして、ユグさんは更に続けて来る。
「もしお主が自分の価値を、クロがハイジに与えた影響の大きさを自覚出来ぬと言うなら。それが分かるまで生きてみせよ。シロに、ティアに、リリーナ。お主が関わった全ての者に出来る最大限の事をして、いつかハイジの気持ちを欠片でも理解してみせい。その手助けはしてやろう……差し当って」
未だ何も言えない俺を尻目に、おもむろに地面に手を着くユグさんの身体が淡く発行した。
「……何を」
「後ろを見てみぃ」
振り返った処でそこには村が……ない。ない?
いや、道があるにはあるが、目の前にあるそれはどう見ても獣道。俺達の家から村までの道より遥かに森の奥深くへと誘う……正に樹海。
「村には手出しはさせんし、人死にが出ない程度で露払いもしてやろう。お主はさ、……サブ、……ブタの相手をするが良い」
興味が湧かない人間にはとことん厳しい、まさかのブタ呼ばわり。
俺、その人の事を見た事ないけどイメージが着いちゃったよ。
「それと……これを渡しておく」
「……?これは?」
ユグさんから手渡されたのは、一つの赤い……なんだこれ?石?種?……いや持ってみた感じ……ヤワラカイよ?
色は『朱兎馬』の様な鮮やかな色ではなく、もっと赤黒い……まるで血の塊の様な……。ホントに何これ!?
「ハイジからお前にと預かっておった物じゃ」
「じいちゃんから?」
「お前がいつか、何かを命懸けで守ろうと思う様になったら渡せとな」
「いや、俺は」
「ま、常にクロ坊は命懸けじゃからな。魔法が使えないお主が何かを守ろうとしたら身体を張るしかない。ハイジが居た時は頼れたが今はもう居ない。回復魔法が効かぬ体質で道具が尽きた時が己の最後、常にこんな事を考えてるんじゃろ」
俺の考えてる事はそんなにバレバレなのだろうか。
いや、それこそ少し考えれば分かる事か。使える手段が自分の力と道具だけだと、結局そこに行き付いてしまう……魔法が齎す恩恵に与れないのはそれ程デカいと俺は思っている。
「お主が思ってるよりも、お主の命は軽くない。例え死が迫ろうが最期の最後まで足掻け。死ぬ事は許さん、分かったな」
「……ありがとう、ユグさん」
「礼は早い。明日を無事に乗り切ってから言え」
確かに。執着とも言える奴の襲撃を終わらせてから、また改めて誠意は伝えよう。
「で、これって結局何なんだ?」
「知らん」
……まさかのお答えだ。
「妾はただ渡せと言われただけじゃ。それが何なのかまでは知る訳もないわ」
……お守り的な何か、なんだろうか?
「瀕死にでもなれば効果も分かるじゃろ。その時まで楽しみに待っておれ」
そんな状態にはなるべくなりたくないんですけど!?
じいちゃんからって事は魔道具の一種なんだろうけど実態が分からない物は怖いな。
……明日以降生きてたら調べてみるか。
……生きてたら。
「取り敢えず罠でも作動させるかの。クロ坊が何が何処に仕掛けられてるかを把握しておけ。魔法に頼る今の風潮だからこそ、罠なんてあまり警戒されない━━」
「……なぁ」
「なんじゃ?」
「『望み』と『願い』って何が違うんだ?」
「そうさなぁ。『望み』は自らを含む全てで何かを叶える、『願い』は人に任せる・託すってところかのぅ。ま、妾の感覚じゃからあまり違いはないかもしれん」
「……そっか」
「ほれ、さっさと行くぞ」
「了解」
上着のポケットにその石を捩じ込み、先を行くユグさんの背中を追った。
じいちゃんの『望み』ではなく、『願い』か。
一頻り、何がどう仕掛けられているか、ユグさんからレクチャーを受け、村に戻ってみれば、既に太陽が頂点に輝く時間になっており、エルさんの目の前でへたり込む3人が居る。
次に訓練が始まれば、俺もアレに加わってそうだなぁ。
今日身体あまり動かないんだけどそんな事は関係ないんだろうなぁ。
昼食を挟んだ午後、案の定4人目としてへばる事になる俺。
身体が動かない事は考慮され、が、その分頭を使わされ、身体の痛みとは違う頭痛を感じた。




