2. 『謎』の少女
やばい。
大小2つの気配が『ヘルバ』に付くか、俺達が追い付くか。
かなり微妙なところだな。
突然現れた気配のスピードは遅く、俺達の移動スピードは速い。
だが、俺達の家と村の中間、やや村よりだった為か後少しのところで追い付けていない。
更に━━
「……くろ……きゃく」
「こんな時に」
俺達を追尾する黒い影。
あれは━━
「『軍隊狼』か」
見える所で数頭……見えないところまで含めれば恐らく数十頭が俺達の後に続いてる。
森の異変に気付いた『魔物』が俺達を見付けて、その原因と決め付け排除しようとしてるのか?
縄張りを荒らされて怒ってるってとこだろうけど、この森はお前達の縄張りじゃないんだけどな!
普段なら狩り対象だけど今はそれどころじゃ━━
「……さき……いく」
「良いのか?」
「……ここは……まかせて……さきに……いけ」
「……おい」
…これ、じいちゃんが言ってた「死亡フラグ」と言うやつではないのか?
これ大丈夫?
いや、実力的には余裕なんだがこれは。
妙に心配になるな。
「……はやく……おわらせて……かれー……たべる」
「……お、おぅ」
これ以上はフラグを重ねるな!
分かったから!?……それだけ腹が減ってるって事だろうから、帰ったら超速で支度をしてやるか。
シロが立ち止まり、後方から追い上げて来る狼達に向けて━━
「【がああああああああああああああ!!!】」
大音響で咆哮する。
シロの技能『プレッシャー・ハウリング』。
亜人と呼ばれる人種の中で、獣人だけは外界の精霊に魔力を渡すのではなく、自分の身体に魔力を纏わせる。
そうする事によって生み出す結果。それが━━技能。
シロの『プレッシャー・ハウリング』はその吠え声を聞いた対象を威圧、その後相手の敵意を一身に集める効果を持つ。
敵意を集めて持ち前の速度で翻弄し、狩り尽くす。
これがシロの必勝パターンだ。
「油断するなよ」
俺の小さな呟きに、こちらを振り返らずビッと親指を立てて返答を返す背中が、……おぉ、ふ、不吉。
まぁフラグだなんだの前にカレーが食いたいから早目に片付けたいのだろう。
その場をシロに任せ、俺は走る速度を上げ、気配がする方向へ急いだ。
《賢者の森》
専ら『森』とだけ呼ばれるこの場所には、元は緑も水も、生物や魔物すら居ない荒野だったらしい。
それがいつの間にか広大な森になり、此処で取れる物には他では見れない様な効果があるが、遭遇する魔物がベラボーに強いとのことで立ち入りされる事がない。
知ってる人は知ってるが、《最強》五百神灰慈が《神霊》の力を借りて、僅か一晩で作り出した奇跡の森が此処だ。
それ故にここら辺一帯には生命力が満ち溢れ、生えてる木も、それを支える大地も滅多な事では荒らせない。
……筈なんだけど。
「ここが始まり、か?」
当たりが暗くなり始めた頃、俺はその場にたどり着いた。
目の前の光景。
木は消し飛び、大地は抉られ、その一角だけ「森」ではなく「荒野」に戻っている。
魔法……?此処に現れた2つの気配がやったのか?
しかし……村へと伸びる痕跡は確かに荒れているが、この一角程ではないな。
この破壊痕、こんな事出来るのはこの森には二人しかいない。
あー、くそ。
分からない事だらけになってきた。
追い付いて様子を見ないと━━
……いや、待って?
『ヘルバ』に向かっていた筈の気配が、この場所に戻ってきてる?
何が目的なのか検討がつかんわ。
『迷った時は、自分の目と勘を信じろ』
……気になるなら確かめる。
これもじいちゃんの教えだな。
戻ってくるなら好都合、正体を見て、必要なら闘おう。
……勝てるかは分からないけど。
考察をしてる間に、気配が2つ近付いてきた。
何の気配か、何が起こってるのか、少しは分かると良いんだけど━━
「きゃあ!」
突然聞こえて来た悲鳴。
女の子?しかもかなり切羽詰まった状況なのか?
目を向けた先では華奢な女の子が何かに躓きうつ伏せに倒れていた。見た目は俺と同じ歳位、肩を少し越す桃色の髪が特徴的だ。装備はくだけた軽鎧に左腰の鞘、剣はなし。外傷は右肩から出血。呼吸が乱れ、ハッと後ろを振り返り━━
「!」
冷静に分析して状況を把握しようとしていた俺の目に、少女の背後から大きな刃がその顎を開いていた。
「まずい」
そう思った時には身体が動いていた。
背中から抜剣、速度を落とさず少女に向かって駆ける。
状況が全く分からないけど!
少女に向かって振り下ろされる大剣に一歩強く踏み出し、分厚い剣腹に向けて軌道をズラす一閃。
「しっ!」
俺の剣と巨大な剣が火花を散らし、その軌道が少女の左側へと大きく外れる。
巨大な剣を振るった相手を確認しようとした俺の目の前に、魔物が、姿を見せた……んだけど。
……は?
この世界には『魔物図鑑』と言う物がある。
俺のお気に入りで外の世界を知らない俺に、じいちゃんが前に作ったと言っていたそれを、俺は勉強とは別に何度も、何年も、それこそ穴が開くほど読み込んだ。
書かれた魔物は体長、特殊技能から装備まで、ありとあらゆる事柄を記録され、それを読み込んだ今では魔物博士と呼ばれても良いのではないかと言う自信にまでなっていたんだけど……。
こいつは、なんだ?
姿形は『オーガ』と言う種に属する魔物だろう。
そいつ等は大きい奴で2メートル強が関の山で、身体は緑か、稀に居て赤い奴だけらしい。
こいつの体は赤い。
そこまではただ希少な魔物だと納得は出来る……んだけど。
通常のオーガより倍はデカくない?
その体躯は少なくとも四Mはありそうで、紅く輝く瞳は虚ろで正気かどうか分からない。
端的に言えば……怖いんですけども!
まぁでも、━━怖いだけか。
剣を弾いた勢いそのままに繰り出した三閃。
首、胴、足に叩き込み、オーガを切り刻む。
「GGA!?」
「━━え?!」
少女の声を聞いてを振り向き、
「大丈夫?」
驚く少女に声を掛けながら背中の鞘に剣をしまう。
同時に、オーガが大地へと倒れ込む地響きが届いた。