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異世界の英雄はもういない  作者: 天山竜


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19. 『黒幕』の正体



 「最終的にはリリーナが狙いだったんでしょうが、先に周りを排除しようとしたんだと思われます。エルさんに話した黒オーガと同じ呪術を施された、『クロコダイル・ソルジャー』が今回の相手でした。手紙を媒体に出て来た数は二十体程。その内、具現化まで至ったのが五体です」

 「あの鰐型の魔物よね~?棲息してるのはここら辺とは全く逆の方向だった筈よ~?」

 「……で、その魔物がこの鎧を纏っていた訳だね」


 今日遭った出来事を簡潔に二人に話し、回収してきた鎧も目の前に出した。

 エルさんはずっと俺の方を見て話を咀嚼し、自分の考えに結論を出すべく情報を整理している。

 一方、ガドガさんは俺達が拾って来た武器防具をつぶさに観察し、その構造を確かめていく。


 「俺なりの結論になりますが。リリーナを狙ってる理由は分からないですが、相手は死霊術を使え、またその触媒となる魔物を集められる財を持っています」

 「……相手が魔物を狩れる実力を持っているって言う事も考えられない~?」

 「勿論です。が、クロコダイル・ソルジャーは精々が二~三体で行動し、遭遇率も棲息している場所でさえかなり低い。元々警戒心が強い魔物ですから探すだけでも手間がかかり過ぎる。なら……外部の者達に頼めば早い。それに、その鎧は恐らく━━魔物専用に造られた特注だと思うんです。『核』も装備も、金に物を言わせて集める方が効率が良い様な気がするんですよ」

 「なるほどね」


 ガドガさんが視線だけ俺に向け、頷く。


 「死霊術と言うものが一番大きく効果を発揮させるには、その触媒の鮮度が新しい方が、生きてる時の実力に近いものを産み出せると書いてありました。戦った感じだと、『オーガ』も『クロコダイル・ソルジャー』もかなり強かった。なら、その『核』を仕入れたのはここ最近と考えられると思います。そしてその二種が出現する場所はかなり離れた位置にある」

 「一種は自分で狩ってるとしても~、もう一種は他を雇って手に入れた……とも考えられるか~」


 魔物にも個体差、実力差があり、選別もしたんだと思う。それなら一人で『核』を集めるのはかなり非効率だ。


 「この鎧も、造ってからそんなに時間は経っていないだろうね。付いてる傷から今回以外のはないから、使用されたのは今回が初めて。冒険者から奪ったものではない。値段も相当な物で、これを揃えるとなると……王都に大きな屋敷が建ちそうだね」


 流石。鎧を見ただけでそこまで分かるって凄い。

 鍛冶師って人達は皆こんなに目利きなんだろうか?

 ……兎も角。


 「理由が何にしろ、リリーナが持っていた依頼書から化物が出て来たのは確実です。手にしたタイミングで化物が出てきた所から見て、依頼書に探索魔法が掛けられていたとすれば……リリーナがこの近辺に居ると言う事は向こうに知られてると考えた方が」

 「と言う事は〜次に来る時は直接……って言う事かしらね〜」

 「犯人が分からないまでも、来る規模が分かればそれなりに準備も出来るのですが」

 「そうか。なら準備に取り掛かろうか」

 「え?」

 「あら……ガドガ、何か分かったの~?」

 「あぁ、犯人の名前はサヴラブだ」

 「……サブラブって、あの~?」


 ん?エルさんも知ってる人か?


 「……サヴラブ=C=アンベロス。王国の貴族の一人だよ」


 しかも子爵?

 王国では、姓名の間に何かしらの記号が入るのは貴族だけと聞いた。

 下から、子爵(C)・侯爵(M)・公爵(D)・王(K)らしい。


 貴族位の中では一番下の子爵とは言え、その生活は一般人と比べたら天と地、雲泥の差があるらしい。

 まぁ、此処に暮らしてる限り、貴族どころか一般人の暮らし振りも分からない。俺の基準はこの森であり、人の暮らしの水準はこの村しかないのだから。


 「しかし……アンベロス卿か。面倒な奴が出てきたものだ」

 「ガドガさんもそいつを知ってるんですか?それに、なぜそいつと?」

 「この剣。認識しづらいけど模様が彫られているのが分かるかい?」


 それはシロが倒した黒鰐が持っていた剣。

 示された箇所を見ると……確かに薄く、何かが彫られている。


 「僕達鍛冶師は誰かに遣えると、その家紋を自分の作品に刻む様になる。それが犯罪に使われれば証拠や手掛かりになるし、そうならないためにも自戒を込めてね」


 ふむ、鍛冶師を雇うのは王侯貴族で、民を守る事を生業にするからこその刻印と言うことだろう。

 守る者が犯罪なんて犯すなよと。


 「この剣の製作者は『ベテロ』。アンベロス卿お抱えの鍛冶師で、自己主張が強く、他の武器防具に刻印がなかったところを見ると……卿の命に背いて刻んだ可能性も高い」


 飼い犬に手を噛まれたと言う言葉がじいちゃんがいた世界にはあるらしいが、でも……。


 「そのベテロって人の作品だったとしても、誰かがサブラブって貴族に罪を擦り付けようとした……と言うことは?」

 「大いにある。けど、このアンベロス卿……ここではサブラブで良いか。が、またキナ臭い噂を持っていてね」

 「……噂?」

 「魔物を私物化……私兵にしているって言う噂さ」


 ……は?どう言うこと?


 「人より魔物の方が強い。なら、魔物を私兵にすればいいって言うのがサブラブの主張だよ」

 「それは……使役(テイム)すると言うことですか?」

 「いや、もっと忠実に、自分の手足になる方法をクロは見たはずだよ」

 「……傀儡化。死霊術ですか」


 ガドガさんが頷く。

 殺した強い魔物の『核』を集めて、死霊術で兵にし、武器防具をまとわせる。

 理論上は強い軍隊の出来上がり。けど……


 「それを使って何をするか……」

 「そう。それこそ叛逆でも起こされたら王国が転覆しかねないし、そもそも禁術に手を染めた者の末路はしれている。それでも……サブラブの噂は絶えないのさ」


 ……やってるな。

 いや、その結果が『オーガ』であり『クロコダイル・ソルジャー』な訳だから、もう研究とか言う範疇じゃない。

 まぁ、方針は最初から変わらないか。


 「そのサブラブと言う貴族が来るにしても、他の奴が来るにしても。じいちゃんの……五百神灰慈の森に悪意を持ってくるなら……潰します」

 「うふふ~、良い返事ね~」

 「あぁ━━さすがハイジさんの子供と言ったところかな」


 エルさんもガドガさんも、とても楽しそうに俺を見ている。

 じいちゃんを含め、その仲間達は……血の気が多くて頼りになるなぁ。


 「ガドガさん、サブラヴの領地から此処まで……最速でどの位掛かりか分かりますか?」

 「途中休みなしで来るとしても……どんなに早くて三日は掛かるだろうね」


 実際、休みなしで来ることは不可能ではない。人間も、此処まで来るのに使うと思われる馬も、魔道具を使用すれば良いんだから。

 それでも三日掛かるなら……準備する時間はあるな。


 「エルさん。一度俺は家に戻ります。道具の補充と必要な物の準備、それと合流は明日の『種』の副作用が切れ次第と言う事になるので……」


 と、言い掛けた俺の言葉を、またもエルさんが途中で遮った。


 「ダメよ~?そういう事情があるなら猶更今夜はここに泊まって貰うわ~。道具の準備位さっと行って、パッと戻って来なさい~?」

 「え、いや…………はい」


 にこりと、凄く良い笑顔で、俺に殺気を向けていらっしゃるエルさんに……俺はノーとは言えなかった。


 「じゃあ僕は二人の剣のメンテナンスをしてしまおうかな。後、「戻りが遅くなる」と工房に一筆書いて伝えなきゃね。普段休まずに働いてるからこんな時くらい構わないだろう。クロ、転送用の道具は家にあるかな?あったらそれも持って来て欲しい」

 「分かりました」


 やることは決まった。

 もし、直接犯人がリリーナを狙ってここに来るなら、そいつは俺達の生活を脅かす『敵』となるわけだ。


 それなら遠慮は要らない。

 先ずは、準備だ。

 


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