5-⑤-8B.『大河』の主
━━「ナイル」 最上流━━
「此処が大河の始まり……?」
プレディカとメリッサと別れたセリエが数時間掛けて到着したのは長大な大河を形成しているその源流。
目にしたのは果てしない高さから落下する水……滝だった。
現実であればその先には、水が流れ出る元となる海や湖がある筈だが、此処はオベリスクの『自層』。その範囲を絞った場所と言うのであれば更に広大なものは恐らくないだろう。
(で、あるなら……この場所に何かしらがあっても可笑しくないのですが……)
隈なく周囲を見て回るも、設備や施設、ましてや建造物の影も見当たらない。
辺りにあるのは大自然のみで魔物一匹すら居ない。
念の為、フォルネウスに水中も警戒はさせているが敵意や害意と言った物を放つ存在はない。
「『自層』に飛ばされて早数時間……と言った所でしょうか……やはり時間が貼り付けられてますね」
太陽が照らし、作り出す影を見ながらセリエが呟く。
以前、《神霊》であるコキュートスから聞いた事がある。
『自層』とは、正しくその《神霊》が望む空間であると。
オベリスクが終わらない闘争を求めているのであれば、時と言う概念を排除してる可能性は充分にある。
この武芸祭において、時間に因る終了の線は無くなった。
「この大きな滝以外、特に見るものもなさそうですね」
轟音を立て、水飛沫を上げ、水面に大量の水を叩き付ける滝。
セリエが何気無く見た先に……キラリと何かが反射した。
「あれは……?」
向かった先は滝の裏側。
透明な水のカーテンを潜った場所は、洞窟になっていた。
深くはない……だが、開けた空間に備えて付けられていたのは、何かを祀る様な簡素な祭壇。その中央には何の変哲もない台座がぽつんと設られている。
「空の……台座?」
近付いて見るが其処には象徴となる道具、もしくは武具に当たる物が何も残されてはいない。
台座の中央には何かが刺さっていたかの様な傷があるのみ……。
(何者かに盗まれた?《神霊》の『自層』で?他の冒険者が私より早く此処に到達したのでしょうか。或いは━━)
セリエが深く思考に浸ろうとしたその時、水中に居るフォルネウスから思念が送られた。
これは……警告!?
振り向いたセリエの目と鼻の先に迫る━━銀の切っ先。眉間に狙いを定められ、もう防御も魔法も間に合わない……不意打ちのタイミングとしては最上の物だった。━━相手がセリエ=オルタンシアでなければ。
「━━ふっ!」
刃を視認してから自身に到達する刹那。
軌道を読み切り、首を僅かに動かし、最小限の動きで剣を躱す。加えて刃が射出された地点から投擲を行った者がいない事を確認し、これが魔物の仕業と判断して刃が飛んだ先を見やる。
セリエの頬から、一筋の血が流れた。
「意思ある武器」
躱され、洞窟の壁に突き刺さったのは複雑な装飾が施された銀の剣。
その剣が……独りでに身じろぎし剣の先端を引き抜き、その刃の照準をセリエに、向けた。
「恐らく……予選で使われていたゴーレムの派生」
剣から感じる重圧は予選で対した《神霊》が作り出した人形と同種のもの。
「形が変わろうと結果は変わりません」
掠めた頬からの鮮血を指で掬い……紅い氷を作り出す。
物言わぬ剣は確かな殺意をセリエに飛ばす。
その殺意を受け止めた上で、彼女は嗤う。
「何度でも砕いて差し上げましょう」




