18. フリソス家の『家長』
鎧や武器が回収出来たのは良いんだけどこれがどんな代物かなんて、俺はおろかエルさんでも分からないと思う。人体に精通し、人を見るだけで主装備や使用魔法が分かっても、無機物は専門外と言っていた。
武具や素材で使用者や製作者が特定出来るのは、長年鎚を握り、実際に物を作って来た熟練者のみだろう。
こんな時、ガドガさんが居てくれたらなぁ。……なんて甘い事は言ってられな━━
「おや、お帰り」
え?
フリソス家に到着した俺達を迎えてくれたのは、金の髪に少しだけ濃緑が混じった、背の低い、けど器の大きさを感じずには居られない……
「パパ!?」
そう━━このナイスガイこそ、エルさんの旦那でティアの実父、俺の尊敬するガドガ=フリソスその人だ。帰って来るなんて聞いてないですよ!
バッと家の奥を見やると、普段の顔からは想像出来ない、甘く蕩けた菓子を思う存分食べた様な顔をしたエルシエル=フリソスがそこに居た。
「この人ったら~、私達の顔が見たくなって帰って来たなんて言うのよ~?もぅ、困っちゃうわよねぇ~!ガドガが帰って来るならもっと気合を入れて準備をしたのに~」
……それは料理の話ですか?それとも身支度的な話なんですか?
「はは、ごめんよエル。綺麗な奥さんと可愛い娘、それに仲良くしてる家族の顔が見たくなったらもう止まれなくてさ」
「もぅ……ガドガったら~」
ガドガさんの前でのエルさんは本当に可愛くなるな。ちょっとむくれてるのにそれすら甘い。
ガドガさんは普段、王都に努めてる鍛冶師だ。なまじ王家お抱えの鍛冶職人なだけあって、自分の仕事や研究に余念がない。が、この夫婦はお互いを本当に深く愛し合っている。
しっかり働いてる分、帰りたい時に帰れる……そんな権利と方法をこの人は確立しているのだ。
まぁそれにはじいちゃんも一枚噛んでいるんだけどその前に。
「リリーナ。この人はガドガ=フリソス。話の流れで分かったと思うけど」
「はじめまして、リリーナさん。この一家の主です」
「は、はい!リリーナ=プリムラです!奥様とティアさんには大変お世話になりっ放しで!」
いや知り合ったのは今日なんだけどね?お世話になりっ放しなのは寧ろ俺達兄妹の方だからね?
「シロも相変わらずの様で安心したよ」
「……おひさし……ぶり……です」
何故かずっとおぶる羽目になり、俺の背中から降りようとしないシロが、俺の背中に乗っかったままガドガさんと挨拶を交わす。
通常こんな挨拶の仕方はまずエルさんに咎められるのだが、ガドガさんの前ではなんかもう色々なものが緩くなる。
性格から顔から何から何まで。
それをシロも承知していて、ガドガさんが居る時はエルさんを全く警戒しなくなるんだよなぁ。
「パパったら、帰って来るなら連絡の一つくらいも寄越しなさいよ」
「会えて居なかったからこそ、声は直接聞きたいものなんだ。連絡する時間も惜しかったんだよ、ティア」
「あ……そう」
素っ気ない振りをしても照れてるのが真っ赤な耳で丸解りだぞ。
じいちゃんが元居た世界ではこう言う奴の事を「ツンデレ」と言うらしい。ツンツンしてるかと思えばデレデレしてる━━
「今何考えてた?」
「いや、微笑ましいなと」
ギンっと鋭い視線を俺に突き刺すティア。こういう所、エルさんの子供だと強く感じます!……話変えておいた方が良さそうだ。
「ガドガさんは何時までこっちに?」
「今はあまり忙しくもないから、二日くらいかな?」
「充分忙しい感じもしますが」
何でもない様に言ってるけど、凄く忙しいんだろうな。
この人は妖精種と鉱人種のハーフだ。背の低さは鉱人種の特徴を受け継いでいるからで、髪の色や容姿などは思いっ切り妖精種の特徴。
使える魔法は火属性。火や土を得意とする鉱人種は特に鍛冶職に重宝される。
始めた頃はかなり風当たりが強かったが、努力を続け、今では『セレジェイラ王国』でこの人を知らぬ人は居ないと謳われてる。
『鍛冶王』なんて二つ名を得る位だから、やはり尊敬に値する人だ。
「そういえば」
リリーナが憧れのエル様の旦那様と聞いて恐縮しっぱなしなのに気付いたガドガさんが、緊張を解す笑顔で声を掛ける。この辺りの気遣いも尊敬する要素の一つなんだよなぁ。
「リリーナさんが使ってる、そのレイピア……」
「あ、これはクロさんからお借りして━━」
「懐かしいね」
「え?」
……?
ガドガさんも知ってる様な有名な武器なのか?
しかも、懐かしいって事は見た事あるって事だよな?……まさか、じいちゃんがガドガさんから奪った……とか?いやいや、それはない。仮にガドガさんから奪ったんだったら、先ずエルさんに殺されてる気がするが……もしそうだとしたら、先ず平に謝り倒そう。それからリリーナには悪いけどそれは返して何か別の物を━━
「ふふ、クロが考えてる様な事は無いから安心してくれ。見せて貰っても良いかな?」
この家族は何故俺の思考が読めるんだ。俺が顔に出易い性格だとしても今は仮面を着用してる状態なんだけど。
ガドガさんがリリーナから鞘ごとレイピアを受け取り、静かにその剣身を露わにする。
「これは王属鍛冶師になる前、まだフリーで物を造っていた時の最後の、僕の作品でね」
「そうなんですか?」
「ああ。量産の物を造る前に、何か自分が納得出来る物を作りたくてね。特にこの剣は装飾、造形に拘り抜いた一品だよ。名を……『咲耶』。名付け親は、ハイジさんなんだ」
へぇ。
「ちなみに。機能や威力を追及して作ったのは君が持っているそれだよ」
「え?『月詠』が?」
「その二振りを最後に、王国直属の武器防具を作るようになった。『咲耶』の方は使い手が居なかったけど、無事に自分の主を見付けられた様だね」
そう言って、子供に接する様な眼差しを剣に向けた時、何でだろう?その『咲耶』と呼ばれたレイピアが嬉しそうに輝いた気がした。
「うん、元気そうで何よりだ」
そう声を掛けて、鞘に仕舞う。動作が自然で、慈愛に満ちていて、自分が作った作品に愛をこめていたのが良く分かる。
やっぱり、この人は━━憧れるな。
「クロの『月詠』と一緒に少しメンテナンスしておこうか。明日には二振り共渡せる様にしておくよ」
良いんですか!?と言いそうになっていたリリーナを手で制する。
これもきっと、親子と言っても過言ではない作り手と作られた物との再会なんだ。
だったら邪魔するのは無粋なんだろう。
「宜しくお願いします」
背負っていた『月詠』を鞘ごと外し、ガドガさんに差し出す。
やはり俺の気遣いなんてバレているんだろう。微笑んだガドガさんが剣を受け取った。
『月詠』も『咲耶』もガドガさんには大きい筈なんだけど、それを軽々と受け取り胸に抱く。その姿は正に「親」だった。
「さぁ!女の子陣は先にお風呂に入っちゃってね~。その後はご飯の支度、手伝って貰うから~」
男の会話が終了したのを見届けたエルさんが、後ろに居たシロ達に声を掛けて浴場へと促す。
おっと、これは……機会を作ってくれたんだな。
俺達がリリーナの荷物を探しに行った時に起こった事への説明を求められるだろう。
三人が「私、お料理は止められてるんですが」「アタシが教えてあげるわ!」「てぃあ……がんばら……ないで」と口々に言い、家の奥に消えたのを確認し、エルさんは台所へお茶を淹れて来ると移動した。
リリーナ……そんなに料理、駄目なのか?
い、今はその事は置いておこう。問題は棚上げ、もしくは先送りにするのが吉とじいちゃんが言っていたのを思い出す。
「ガドガさん、早速お聞きしたい事があるのですが」
「……分かった。剣を置いてくるからソファに座っていてくれ」
この鎧、拾って来た甲斐があった。




