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異世界の英雄はもういない  作者: 天山竜


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5-⑤-6.剣の『行方』


 ━━「ナイル」 下流域━━


 「GYAAAAAAAA!!」

 「よっと!」

 「GA!」

 「GER━━」

 「ふっ!」


 セリエ達が話し合いをしていた同じ河のずっと下流では、同じく手掛かりを求めて疾走するチーム『黄金の剣』、アキナ・リンが魔物を倒しながら進んでいた。

 河から飛び出した『バレット・イール』をアキナが瞬時に首を狩り、茂みから跳ねて襲おうとした『火花蛙』を行動前に串刺しにする。

 2人が目指しているのは……下流の終点。

 取り敢えず河の流れに沿って行けば何かしらに当たるだろうと走り出しては見たものの……。


 「この程度の魔物しか居ないようですね、アキナ」

 「ん〜、魔物と戦うのも良いんだけど……出来ればもうちょっと強い奴の方が良いかなぁ」

 「推定ではAランクギリギリの雑魚と言った所ですが、河の下流に向かうに連れ……弱くなってませんか?」


 情報も成果も得られず、魔物を倒すだけの機械と化している事実に落胆の色を出したアキナ。

 リンの言う様に、進めば進むほど魔物は弱くなって行っているが、2人が身に付けた腕輪が示す数字は「442」と……ランクを考慮しなければ出場チームの中でも最多を誇っている。

 が、そんな事実も……ただ強いモノとの闘争を求めるアキナの心には何の慰めにもならない。


 「そうなんだよ!……こっちはハズレかなぁ。ベルデ君も魔物は倒してるみたいだけど、何かに当たったって訳じゃなさそうだし……」


 この場に居ないメンバーであるベルデが倒した魔物も加算されている事から、生きて進んでは居るのだろう。

 腕輪を見ながら増えて行く数値から予想を立てて言葉にしたが、出遅れている予感を感じているアキナの眉間に皺が寄る。自分の主人と仰ぐ彼女にこんな顔をさせている事が耐えられないのか、リンの表情も曇り、その矛先は何故かこの場に居ないベルデに向けられた。


 「あのバカが何かしらの情報を持って帰ればそれで良し。無ければ━━折檻あるのみです」

 「り、リンちゃん……ベルデ君にもう少し優しくしてあげても……」

 「優しくしてますよ?まだ殺してないと言う事実が我が優しくなった何よりの証左になっています。それもこれも、アキナが我に「人に優しく」と説いてくれたお陰……感謝しています」

 「あ、あはは。そ、そうだね」


 自分アキナに優しく。他人ベルデに厳しいリンの顔に一抹の不安を覚える。

 仲が悪くないと思っているのは自分だけなのだろうか?と、心で汗を垂らすアキナの耳に届いたのは━━


 「ぐあぁぁぁあああああ!!」


 進む先から聞こえて来た誰かの絶叫。


 「およ?誰かの声が聞こえなかった?」

 「そうですね。何かに襲われてる感じでした」

 「強い奴が居るのかなぁ?!」

 「行ってみますか?」

 「うん!」

 「では、此方です」


 見知らぬ男の声の主を助ける為でなく、あくまで自分の好奇心優先で。

 アキナとリンは下流に向かい、更に走る速度を上げた。

 辿り着き、茂みに姿を隠して様子を伺うと……。


 「ぐっ!?何なんだコイツは!?」

 「河の中になんで猛獣がいるのよ!?」


 河岸で四足の猛獣と対峙する冒険者パーティー。

 チームメンバーと思しき男が肩を押さえ、他のメンバーに回復薬(ポーション)を口に突っ込まれている。

 違和感を覚えたのは、彼等が対峙している魔物の立っている位置……四足獣が立っているのは、なんと水面だ。

 その獣が姿勢を低く、飛び掛かろうと足に力を溜め始めると同時に、身体が河に水没して見えなくなる。

 様子を伺うアキナの経験にあんな魔物は……居ない。

 好奇心を抑えきれないキラキラした瞳で、隣で様子を見ていたリンに問い掛けた。


 「あれって何か知ってる?!」

 「『槍豹(ランス・レパード)』と思いますが、あの魔物に水中で行動する能力はないのですが」

 「この『自層』で独自にいる魔物ってこと!?よし……ちょっと戦ってみたいから助けてあげよう!」

 「一応アレも敵なのですが……アキナらしいですね」


 リンが指すアレとは、勿論他の冒険者のチームである。

 定石で言えば魔物が冒険者を蹴散らした後で介入すれば良いだけの話だが、アキナの好奇心は止まると言うことを知らないのを今まで何度も見て来た。結果……『オルクス教国』に於いて《勇者》の称号を与えられる事になったのだが、彼女にとってはそんな肩書きより、過程で得た自らの経験が何より重要なのだ。


 「いっくよー!!」


 飛び出すアキナを、まるで自分の子供の様に見詰めるリンの瞳は優しかった。


 「えっ!?」


 アキナの声に驚いた冒険者3人が一斉に後ろを振り向いた。

 その隙を見逃さず━━水中から『槍豹』が狙いを定め、牙を剥き跳び掛かる。

 硬直した冒険者を追い抜き、『槍豹』の攻撃を剣を抜いて防御。

 噛まれた剣を力任せに振り抜き、後方に広がる河に向けて弾き返す。最前線に立ち、未だ呆気に取られていた冒険者達に大声で指示を出した。

 

 「君達は下がって回復!」

 「アキナ、奴の強さは恐らくSです。油断ないように」

 「了ーーー解!!」


 いつの間にか自分の隣で注意を促すリンに元気一杯で返事をすると、河の上に立ち此方を睨む魔物に向かって再び跳んだ。


 「GAAAAAAAAAAAA!!」

 「ちょっと距離離そっか!!」


 魔物の爪撃とアキナの斬撃が交わり激しい刃の戦慄となって辺りに響く。が、アキナの狙いは剣で斬る事ではなく━━

 

 「GHA!?」


 魔物の腹を蹴り、その場からもっと下流の方向へ相手を蹴り飛ばす事であった。

 蹴った反動を使ってリンが居る河辺へと戻り、素直な感想をボソッと漏らす。


 「水上戦闘って面倒なん━━」

 「【疾く集え━━風━━浮遊(レビテーション)】」


 アキナの愚痴が言い終わらない内に詠唱を唱え、魔法を実行。

 リンが使った風魔法を受けたアキナの身体が、風を纏い、重力を無視して浮かび上がった。


 「ありがとうリンちゃん!」


 三度……今度は陸を駆けるのではなく、蹴り飛ばした魔物の方向へ直接走る。

 纏った風は足を踏み入れた河の水を拒み辺りに弾く。

 今、アキナの身体には風の精霊が集まり、水の中に沈む事はない。走りながら自分の剣を河に突き入れるとその場所だけ水を掻き分けポッカリと穴が空き中が垣間見れた。

 河の底には辿り着かず流れも速い為、何の対策もして居なければ容易に流される事が窺える。


 「結構深い河なんだね」


 アキナが前から視線を逸らし、水中に興味を引かれた視界の端。

 水中からヌッと出て来た『槍豹』の爪がアキナに迫る。


 「GAAA!!」

 「やばっ!?」


 一瞬の隙。

 予想外に『槍豹』の動きが速かった。

 アキナが纏った『浮遊』の魔法に防御機能はない。その爪がアキナの喉を貫こうとした瞬間。

 『槍豹』の頭を掴み、空中に放り投げたのは……リン。

 純粋な速さだけの勝負ならアキナよりリンの方が速い。

 聞き分けのない子供を叱る親の様に、棘のある言い方でリンがアキナに釘を刺す。


 「油断はないよう言いましたよね?」

 「え、えへへ……ごめんね?」


 もっとも、その棘は子供が怪我をしない様、鋭さを無くした物だったが。……ちなみに、リンがベルデに刺す棘は、精神的にも……物理的にも彼を刺し貫く。そこに優しさは……ない。

 散った飛沫が甲冑を濡らすが梅雨とも感じず、アキナの喉元に小さな傷でも着いてないかと観察していたリン。

 大きな物体が水に叩き付けられた時に出す激しい音と共に、投げられた『槍豹』が住処である河へと帰って来た。

 雨を足元から降らせ、よろけながらも立ち上がった『槍豹』の目は怒りと殺意に満ち満ちている。


 「GRUU」


 やがて河の中に吸い込まれる様に潜り、敵の意表を突こうと機会を狙う。


 「また水中に?めんどくさいなぁ」

 「なら炙り出しましょう」


 言いながら跪き、自らの手を水に触れさせた。

 そして……技能(スキル)を発動。


 「【内から出でよ━━霹靂(へきれき)】」


 名を呼ばれた雷が周囲に走る。

 自らを中心に半径二十五メートルの範囲で雷を放出し、リンとアキナ以外のもの全てに衝撃を与えた。


 「GAAAAA?!」


 突如、河中に強力な雷撃が出現し、2人の背後に潜んでいた『槍豹』が堪らずに顔を出す。

 あまりの衝撃に瞼を閉じ、次に開けた時に見えたのは眼下で剣を振り抜いた格好のアキナ。


 「頂き!!」


 『槍豹』が出て来た瞬間に抜剣、勢いをそのままに首を飛ばした。

 刎ね跳んだ首が河中に落ち、身体が崩れる様に横たわる。

 絶命の証にアキナとリンの腕輪に「SSー1」との表記が出た。

 魔物のランクに「S」以上はなく、その上が居るとすればそれは等しく「怪物」認定される力を持つだろう。

 先程まで2人が戦っていたのは予想通りオベリスクが自らの『自層』に創り出したものだが、実際に戦えば一般的なAランクの冒険者では万に一つ程の勝目しかない魔物であった。

 それを苦もなく倒したリン、そしてアキナの力は計り知れない。


 「うん!歯応えがあって面白かったね!」

 「濡れては居ませんか?寒くは?一旦岸で休みましょう」

 「だ、大丈夫だよ!それよりさっきの人達は……」


 既に微塵も緊張感を感じさせない会話をしながら元居た地点まで戻ると、助けた筈の冒険者の姿は既になかった。


 「ふふ、良い判断」

 「追い掛けて礼を要求しましょう」

 「良いってば!?それに……ほら」


 アキナが目を向けた先の地面には逃げた冒険者が書いたと思われる文字が残っている。


 「『腕輪を見ろ』?」

 「多分ヒントじゃないかな?」


 2人が揃って身に付けた腕輪を空に透かしたり、矯めつ眇めつしたり、時には触れたり撫で回したり。……リンが魔力を込めて腕輪に衝撃を加え様とするのをアキナが慌てて止めたり。

 すると、何かに気が付いたアキナがリンに自らの腕輪をリンに見せ付けた。


 「……ん~……あっ!ここ!!何か絵が掘られてる!」

 「此方の命を護る只の装飾品ではないのですね」

 「ふむふむ……翼、剣、鎧……いや、人……かな?」

 「ほぅ」

 「鎧ってだけならわざわざ頭を書かないと思うんだよねぇ。なのにそれが描かれている。これがどう言う事か……分かるかね、ワトソン君?」


 自分が気付いた事に気を良くしたアキナが得意顔でリンに突然問題を投げ掛けた。

 普段から澄ました顔をした彼女が慌てた時にどんな表情をするのか?ただそれが見たくて……だが。


 「……なるほど……。この腕輪は討伐した魔物の魔石や道具を収納してました。となれば腕輪に描かれているのは魔物……それも《神霊》から提供された『自層』が三つなら、その装飾に記された魔物を討伐するのが優勝条件と言った所でしょうか」

 「…………う、うん。だいたい……ボクの推理と一緒かな」


 リンの答えはアキナの目を泳がせた。

 目論見を看破された訳ではない。

 リンが語ったのはあくまでアキナのヒントを元に、自らの知見を手繰り寄せ、解答を導いただけである。

 その解答が、アキナの推理を上回って居たことは、アキナの挙動を見れば一目瞭然。


 「流石はアキナですね。後学の為に何処がアキナの推理と違うか教えて━━」

 「さ!グズグズしては居られない!ボク達も優勝目指して頑張ろー!!!」


 喉元に突き付けられた言葉の刃を強引に交わし、今度は上流へと向かって走り出す。

 その後ろ姿に、リンの母性本能が擽られた。


 「あんなに楽しそうなアキナを見るのは久々です━━ん?」


 そんな折、アキナが駆け出した方向とは別ベクトルから……違う本能が騒ぎ出す。



 ※※※※※※



 一方……アキナが助けた冒険者達は。

 力の限り、あの場を背に走り、かなり離れた所で隠れつつ呼吸を整えていた。

 編成はリーダーで剣士の男に、斥候兼中衛の弓兵の女、同じく斥候で近・中衛両方をこなす盗賊の女。いずれも只人の3人組である。


 「はぁ!はぁ!」

 「んぐ……はっ!?……追って……来てない?」

 「ぜえぜえぜえ!!ちょ……ちょっと休もう……?」


 周囲の警戒をしつつ、河から外れた森の木を背にして腰を落とした。

 全員が前衛を張れるチームだけあって体力や攻撃力と言った物には特化している。だが、彼等に許された選択肢は逃げる事……もしくは敗北しかなかった。

 手持ちの荷物からそれぞれが水を取り出し、一気に飲み干して乾きを癒す。

 話を切り出したのは、リーダーである男だ。


 「んぐんぐ……ぷはぁ!!……おれ達、生きてるわ」

 「そう……だね。魔物にも手も足も出ず……敵に助けられて」

 「お礼もまともに言えなかった」


 自分が生きてる、まだ敗北していない事実にリーダーの男は喜ぶが……盗賊の女も、弓兵の女も気を落としている。

 アキナ達にメッセージを残したのは弓兵の女。

 彼女は助けられたにも関わらず、逃走を選択した自分達の行動に罪悪感を感じ、せめてとあの文字だけを残した。

 その事は仲間達には告げておらず、事実を知らないままリーダーの男が捲し立てる。


 「仕方ねーだろ!?あんな魔物と戦った事がないんだから!普通なら死んでた……でもまだ生きてんだろうが!!運だって強さの内だよな?!」


 決して、彼等は弱い訳ではない。

 決勝に残っただけあって彼等の冒険者ランクはそれぞれが「A」ではある。……が、周りのランクに縛られない実力者に囲まれ、どうしても強さの評価は低いモノとなっていた。

 事実、今年の武芸祭ではオベリスクが用意した舞台で、オベリスクが用意した魔物との戦闘があり、その弱肉強食のシステムに彼等の実力はついて行けていない。その事を今回の戦闘で痛感した盗賊の女が独り言の様な提案をリーダーの男に向けて話した。


 「この先もあんな魔物?……怪物?が出るなら、さっさと負けた方が楽なんじゃ……」

 「バカヤロー!逆に考えろ!?」


 だが、それを聞き終えない内から却下する。

 自分達が優勝出来る可能性を捨てきれない。


 「魔物に襲われて、強敵に出会って尚まだ残ってんだぞ!……強い奴が強い魔物を仕留めて……それを横から掻っさらえたら!!」


 彼の考え方は戦士と言うより、盗賊のそれだった。

 方法は検討しなければいけないだろうが、現状……実力が足りていないチームが優勝を目指すならそれしかない。

 その考えを……オベリスクの『自層』は許したりはしなかった。

 

 「…………は?」

 あまりにも突然。

 リーダーの男が背を預けていた木から剣が生え、その胸を差し貫いた。

 唐突の出来事に、男が自覚ないまま退場を強制させられた。


 「……え?」

 「リーダー……あ……かふ」


 木から生えたと思われた剣は、その実、木毎貫通しただけであり、男を貫いた勢いをそのままに残る盗賊と弓兵の首を断ち斬る。

 操る者は……居ない。

 自分達が何故、何によって殺されたか分からないまま、チームの敗退が決まる。

 彼等を殺った剣の正体を……観客だけに向けて実況が叫んだ。



 「【おーーーっと!此処で初めての脱落者が出たぁ!犠牲となったのは第二試合で奇跡としか言いようがない快進撃を見せた3人!!他の冒険者ではなく、まさかの動き回る階層主に因って退場をさせられた〜〜〜!!!さぁ、果たしてどのチームが優勝出来るのか……はたまた全てのチームが全滅してしまうのか!?十チーム中、唯一姿を見せない『三ツ首』を含め、これは目が離せないぞぉぉぉ!!!】」




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