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異世界の英雄はもういない  作者: 天山竜


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5-④-10.『勇者』の実力


 

 そんなこんなで……。

 


 「戻りました」

 「「「お帰りなさいませ」」」

 「その様子だと大して手こずらなかったか」


 俺達の帰りを出迎えてくれたヴィオレ・ヴィオラ・ヴィオレット。

 身体ごと向き合って、自ら考案した訓練の調子を問う亜澄さん。

 そんなに時間が経った感覚ではなかったが、映し出されていた映像の中では、既に『シブレスタ王国』で行われている武芸祭の本戦が全て終了していた。

 ……あれ、亜澄さん達って俺の様子を観測してるんじゃなかったっけ?


 「いえ、ディオサとフラルマリーが居たからです。俺だけならもっと時間が掛かりました」

 「なら明日からはもっと厳しく行けそうだな?」


 悪戯な視線を俺に向け、口を綻ばせる【怠惰】の《魔王》……なんだけど、何時もよりキレがない気がする。

 何かあったのか?

 感じた疑問が顔に出たのか(仮面はちゃんと着けてるが)、その解消に亜澄さんが言葉を連ねる。 


 「と、言いたい所だが明日からは此方に集中しよう」

 「……何か問題が?」

 「今はまだ何も起こってない。……だが、起こりそうな要因を見付けた。七回戦と十回戦の映像を」

 「畏まりました」


 答えたヴィオレが滑らかな指で機器を操作すると、場面は『七回戦』と文字が付けられた映像に切り替わる。

 そこでは……多くの冒険者が慌てふためき、1人の少女に翻弄されている。


 『動きを止めろ!囲めぇぇ!』

 『たった1人相手に……何で!?』

 『キミ、筋が良いよ!キミの魔法の威力も申し分ない!でも皆━━』


 決して速くはない……筈なんだけど、誰も彼女の足を止められない。

 この女の子、凄まじく……強い!?


 『鍛練が足らないかな?』


 左腰に佩ていた剣をいつの間にか抜き放ち、着地した地点にいた冒険者を一刀の元に打ち倒して行く。

 無駄なく、力まず、容赦無く。

 瀕死で残る者は居らず、斬られた者はただ粒子となって消えていく。


 『がふっ!』

 『つ、強すぎる!?』


 多分、亜澄さんが注目し出したのが再生を始めた場面からだったんだろう。

 此処迄でどの位の時間が経過したのかは分からないが……恐らくは……。


 『えーと……今ので7チーム目かな?ちょっと飛ばし過ぎちゃったかな……残りは2チームしか━━』

 「この時点で、『アキナ』と名乗る少女が使った時間は約十分です」


 ……マジかよ。

 十分って恐ろしく速くない?その間に21人を倒したって事か?!

 謎の少女が指折り数えようとしている所に、2人の冒険者の声が響く。 


 『そう、後はあたしらだけ』

 『足を引っ張るなよ?』


 1人は大きな鎌を肩に担いだ、『只人ヒューム』の女。

 1人は大きな盾が目立つ、鎧を着込んだ騎士の男。

 その2人に付き従う様に、それぞれ2人ずつのメンバーと思しき人間を連れている。 


 『そっちこそ……その盾が砕けても守らないんであしからず』

 『減らず口を。お前達は適宜補助(サポート)強化(バフ)を』

 『『ハッ!』』

 『前に出るから死ぬ気で付いてきな』

 『了解、姉さん!』『全開で付いてく』


 リーダー格の2人は顔見知りなのか、お互いを罵りながら戦術をそれぞれのメンバーに伝えていく。

 映像越しに見ても、かなりの実力者であることが伺える。

 映像を見る俺の横に並び立ち、亜澄さんが補足情報を呟いた。


 「男の方は【駆動】のカルロス、女が【冷刃】フレスミ。どちらもRランクだが、元Sランクのチームメンバーで……前武芸祭を制した者達だ」


 前回、優勝した3人の内の2人が居るのか!?

 


 ※※※※※※



 フレスミ率いる、チーム『氷舞踏』の3人が猛攻を仕掛け始める。其々、刺剣・戦斧、そして大鎌の鋭い攻撃に加え、連携練度がかなり高く、時間を伴う毎に激しさが増していく。

 だが、そんな猛攻すらアキナは笑顔で避け続けていた。


 「あはっ!仲良いなぁ」

 「今からお仲間呼んでも良いんだぜ?」

 「ダメダメ!今回はボクが遊ぶんだから……他の2人の出番はないよ」

 「ハッ!いい度胸だ!」


 鎌に寄る大振りの一撃をアキナが跳んで躱した所へ、追従した2人の「技」がアキナを襲う。


 「貫け……【細雪】」

 「砕け散れ!【アバランシュ・ホイール】ぅぅぅ!!」


 刺剣が吹雪の様に乱れ飛び、戦斧が落雷の様に降り注ぐ。


 「……ふふ……あははは!いい、良いよお姉さん達!」


 しかし……やはりアキナは笑いながら全てを躱す。

 複数に見える程速くても、アキナを狙う刃は其々一つずつしかない。

 踏込みや視線を読み切り、全ての攻撃を剣を使うことなく流して避ける。

 そんなアキナの背後に現れたのは、フレスミ。


 「切り刻む!【暴れ雹刃】!!」

 「わぉ!凄い速い綺麗ぃ!」


 直線の刺突に縦の斧、そして加わった背後からアキナの命を刈り取ろうとする横からの大鎌による斬撃が繰り出される。

 対魔物用に産み出されたこの連携、始まれば魔物であろうとSランクの冒険者であろうと抜け出す事は出来ない。

 針の穴を通すような隙間に刺突や斬撃を叩き込む技は、中に入れられた獲物の死角から飛び出し、躱すと言う選択肢を奪う……筈だった。


 「……当たらない……!」

 「コイツ!?」

 「(クソッ!後ろに目でも付いてるのか!?)」


 なのにアキナは、躱す。

 身体を捻り、反らし、剣の刃や柄を巧みに使い。

 刺剣の突きを、戦斧の豪撃を、大鎌の斬撃を。

 肌には傷どころか、着ている服にすら掠らせない。

 360度……全方位からの猛攻を持てる全てを使って避けている。

 ━━やがて。


 「じゃあボクからも行くよ!」


 それまで防戦だけだったアキナが攻撃に転ずると宣言。

 気配は変わらない。なのに、肌に刺す様な殺気が周囲の3人を襲い、内、正面の2人が呑まれ、攻撃する手を止めてしまう。


 「離れろ?!」


 唯一自我を保てたフレスミが攻撃を繰り出しながら声を荒げるも、アキナが手にした剣が正面の2人を薙ぎ払おうとして……硬質な何かに止められた。


 「およ?」

 「俺達を無視されても困るな」


 盾を持ったカルロスが割って入り、アキナの剣を防御している。

 一瞬、安堵か驚きか、フレスミの攻撃も止み膠着状態となった。


 「んふふ!まとめておいでよ!」

 「ふん!」

 「おっとっと!?」


 アキナの言葉に行動で返答するカルロス。

 受けた剣を力任せに弾き、アキナが離れた場所に自ら飛んだ。 

 その僅かな時間で体勢を立て直すチーム『氷舞踏』の3人。

 前に立つカルロスに、フレスミが悪態を吐く。


 「カルロス……余計なマネを」

 「奴は強い。俺が防御……フレスミ、お前が攻撃だ……遅れるな」

 「……ちっ、偉そうに」

 「もうそろそろ行くよー?」


 短い作戦会議……しかし、過去チームを組んでいたカルロスとフレスミには充分な時間。大胆不敵にも次は自分の番と主張するアキナ。カルロスが昔の様に隣に立ったフレスミをちらと見て、胸中を漏らす。


 「こんなに昂るのは久々だ」

 「……お前ら、巻き込まれるなよ?」

 「うっす!」「……はい」


 他の2人との連携は上達し、それこそカルロス率いるチーム『不落』にも迫れるだろうが……盾を持った男の隣は悔しいかなフレスミに安心を与えていた。コイツが居れば、勝てると。

 そんな彼女の想いを嘲笑うかの様に、気付けば目の前にアキナが迫っていた。

 目を離したのは一瞬。その一瞬で、アキナはカルロスとフレスミの前に躍り出ていた。


 「余所見は禁物!」


 剣の刃が先ずはとフレスミに迫る……が、彼女の前に突如現れた光の壁によって阻まれる。

 壁に亀裂が入った事から、アキナの攻撃力の高さが相当な物だと判断出来るが、当のアキナが驚いたのはその光の壁……魔法を放ったカルロスのチームメンバーの存在だ。


 「……およ?」

 「【ディフェンス・ビット】」

 「悪いな。4対1ではなく……6対1だ」


 アキナに言ったのか、それともフレスミに説いたのか。

 カルロスの呟きはアキナの闘争心に刺激し、翻す身体で目の前の盾に猛攻撃を仕掛け始めた。


 「良い固有魔法を使う仲間が居るんだね!」

 「驚き、愕然とし……悔やみながら負けて行け!」


 アキナの縦横無尽な斬撃を全て防ぎながら、反撃の一手の指示を出した。

 自動防護を行なった者とは別のメンバーの魔法が、カルロスが持つ盾に作用する。


 「【ワイド・プレス】!!」


 魔法を受けた盾が肥大化し、カルロスの身体をアキナから隠す。


 「盾が大きくなった!?悪いけど、一旦距離を取らせて」


 正面が駄目なら、側面でも背後でも回り込んで攻撃すれば良い。アキナに限らず、他の者でもそう考えるのは道理だろう。

 だが……。


 「貰……えない!?」


 アキナの剣を、カルロスの盾がガッチリ咥え込んでいる。

 まるで生きた獣の様に牙を生やした大盾が、剣を拘束した。


 「前回優勝した時に授かった盾━━『牙の盾ファング・オブ・シールド』。捉えた獲物は……離さない!」

 「ふえっ!」


 言い放ったカルロスはアキナ毎、高速で移動を開始。

 先の攻撃の返礼と言うかの様に、剣を離さないアキナを縦に横にと振り回す。

 同時に詠唱を始めた。 


 「【輩足る汝は焔の精。永遠に熱き、煉獄の悪夢を与えよ】」


 一息で起句から本唱を終え、素早く自身の魔法を発動する終名を高らかに叫ぶ。


 「【ナイト・オブ・ヴァーミリオン】!!」


 カルロスの声に答えた炎の精霊が、移動をし続ける2人を炎の膜で包み込む。

 本来の使い方は逃走しようとする魔物や罪人を捕らえる為の魔法の牢に、カルロス諸共閉じ込めた。


 「あちちち!?」

 「余所見は厳禁なんだろう?」


 自分自身の魔法で身を焼かれながら、それでもカルロスは笑い、駆ける。

 冒険者として活躍していた時、昨年優勝を果たした時……今、この強敵を押し込む先を見て。


 「【夢に見るは蒼く輝く白い宝石】」

 「いっ!?」


 炎の檻が向かう先は、詠唱を始めた彼女の元。

 仲間2人に強化を施され、使える唯一の魔法の中で硬度の高い物を解き放とうとしているフレスミの元。


 「【深々と空から舞い降り、大地に積もれ】」


 水と大地の精霊が混ざり、美しく強固な氷がフレスミの前に現れ始めた。


 「【アイス・ピラー】」


 終名を以て完成された巨大な氷が、壁の形を成して聳え立つ。

 通常ならその氷の壁に、捕らえた獲物を叩き付け、発生する爆発により相手を屠る2人の連携だが、更に。


 「全てを己が力と成せ、『深淵の鎌(アビス・サイズ)』!!」


 手に持った大鎌、『深淵の鎌』が『アイス・ピラー』を飲み込み、巨大な氷の刃を作り出す。


 「はあああああ!」

 「だあああああ!」


 渾身の気合いと力を打つける……

 瞬間、アキナが片手だけ剣から離し……呟いた。


 

 「『精霊憑依━━赤』」



 誰もがアキナの敗北を予感した。

 昨年の武芸祭でも巻き起こった大爆発を予期して、衝撃に備えた。

 ……しかし、辺りを包むのは静寂。

 目に映るのは、盾の牙を砕かれ、氷の刃を折られ、愕然としたカルロスとフレスミの姿。


 「……牙が……折られた?!」

 「魔法を喰らった大鎌が!?」


 『牙の盾ファング・オブ・シールド』も、『深淵の鎌(アビス・サイズ)』も、昨年優勝した賞品として2人に与えられたこの世界に二つとない武器である。

 

 「【あははははは!良い、凄く良いよ!こんなに早く切り札を一つ使わされるとは思わなかったもん!?】」


 そんな武器を物ともせず、対峙する2人の心共々へし折ったアキナは……燃えていた。

 比喩ではなく、実際に赤熱し、誰も見たことがない……「精霊」が現実に居たとすればこんな姿をしているのだろうと見た者を錯覚させる。


 「【そんなお二人には……ボクもやる気を出さないと失礼だよね】」


 剣の切先を空に向け、目を細め、集中。

 ただそれだけで炎が集まり形を成す。

 次にアキナが口にしたのは……()()

 


 「【ファイアー・ボール】」



 「詠唱は?!」

 「何故魔法が発動する!?」


 魔法の工程に例外はない。

 「起句」に始まり、「本唱」を唱え、「終名」を以て「詠唱」となる。

 固有でも、汎用でも、そのルールは変わらない。

 ……しかし、目の前の少女は……その不変とも言うべきルールを破った。


 「【んふふ……何でかは秘密!】」


 勿体振る様に片目を閉じ(ウィンクし)、同時に、カルロスとフレスミの頭上に創り出した火の玉を……落とす。


 「……カルロス……あの炎、止められるよな?」

 「無理に決まっているだろう」


 一般的な『ファイアー・ボール』は、使用者の保有する魔力量や練度に左右はされるが、直径で20~40センチと言われてる。

 だが、落ちてくる火球のサイズは目測で直径20「メートル」程だろう。

 フレスミやカルロスの仲間が2人を守ろうと躍起になるが、彗星と化した巨大な炎球は……二チーム6人と周辺一帯を消し炭へと変えた。

 後に残るのは、耳が居たくなるような静謐と、満面笑顔のアキナだけ。


 「んあー!楽しかったぁ!!」


 身に纏った炎が消え去り、自分達のスタートラインに居る仲間2人と合流する為に歩き出す。

 魅せる後ろ姿は、性別や出立ちが違っても……世界を救った《英雄》に酷似してる様に観客は思う。

 《英雄》にして【最強】の、五百神灰慈に。



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