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異世界の英雄はもういない  作者: 天山竜


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5-④-4.雪月花〜2人の『矜持』


 

 「ワタシの相手は君ね、斥候(スカウト)の狐ちゃん?『武装連邦クレヴェル』の『剛拳寺』ルルナだよ!」

 「……スレイ」


 お互いの自己紹介が終わったが、スレイにいつもの様な元気がない。

 今まで接して来たヘルバ村での面々よりも、嘗て籍を置いていた『救済の戦士団(ヘイズルーン)』の面々よりも。

 相手を見下し、貶すルルナに……ただただ強い嫌悪感を覚えているのだ。


 「お喋りは嫌いかな?」

 「……少なくとも、相手をバカにするような奴は嫌いだね」

 「あはは!自分の古巣を貶されて怒っちゃった?沸点低ぅ!!」


 相手を……この場合で言えばスレイを煽るのもルルナの戦法の一つである。

 思い付きで相手を貶し、されども相手の観察も忘れない。

 何も考えてない仕草や口調は相手の油断を誘う為……意外に強かな一面を見せるルルナに対し、スレイが答えた。


 「それは別に?『救済の戦士団(ヘイズルーン)』が討伐を失敗したのは事実だし、アタイの名前を知らないのもどうでも良い」

 「だったら何に━━」

 「けど、友達をバカにされて黙ってられるほどお人好しじゃない!」


 2人が喋ってる間も、拳と矢は相手を落とさんと空を切る。

 戦場が空中から陸上に代わってからも、言葉と攻撃の応酬は止まる所を知らない。

 ルルナが距離を詰め、拳や脚に因る体術を繰り出すも。スレイが全て躱し切る。躱し、少しでも距離が空けば間髪入れずに矢を放つ。だが、ルルナの反射神経は悉く矢を打ち落とし、自分の体に刺さる事を許さない。


 「きゃは!じゃあ撤回させてみな!?」



 「【狒々狩り】!!」



 スレイが同時に放った五本の矢が、走るルルナを木々の間を縫う様に追い掛ける。

 実体を持つ矢に魔力で命令を書き込み、追尾(ホーミング)する機能を持たせたスレイ必中の技……だが。


 「やるねー!で・も・ぉ、当たらなきゃ良いだけよねぇ?」


 その矢を全て見切り、躱し、捌くルルナの技量は間も無くRランクも頷ける。

 一本、また一本と盾にされた木に当たり……やがてルルナを追う矢は無くなった。


 「もういいや」

 「は?」


 『狒々狩り』と呼ばれた技を出したスレイが、手に持つ弓を背中に仕舞う。

 攻撃を躱し切り、今は木の上に立つルルナへと真っ直ぐ歩み、……止まった。


 「なぁに?もう諦めちゃったのぉ?」

 「うん、もうお終い。……後は」

 「なら!アンタもここで退場しなさいな!【徹甲脚】!!」


 言葉を聞き終える前に樹上から跳び上がり、ルルナが自らの技の照準をスレイに向けた。魔力を伴った必殺の蹴りは鉄をも貫く威力を秘める。その技を、スレイに向けて繰り出した。

 繰り出そうとした。


 「……後はアンタをぶん殴ってスッキリするから」


 その言葉が合図だったのか偶然か、蹴りの形をしたままルルナが空中で静止した。


 「は!?ぐぎぎ……なに、動けない?!一体何したのよ!?」

 「別に?ただアンタがアタイを侮って、闇雲に動き回るから、アタイが仕掛けた糸に気付かなかっただけでしょ?」

 「糸!?」


 言葉を受け辺りを見渡せば、スレイが放った矢の矢筈から、不可視の糸が光に反射し薄ら見えた。

 そこかしこに張り巡らされた糸が、無数にルルナの身体に巻き付き、キツく絡みあって動きを縛る。

 この糸はスレイの魔力で出来ていて通常の物とは比べ物にならない耐久性だ。

 だが所詮、糸は糸。ルルナがその気になれば物の数秒で脱出出来てしまうだろう。


 「……こんな物!?」

 「最近ちょっと自信なくしてたからさー!ちゃんと罠に掛かってくれて……少しだけ感謝してあげる!」


 糸を断ち切ろうと身体に力を入れようとしたルルナの間近で、いつの間にか接近したスレイの声が降ってくる。

 ルルナが見上げた場所には……。 

 弓を構える様に自分の拳を引き絞り、矢を放つ前の眼光で見下ろすスレイの姿。


 「ス、スレイ!!」

 「そ!アタイは元『救済の戦士団(ヘイズルーン)』、今は『狐火亭』のスレイだよ!」


 打ち出された拳はルルナの鳩尾を正確に貫いた。


 「がっ!?」


 まともにスレイの拳を受け、受け身も取れずに地面に落下。

 間も無く、地面で動かなくなったルルナの身体が粒子になって空へと消えた。



 「あー!スッキリしたー!!」



 満面の笑みで見上げたスレイの瞳。

 古巣がどう言われようが構わない。だが、そこに所属していた友達(なかま)を悪様に言われ、憤慨したスレイの勝利である。



 ※※※※※※



 スレイとルルナが闘い始めたのと同時刻。


 「『武装連邦クレヴェル』、『剛拳寺』Aランクのリリムです」

 「ニーナと申します」


 前の闘いを「動」とするならば、ニーナとリリムの闘いは「静」。

 リリムもニーナも、腰を折り、頭を下げ、相手を敬った丁寧な自己紹介を交わした……かと、思いきや。

 顔を上げたリリムの目は下目遣い。ニーナを見下し、口の端を僅かに上げて格下と決め込んだ表情をし。

 片やニーナはやや上目遣い。萎縮するでもなく、恐怖するでもない。敵を前に、己が闘争心を最小まで抑え込んだ表情と、お互いの本質を垣間見せていた。

 口火を切ったのは、リリム。


 「あら、それだけですか?他にも飾る肩書きが有りそうなものですが……」

 「それは自分のランクですか?それとも宗派や出身でしょうか?」


 リリムが出身やランクを入れて自分の名前を言ったのに対し、ニーナは名前のみ。


 「どれも全く意味がありません。大切なのは心ですから」


 自らの胸に手を当て、目を細めて、静かに微笑む。

 これはニーナの本心だ。

 思い描くのは、敬愛する恩人の顔。そして友と呼べる者達。

 ニーナに取って、自分の名前よりも大切なものがあると言外に語る。

 ……肩書きなど、取るに足らないものだと。

 この言葉を聞いたリリムが、この日初めて、一瞬とは言え表情を崩す。


 「お説教ですか?」

 「いいえ?常日頃から、私自身が心掛けていることです。リリムさんは肩書きと言うものに拘っている様ですね?」

 「はい!ニーナさんの仰ったもの全て付けるだけで大抵の人は跪いてくれますから」


 リリムやルルナが育った『武装連邦クレヴェル』は、良くも悪くも弱肉強食である。

 どれだけ小さくとも、どれだけ貧しくとも、強ければ全てが許された。小さき者は大きな者を踏み倒し、貧しき者は富める者から奪い取る。弱者が下に、強者が上へ。

 そんな国ともなれば見た目で実力の有無を判別するのは難しい。

 強弱関わらず、腕に覚えがある者を強制的に黙らせる……それがリリムが認識する肩書きと言うものだった。

 それを聞いたニーナは……静かに笑う。


 「……ふふ」

 「何が可笑しいのでしょう?」

 「いえ、私が知るお方はその肩書きが大嫌いな御方なのに、皆その強さに傅きます。人も……精霊さえも。何だかリリムさんは……可愛いらしいお人柄なんですね」

 「……お喋りは此処まで。後は貴女の泣いて平伏す姿を見て終わりにしましょう」


 ニーナの言葉を挑発と取ったリリムが構え、その敵意を解放した。

 今まで会敵した者達は、リリムの肩書きに恐れ慄き、其れを聞いた上でも向かって来た者達はリリムが握り締めた拳で地に臥してきた。

 だが当のニーナは涼しい顔。


 「いつでもどうぞ?」


 変わらず、力まず、姿勢をやや広げて言葉を放つ。

 敵意を殺意に変えて、リリムが瞬く間にニーナを射程圏内に捉えた。


 「僧侶(プリースト)風情が!その顔、グチャグチャにして差し上げますね!?」

 「先程、リリムさん自身が……相手を侮るなと言ったばかりでは?」


 ルルナが縦の動きに優れている《武道家》なら、リリムが得意とするのは横の動きである。

 彼女達が身を置く『剛拳寺』、引いては『武装連邦クレヴェル』内に、リリムやルルナの動きを見切れる者は少ない。

 ……しかし。 


 「なっ!?」


 浮かべた微笑みを崩さず、瞬きすらせず、難なくリリムの拳を躱すニーナ。


 「チェェェイ!!」


 初撃を躱されはした。が、そこからリリムの流れる様な連撃が唸る。

 両拳に加え、両脚・両肘・両膝、果ては頭や肩も取り入れたリリム得意のパターン、『流連撃』。

 だか、ニーナには当たらない。全て見切られ躱される。

 

 「貴女、僧侶(プリースト)ではありませんね!?」

 「いいえ?正真正銘の僧侶です。ですが、慣れと言うものは怖いですね。貴女の攻撃より速い拳を見ていると……とても遅く感じます」


 喋る最中も、攻撃が止む事はない。

 先程までの取り繕った表情は何処へ行ったのか、リリムの顔が焦りで歪む。


 「この『剛拳寺』最速のワタシより速い奴がいるとでも!?」

 「速いどころか、強い方も意外に多いですよ?もっと広い視野で世界を見る事をお勧めします」

 「くっ!?……うふふ、ですが……攻撃をしなければ貴女の勝ちもないですね!?」


 リリムがニーナから距離を取り、その周囲を高速で動き回る。


 (ワタシだけで勝てずとも……ルルナが来れば!)


 撹乱、及び時間稼ぎ。

 例え自分の動きが見切られていようと、攻撃が効かない訳ではない。そう踏んだリリムが下した判断は、間も無く来る筈のルルナとの共闘だった。


 (攻撃手段のない僧侶(プリースト)を掻き回す位━━)


 素早い速度で動き回るリリムがニッと口端を吊り上げた時、ニーナの声が鼓膜を揺らす。


 「では……参ります」

 「━━がはっ!……は?」


 腹部に強く鈍い、痛み。

 視線を落とした先にあるのは、ニーナの手にある短杖の()()


 「……短杖が……伸びた?!」

 「リリムさんの言う通り、私自身にはあまり攻撃力はありません。でしたら……武器の攻撃力を上げたらどうかと彼の方は仰っいました。その私用に作られた物です」

 「そ、そんな!?ワタシが……僧侶(プリースト)如き……に」

 「油断はいけませんが、慢心はもっといけませんよ?」


 ゆっくり、しかし確実にリリムへと歩みを進める。

 やがて辿り着き、美しい所作で短杖を上段に構えた。

 微笑むニーナは、ある種の神々しさが見てとれ、その光景を最期にリリムの意識は闇に沈んだ。


 「さて、残るは……」


 敗者(リリム)の粒子が風に乗って消えるのを見送り、この試合で最後の闘いが行われている方向へ瞳を向けた。

 そこでは……

 



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