16. 『極大』魔法
今傷つけた斧の黒鰐や、顔だけ攻撃された大剣の黒鰐はまだしも、攻撃を全く受けてない筈の双剣の黒鰐も同じ変化が始まってるのはどういう事だ!?
「くろ」
俺の隣に駆け声を掛けて来たにはシロ。もう終わったのか?!
「ちょっとクロ!」
「ひゃぁぁぁぁ!」
ティアに、引っ張られて来たリリーナがあまりの加速に軽く目を回し、急停止で止まらず身体がふわっと浮き上がり着地。
いや……もうちょっと優しく運んであげなよ。
「二人共、そっちは?」
「……たおした」
「倒したけど……アタシ達の相手を倒したら、急に変な変身をアンタの三匹が始めたのよ」
早いな、マジで。それとも俺が慎重になり過ぎてるのか?
……何はともあれ。
あいつ等の変化は前回の黒オーガとは条件が違う?
条件は……「仲間を倒されたら」って言う所か?
相手が複数居る場合のセオリーは各個撃破と教えられた。黒鰐を造った奴がそうしたものに精通しているとしたら、これは罠と考えた方が良さそうだな。
って言う事は……。
俺が黒オーガを倒したのが相手にバレていて、その上で黒鰐を送り込んで来たって事になるのか?だとしたら……あの変化した黒鰐達は確実に俺を、いや、リリーナを含めた俺達を殺せると思って送り込んで来たんだろうか。
黒鰐から感じられる強さ、それはあの黒オーガと同等って所。それが……三体。
「クロさん」
心配そうに俺を見るリリーナの瞳が揺れてる気がする。そういえば、前に言われたな。
(私を置いて逃げて下さい!)
それは、出来ない。いや、してたまるか。
じいちゃんだったら。
エルさんが怖い。
……そういうんじゃなくて。
此処まで関わったこの子を、見殺しにする選択肢はもう俺の中には存在しない。
「大丈夫、俺達がいるから」
俺だけじゃ弱くても、此処には頼りになる家族同然な仲間が二人も居る。この状況なら負けない。
負けられない!
「リリーナの魔法も大したもんだしね、さっきみたいなの期待してるわよ?」
「しろも……がんばる」
「……!はい!」
ティアもシロも、リリーナに援護を受けたのだろう。さっきまで感じられなかった信頼感が生まれてる。
良い空気感だ。……それじゃ、さっさと済ませますか。
「前衛に俺とシロ、後衛ティア、補助にリリーナ。よろしく」
「頑張ります!」
リリーナの気合一声が聞こえてはないだろうが……黒鰐達の変化も終わった様だ。
「「「ZYAAAAA!!」」」
三匹が三様の咆哮を上げ、俺達に照準を付けた。
あれが最大だと言う保証はないし、仲間の死が引き金になっているならまだ変化する可能性も残ってる。って事は……先に戦った黒オーガより強くなりそうだ。
……出し惜しみしてる時じゃない。
『帯袋』から取り出したのは、『速度の種』と『技の種』。
『技の種』は神経強化━━反射神経で回避が速くなり、視神経が強化され相手の動きも良く診れる。
『速度』と『技』の組み合わせは過去に、ティアの雷魔法すら対応出来た。
が、問題が二つ。
一つ。既に昨日『速度の種』を使い、その副作用中であること。
二つ。三種一度に使うのは副作用が怖くて今までやった事がない。
三種の『種』を取り込んだ俺の身体がどんな悲鳴を上げるのか……不安はある。
だけど、『種』一つで今、この程度なら……行ける気はすると、……思う。……多分。…………きっと。………………おそらく。
ええい!?此処で死ぬよりかマシだ!男は度胸!!
意を決して二つの種を同時に口に放って噛み砕く。
「【月輪】」
剣の形態を『双月』から『月輪』に換装。
『力の種』の効果で常より軽く感じる『月輪』を握り締め、身体を引き絞る。
戦闘再開!
「くぉぉぉお!」
気合と共にその場から放った『月輪』が黒鰐達に風を切り裂き飛んで行く。
一直線で速度と勢いの付いた円剣の勢いは凄まじいが、軌道が読み易く、距離もあった為に三匹それぞれに躱される。そこは計算済み。
「は?」
「……え?」
「えぇ!?」
『月輪』を受け止めた先で聞いたのは遠くに聞こえる三人の驚く声。
「【月詠】」
手にした『月輪』を『月詠』に換えて振り上げたのは黒鰐達の背後。
……走ってみたら追い抜いたな。
「「「ZI!」」」
気配を感じたのか三匹の黒鰐が此方を向いたが、遅い!
俺から見て手前に居た双剣の黒鰐に向かって一閃。
相手の左肩から右脇腹に掛けての袈裟斬りが、鎧ごと体を深く切り裂きドス黒い鮮血を噴き出した。
手応えをあり。
此処から……先ず此奴を仕留める!
っと、この気配は?!
「【ガァァァ!!】」
大きく息を吸い込んだシロを感じ、上空にジャンプ。
『スタン・ボイス』が効いてるけど、今……俺ごとやったろ!?
「【音を引き連れ光を纏い、閃光と化して現れよ。その力の全てを差し出し命を聞け】」
いつの間にか精霊への呼び掛けを終えたティアの詠唱が始まってる。
確かあれはティアが持つ最大最速の……
え、ちょっと待って俺距離近くない?
「【光の砂糖を風で集めて、出来た衣は繭になり私達に食べられるのを待っている】!」
そうかと思えばリリーナの初めて見る魔法が三人を包み込み、
「【シルク・ヴェール】!」
カーテンの様に外界に隔たりを造っているがあれは多分、防護魔法……ティアの魔法の威力を届かせない為に。
……って、勿論俺は距離が離れているから入ってない?!
慌てて『月詠』を下に構え、その腹を蹴って後方へ方向転換。
やばいやばいやばい間に合えーーー!!!
今、ティアが放とうとしてる魔法は直線に射出する物ではなく、自分の指定した範囲に空から雷を降らす魔法だ。
だから……俺が真上に居ると確実に巻添えを喰らう?!
証拠に、俺が空中で範囲から脱したのを見たティアの口元がにやりと歪む。
こっちには届かせるなよなぁ!
「【炭と化せ、塵に返せ、有から無へと命を還せ】!」
晴天だった筈の空に一部分だけ雲が現れ、それが魔法陣の形を取った。……来る!
「【神鳴】!!!」
陣の中心から眩い光が灯った次の瞬間、爆音と共に地面に大穴が開いた。
耳が痛ぇぇぇ!
自然現象としての落雷を見た事はまだ無い。
が、きっと可愛く思えてしまうんだろう……これを知っているから。寸前で目と耳を庇えたが、それでも、耳鳴りがする位のデカい音に鼓膜が耐え切れず視界すら揺れている。
魔法の詠唱の長さは威力のデカさに比例するって言うのは常識にはなってるんだけど……いやそれにしたって、……久々に見ると本当に凄まじい魔法だな。
ぽっかりと。
そんな表現がしっくり来るほどの穴が大地に穿たれている。
あの三匹の黒鰐は果たして全て喰らってくれたんだろうか。
空中から辺りを見ると……一匹は黒焦げとなって見て取れる。傍に大剣が落ちている所から見ると黒鰐の成れの果てなんだろう。中心に居た双剣の奴は跡形もなく吹き飛んだとして斧の奴は?
…………まだ居る!
魔法の威力で吹き飛んで、三人の死角に居る!
慣性に従って地面に降りていたがそんな悠長な事をやってる場合じゃない!
先程の方向転換同様の方法で、三人が固まってる場所へと思いっ切り跳んだ。
「シロ!」
「っ!」
リリーナはあまりの魔法の凄まじさに惚けていて、ティアは大魔法を放った反動で手を膝に突き、肩で呼吸をしている。魔法の中は完全に音は遮断されているのか声に返答はない。が、シロなら!?俺の意を汲んだシロが一も二もなく、動作を止めている二人に跳び付いた。
「きゃあ!」
「ちょっ、ちょっと何!?」
リリーナの魔法が解けた瞬間に、シロが二人を道連れに倒れ込んだ。
その跡に。
銀色の軌跡が描かれた。
「「「!!」」」
三人とその直ぐ傍に着地した俺が目にしたのは、顔の半分が焼け焦げ左手が炭と化してるがまだ戦えそうな黒鰐。
「あ、あのトカゲ野郎。人の渾身の魔法を?!」
「いや、二匹居なくなっただけでもかなり違う」
三人娘のすぐ近くに着地、二人を守ったシロの頭をなでる。
「後は任せろ」




