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異世界の英雄はもういない  作者: 天山竜


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5-②-4.騒がしくない『晩餐』


 ━━シブレスタ 道具屋━━


 「随分賑やかですが、何かあったのでしょうか?」

 「あぁ、何でも食い物の感想を的確に教えてくれる子達が居るみたいだね」

 「そうですか」


 『シブレスタ王国』の城下町、裏路地にある道具屋で外套を羽織った女性が買い物をしていた。

 表通りからの喧騒あるいは熱気が壁を貫き、店内に居る彼女の耳にまで届いていた。


 竜胆の長い髪を一結びにして前に垂らし、外套越しにも分かる身体の造形は凹凸がはっきりと分かる程均整が取れている。

 被った外套に付いてる頭巾から表に向けた瞳は髪と同じ竜胆色。外套の裾から覗くのは豪奢なフリルの付いたスカート。



 彼女の名はムラサキ。

 


 「まだ食事をしてないなら行ってみたらどうだい?はい、ポーション三十本にマジック·ポーションを十本」

 「確かに」


 店主である老爺の前半には興味を見せず、後半にだけ返事をし代金を手渡す。

 明日からは武芸祭参加者から注文が殺到し、品薄になりそうな回復薬は動き出しがそれなりに早かったのかムラサキが想定した以上にスムーズに終わった。

 ポーションが四十本入った紙袋は相当な重さだが、まるで紙片を拾い上げる様な軽やかさで持ち上げる。

 並の男でも持つ事に四苦八苦しそうなものを軽々と持ち上げ立ち去ろうとする少女に興味が湧いた老爺が訪ねた。


 「お嬢さんも武芸祭へ出るのかい?」

 「いえ、同僚が参加します」


 それだけ言い残し、店の扉を開けて外へ出た。

 壁や扉を隔てない街の喧騒は中とは比べ物にならない位喧しく、またどこか楽しげでもある事に気付く。

 何か買って行った方が良いのではないか。

 幼い主人の横顔を思い出し、自分に備わる通信機能で連絡を取る為、耳に指を当てた。 

 

 「マスター。武芸祭への出場登録、ならびにリストにあった回復薬の調達、終了致しました」

 『ご苦労様』


 頭の中に広がる主人、ノイテ=ミル=ジルコニアの労いがムラサキの胸に満ちる。

 自分は『人造人間ホムンクルス』……感情や感覚はなくただ主人の良き道具であれば良い。しかし、この感覚は何なのだろう。甘く……痺れる様なこの感覚は。

 ノイテに出会うまでは知らなかった感覚がムラサキを悩ませる。


 「本日の食事は如何されますか?」

 『何処かのお店に入るより、貴女の作った料理が食べたいわ、ムラサキ』


 何気なく聞いた問い掛けに時間を置かずに返したノイテの答えは、更にムラサキの心を擽る。


 「畏まりました、速やかに帰還し準備致します」


 通信を終了し、ノイテが食べる食事の材料を仕入れに表通りに向かう。

 腕に感じる微細な重量感が消え、身体に力が漲り足取りが軽くなった……気がする。これは実際に起こった現象ではない。だがムラサキに取って、主人の元に一早く状態になったのは喜ばしい。

 心に「悦び」と言う感情を持ち、ムラサキは軽やかな速度で進む。


 すれ違う人々が歩く彼女を目で追ってしまうのは……外套で頭から姿を隠した人物が、大きな荷物を抱えて、スキップで自らの横を通り過ぎたからだろう。

 



 ━━シブレスタ 宿屋━━


 鎧を脱ぎ、簡素な姿で街へと赴き、必要な物を揃えた。

 途中、異様に祭の熱気が高かった一角で幾つか食事も調達し、仲間……主と認めた少女が待つ部屋の前に立ちノックをしようと手を掲げる。

 その前に━━



 「おかえりリンちゃん!」



 勢い良く引戸が開き、中から満面の笑みを浮かべた一ノ瀬明奈が出迎えた。


 「ただいま、アキナ。途中、評判が高い屋台で食事を購入しましたよ」

 「さすが!じゃあ早速ご飯にしよっ!」


 明奈がリンの手を引き、部屋に招く。

 元気溢れる子供を見ている様な気持ちになった厳しい女騎士の口元が綻ぶ。明奈が取った宿は広く、簡単な食事を作れるキッチンも付いていたが今回同行したメンバーが誰も料理を作れない。そのキッチンに転がして置いた男の姿が見えず……緩んだ口元は、鋭さを取り戻した。


 「……それで?あの役立たずは何処へ?」

 「や、役立たず?ベルデ君の事?彼なら元気に街を見て回るって……」

 「ほう?気分が優れず、宿に着いてからも寝てたのに……ですか。随分と回復した様ですね」


 仲間の回復を喜ぶ口調ではなく、今この場に居らず、何の謝罪もなく遊びに出た同行者への殺意でリンが微笑む。この表情をした彼女が後にする事を思い浮かべ……明奈の血の気が、引いた。


 「出場の手続きや道具の買い出しを我々に任せて一番弱い人間が遊び呆けてると……そうですか。武芸祭に出場は出来なくなりますが見付け次第、やはり八つ裂きに━━」

 「リンちゃんが買って来てくれた物!?どれも美味しそうだね!?ボクもぅお腹ペコペコだよー!」


 殺意が膨張し正に破裂しそうな瞬間。

 その殺意の水位を下げる発言を繰り出す。その目論みは……的中。まぁ諦めた訳では無いだろうが一旦ベルデと呼ばれた男の問題は先送りにし、部屋に備えられたテーブルに屋台の食事を広げ出す。



 「……では先に食事と致しましょう」


 

 明奈の笑顔に釣られ、リンの表情が和らいだ。


 

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