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異世界の英雄はもういない  作者: 天山竜


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14. 『化物』を運ぶ手紙



 「……てき」

 「【━━ボルテクス・オーブ】!」


 またもや楽をしてしまってる。

 だってやる事がないんだからしょうがないじゃん?

 此処まではさっきも見た流れで、シロが索敵しリリーナが向かって来た『鱗牛』を上空に打ち上げだ。

 大きく違うのは、ここから。


 「【アタシの呼び声に応えろ精霊】」


 ティアが精霊に呼び掛け、詠唱を始める。ホントいつ聞いても……上から精霊に命ずる「起句」だなぁ。


 「【射抜け、貫け、素早く得物を打ち落とせ】」


 魔法の詠唱は、その詩が長ければ長い程、高威力なものが発動出来ると考えられている。

 が、その説をひっくり返したのが他の誰でもないじいちゃん、【最強】五百神灰慈だ。

 勿論《神霊》と契約し、『精霊』との対話が短く出来ていたと言うのもある。

 《神霊》は『精霊』の上位存在で、神霊を通した魔法は威力が強いと言うのもあるのだが……それより、何より大事な事があるそうだ。

 【最強】曰く。



 『魔法は努力で、威力が全く違う!』



 らしい。

 生まれ持った血統もあるがティアの場合、母親(エルさん)にしごかれまくったのだろう。

 その威力はどれだけ詩が短くても━━


 「【雷槍】」


 気合無く告げられた言葉に雷の槍が反応し、『鱗牛』の急所を貫いた。

 正に電光石火。

 あの槍、本気で速いんだよなぁ。


 「相変わらず、凄まじい威力だな」

 「そう?ま、此処ら辺の魔物ならこの程度の魔法で十分でしょ」


 何気なく言ってくれる。

 ティアは遠・近距離戦闘出来る。本人曰く遠距離はおまけみたいなものだそうだが……それを織り交ぜられて戦われると本当に、ほんっっっとに戦い難い。全部の攻撃が速い上に威力があるし、そもそも人間に『雷』を見切れと言って来るじいちゃんやエルさんは鬼だ。

 視線や詠唱から次に放たれる魔法を予測し備えなければ避けられないんだよ?当たったら痛いじゃ済まない威力もあるんだよ?


 「で、場所ってどの辺だっけ?村とアンタん家の真ん中くらいじゃないの?」

 「えっと、『砂場』って言うところってどんな所なんですか?」

 「しろも……きになる」

 「お前は行った事あるだろ」


 忘れたの!?

 この森はユグさんが作ったが、じいちゃんが大元の案を出した。

 湖があり、樹が立ち、かと思えば岩場だったり草原が広がっていたり……

 その草原を、じいちゃんが新しく開発した魔法の試射をして只の更地にしてしまい、森が壊されるのをマジで嫌ったユグさんがそのまま残した場所。それが通称『砂場』だ。ヘルバからも、俺達の家からも遠いから不便だと文句を垂れたじいちゃんだったが、激しくキレたユグさんに負け、以降そこのみで魔法の開発・試射をやっていた。

 俺もシロもそれに付いて行った事があってそこで……あまりの広さにシロのテンションが上がり猛スピードで駆け回り、じいちゃんが慌てて追い掛けたがそれすら面白がって全力でシロは逃げていた。

 後に残されたのはズタボロに疲れ果てたじいちゃんと満足気なシロだけだった。……思考が逸れた。


 「『砂場』はじいちゃんが魔法の試し打ちをしていた場所なんだ。ヘルバから南東に行ったところだけど、まぁそこまでは行かないと思うよ」


 ちなみに村から東に行ったら俺達の家があり、昨夜の出来事は家とヘルバを結んだ線上で起きた。

 これだけ想定よりも逸れてるって事は森の変動に巻き込まれ跳ね飛ばされたか、或いは魔物の移動で吹っ飛ばされたか……もしくは……


 「あと少しで着く。シロ、リリーナの匂いは追えるか?」

 「……むり……もりの……におい……つよい」

 「じゃあ探しながらね……バラける?」


 悩みどころだな。何があるか分からないし、ユグさんの悪い予感も気になる。

 散り散りになるのは避けた方が良いのだろうか?

 考え込んだその時、少し離れた所から甲高い鳴き声が聞こえた。


 「KYRURUUU……!」

 「何だ?」


 声の大きさから動物ではなく、魔物……しかもここら辺に生息してる奴ではない。


 「くろ……まずい」


 そう呟いたシロが急に鳴き声の方に向かって駆けだした。

 え?何事?


 「にもつ……とられた」

 「え!?」


 シロに皆して追走し、その言葉にリリーナが驚嘆の声を漏らした。

 って、荷物を盗られた?


 「にもつ……たいりょう……らっきー……って……いってる」


 シロは魔物の声を聞き分ける。

 ここらに住む魔物は人を襲う事はあれど人の荷物に興味を示す奴はいない。


 「あ!あれじゃない!?」


 ティアの指差す方は……空?

 そこには大きな翼を広げ、空に浮かんでいる。その足には……旅用の少し大きめの鞄。


 「私の荷物!?あれです!」


 図鑑で見た事ある。あの魔物は確か……『盗賊鳥』。

 人自体には興味を示さないが、人の物を好んで盗って行く火事場泥棒的な、非常に迷惑な魔物って書いてあった。


 「あのまま飛んで逃げられたらアタシ達が此処まで来た意味がないわよ!」


 俺達に気付いたのか『盗賊鳥』がグングン高度を上げ、やがて自分の帰る方を向く。

 あー!ホント迷惑な!


 「ティア、奴の翼を。リリーナ、俺を上に。シロ、下で荷物を」


 その場に居た全員に指示を出して速度を上げる。

 あ!ついいつも通りに言ってしまった!?

 ティアとシロには伝わったと思うけど、リリーナは━━


 「【ボルテクス・オーブ】!」


 分かってくれたみたいだ!あの子の空気読む力凄いな?!

 駆ける俺のすぐ前に風の珠が発生した。


 「行かせないわよ!【雷槍】!」


 超スピードの雷の槍が二条、今正に飛び去ろうとした『盗賊鳥』の翼に穴を開け、副次効果の麻痺が一瞬の停滞を誘った……ここだ!

 走る速度はそのままで、背中の剣を抜き眼前に出た風の珠を踏み付け、俺は大空に向かって飛び上がった。

 ━━ってこれ怖ぇぇぇ?!

 予想外に高度高くて、しかも射出速度が速ぇ!?

 遥か遠くに見えていた『盗賊鳥』が一瞬で目の前まで来てた!


 「ふっ!」


 その勢いを殺さず、いや殺せず!?『盗賊鳥』の腹に突き込み風穴を開ける。

 追い越し、落下していく『盗賊鳥』の下でシロが自らの脚力で飛び上がり、盗賊鳥が落とした鞄を掴んだのが見えた。

 って高ぇ!こんなに飛び上がれるモノなんですか!?

 やがて俺も自由落下を始め、落ちる恐怖と闘いながらなんとか着地。

 ……今後、この方法で跳ぶ際には心の準備をしっかりしよう。


 「クロさん!大丈夫ですか!?」

 「あんなに跳べるもんなのね」


 次、跳ばなきゃいけない時は絶対にニヤニヤしてるティアに跳んで貰おう。


 「リリーナが意図を汲んでくれて助かったよ。荷物は?」

 「……ぶじ」


 得意気に鞄を掲げるシロの頭を一撫でし、鞄が無傷である事を確認して持ち主に振り返る。


 「一応中身の確認を」

 「はい!ありがとうございます!」


 鞄を受け取り、中身を確かめるリリーナ。

 辺りを見やると、すぐ先は何もない荒野と化したただっ広い場所、『砂場』の入口付近である。


 「ホントに何もない場所なのね?」


 俺の後ろからティアが忌憚のない意見を述べて来る。

 これ、全部じいちゃんの仕業なんだぜ?


 「だから言っただろ。特に何かある所じゃないって」


 しかし久々に来てみると、……本当に何もない。

 木どころか草の一本も生えてない。さっきまで歩いていた森の中とは別世界だ。

 一体、何の魔法を撃ったんだ、あの非常識大魔導士は。


 「おぉ……かんどう」

 「ししシロさん、返して下さい!!」


 後ろからそんな叫び声が聞こえて来た……ってシロが何か盗ったのか?人様の物を盗る様な事は教えてない筈なんだけどなぁ。


 「シロ、何やってるん━━」

 「くろ……これ……おおきい」


 振り返るとそこには……可愛らしい意匠が散りばめられた可憐と言う表現がピッタリ来るけど、繊細さの中にも微かな大人の色気が混じった下着(ブラジャー)を顔に当てたシロが、ってマジで何やってんだよぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおぉぉぉ?!?!


 「…………止めろ」

 「よそう……より……でかい」


 何の予想だよ!って言うか本当に俺に見せないで!

 顔を逸らし、リリーナに返すように言っても逸らした顔の方角に回り込んで見せようとして来るのは一体何故なんだ!?


 「……リリーナが困ってるだろ」

 「しろも……こういうの……ほしい」

 「エルさんに相談しろ」


 俺にブラジャーを見せつけるのを止めろぉぉぉ!


 「くっ!マジでデカいわね」


 何でティアは悔しそうにしてるんだよ!


 「りりーな……かえす」

 「……あ、ありがとうございます……」


 荷物を改め終えたリリーナが、顔を真っ赤に……若干涙目で下着を受け取り素早く鞄に詰める。すいません、本当にすいません。


 「お、お見苦しい物を……お見せして、すみません」

 「いや、こっちこそシロがすまない」

 「「………………」」


 リリーナが可哀想な位プルプル震えて蚊の鳴くような声で謝罪してくる!?悪いのはシロだから!リリーナは本っっっ当に何も悪くないから!……ふ、フォローした方が良いのは分かるんだけどどうすれば良いの!?何かこの沈黙凄く重たい!!


 「えぇと」

 「で?……中身は無事だった訳?」


 底冷えのする様な声音で俺達の間に入って来たのはティア……なんだけど……いや、何か空気感は戻ったんだけど……え、何でそんなに怒ってるんですかね……?リリーナも軽く怯えてるし……此奴やっぱりエルさんの娘だな。


 「……しろも……かわいいの……つけよう」


 お前はちゃんと反省しろよぉぉぉ!?


 「えっと、荷物は大丈夫でした。後、これが依頼書です」


 差し出された一通の封筒。それにリリーナが狙われる手掛かりがあるかどうか。


 「見せてもらっても良い?」

 「はい」


 リリーナが封筒を開き、便箋を手に取り、外気に触れさせた━━瞬間。

 ゾクッと背筋が震えた。


 「手放せ」

 「え?」


 リリーナの返事を待たずにその手紙を強引に奪い取り、投げ出す。紙を投げても大した距離も稼げないがそんな事は頭から抜け落ちていた。

 投げ出された手紙が、地面に落ちる前に空中で静止し、そこから黒い(もや)が渦巻き始める。

 あの時、黒いオーガを初めて目にした時に感じたもの……。


 「ティア、シロ━━警戒しろ」

 「……ん」

 「ちょっと……何なのよアレ」


 俺の声で二人が戦闘態勢を取る。リリーナを最後列に三人で陣形を組む。

 ……来る!

 


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