12. 『神霊』現る
「……なーんてね~」
……へ?
同じ笑顔もオーラが消えると途端に華やかな印象に変わる。
「どういう事ですか?」
「リリーナちゃんが居ると話し辛いかと思って~」
あ、そういう事?なんだ、ほんの少し……殺されるのかと勘違いしちゃったよ。安心して涙が……出そうだ。
エルさんが新たにお茶を淹れてくれ、椅子を示す。座れって事っすね。
「それで~?クロちゃんの見解は~?」
エルさんが言ってるのは、俺に「予想位は付いてるんだろ?」って事なんだろう。
確かに分かってる事は少ないし、不思議な事もあるもんだと済ます事は出来るけど。
「多分……まだ確証はないですが、……リリーナは狙われてます」
「状況から考えるとそうなるわよね~」
「それと……これをエルさんに見て貰いたくて」
テーブルの上に一つの『核』を差し出す。
「あら~、クロちゃん……これって魔物の『核』?でもこんなの見た事ないわね~」
「これは……先程の話に出た黒オーガの物です」
「……手に取って見て良い~?」
「えぇ。その為に持って来たんですから」
一通りは俺も調べてみた。
師匠の滑らかな指が、『核』の表面を撫でる。
「何か~手触りが違うわね~」
「この表面に、薄い膜の様な物が張り付けられてます」
師匠の様な経験がなく、本から得た知識だけだと本当にそれが可能かどうか分からない。が……多分これは。
「死霊術……死んだ魔物の肉体を甦らせ、使役したんじゃないかと」
《死霊術》
禁術とも外法とも言われてるもの。
そう呼ばれてるだけあって本でもその具体的な内容までは書いて無く、しかも主な用途は死したモノに掛けるものとだけ記されていた。俺も実際に見た事はないし、じいちゃんも『アレは嫌いだ』と言っていて使えるかどうかではなく、絶対に教えてはくれなかった。
生きる事を尊び、喜び、楽しんでいたじいちゃんらしい意見ではあるが、今にしてみれば無理にでも聞いておけば良かったと思ってしまう。
「けど、仮に死霊術だったとしても……実際に見るのは初めてだから良く分からなくて」
「私にも分からないわね~。こんな『核』見た事ないし……ふふ、ハイジが居たら絶対に許さなそうね~」
気に入らないものはトコトン潰してたじいちゃんなら……使っていた奴も、方法もまとめて潰していても何ら不思議はない。
「死霊術を使う人が居た様な〜、居なかったような~……もう、こんな時ハイジが居てくれたらちゃんと分かるのに~!」
「確実に会ってます?……じいちゃんも会ってるなら、それこそ相手を確実に滅してる気もするんですが……」
「そうよね〜……ん〜、何で覚えてないのかしら~?」
それは歳の所為なのでは━━ゴォッッ!
……いつの間にか俺の右頬すれすれの所に師匠の手のひらがあった。
貫手……相手を突く技で、エルさんのは大木を穿つ。
顔に風穴開けられそうな空気に……汗が、遅れて、噴き出た。
「何か失礼な事考えてなかった〜?」
綺麗に揃えられた手が俺の頬をなでる。
ニコリとした優し気な表情に、滲み出る……殺気。
「いえ、何も」
仮面の効果で俺の焦りがバレてるとは思わない。が、何故考えてる事がバレたんだ!
はふんと大きく溜息を吐いて、悩まし気に突き出していた片手を戻し、頬に添えたと思ったら、そのまま目線だけを俺に向けてきた。……え、睨まれてる?もう何も考えてません本当です!
「それで~?これからどうするの~?相手の目的や理由は分からないとしても、このまま放逐なんてしないわよね~?」
あ、そういう事。
俺がリリーナを放り出すのではと考えて?
それはない。そんな事、じいちゃんにも、師匠である貴女からも教えられてないでしょ。
「乗り掛かった船ってやつです」
守れるか守れないかではなく、最大限守る。結果がどうなるか責任は持てないが……
「ん、よろしい~」
「先ずはリリーナの荷物の在処をユグさんに探して貰います。俺は異質な「者」の気配は知らされても、遺失な「物」を探す能力は与えられてませんから」
「魔物とか~人間なら~有る程度の気配は分かるんだけど~。流石に物は私もねぇ~」
「どうするか尋ねられたって事は少しは頼りにしても良いんですか?」
「あんな良い子、放って置けないじゃない~」
片目を瞑り、微笑みながらそんな事を言うのはもうリリーナはお気に入りって事なんだろう。エルさんがどれだけの人間と付き合って来たのかは分からないが俺もシロも、エルさんに気に入られた時はじいちゃんに物凄く驚かれた。
『素直で、可愛くて、礼儀正しい子は大好き~!』とエルさんは言っていたが、俺もシロもそこに当て嵌まっているとは思えない。うーん、良く分からん、エルさんの基準が。
「それに~」
「……それに?」
「ハイジから頼まれてるのよ~。貴方がやりたい事には極力付き合ってやってくれって~。でも頼まれたからだけじゃない。私がそうしたいと思うからそうするのよ~」
……初耳だ。
じいちゃんがエルさんにそんな事を頼んだのも、エルさん自身がそう思ってくれてる事も。
「クロちゃんもシロちゃんも、もう家族みたいなものでしょ?」
「……ありがとう、ございます」
だから、ちょっと……照れる。
「リリーナの準備が出来たら、手土産を見繕って━━」
「酒が良い!」
そう、ユグさんは大の酒好きだ。食は摂らなくても大丈夫な神霊の唯一の楽しみら━━
……は?
「ユグさん?」
「何じゃ?」
「何じゃ?じゃなくて何故ここに」
あまりに自然に話に入って来られて当然の様に受け入れたけど、何でここに居んの!?
「森ばかりにいたら身体が鈍るじゃろうが」
「たまに村に遊びに来てるのよ~?」
さも当然の様にエルさんが捕捉をしてくれるんだけど、あんた神霊だろ!?こんな簡単に出て来んな?!
「ママー、これで良い?ってあれ?ユグさん来てたんだ」
そこへ見立てが終わった三人が帰って来た。
「ユグ……さん?」
「ゆぐさん……ひさびさ」
リリーナが疑問を抱くのも、まぁ当然か。
「この娘が例のアレじゃな?ってをい!シロ!人の頭を撫でるでないのじゃ?!」
エルさんに恐怖しても、ユグさんには何の遠慮もないシロが頭を撫でてる。その人、人?凄いんだからな。
着替えが終わり、茫然とユグさんを見詰めるリリーナに説明しておかないと、なんて考えてたらシロが紹介を始めていた。
「りりーな……このちいさいのが━━」
「小さい言うな!」
「ゆぐさん」
「ちゃんと名前で言わぬか?!」
合間合間で突っ込みを入れるユグさんが少し可哀想で可愛い。
「……って言うのは俺達が使ってる通称で、正式な名前は《ユグドラシル》って言う……」
「ユグドラシル!?ってあのイオガミハイジ様が契約をしていたと言われる《神霊》ユグドラシル様ですか!?」
俺の捕捉を正確に受け取ってくれて何よりなんだけど……本当に詳しいね、君。よほどお母様とリリーナ、じいちゃん達の大ファンみたいだ。
《神霊》ユグドラシル
可視化出来ない精霊と違い、人の目に触れる事の出来る超常の存在。
が、目にした人はほとんど居なく、まして契約なんて出来たのは一握りの選ばれた人間だけだと言う巷の噂。どうやら噂ではないらしいけど。
神霊との契約方法は多岐に亘り、問い掛けに答えられたらとか腕試しとか、シンプルに気に入られたりとか様々。まぁ、本当に気になった相手の前にしか姿を見せないからそれ以外は偶然会ってって言う話だけど。
じいちゃんが『魔導師』と言われる所以はユグさん以外にも多数の神霊と契約していたからだと言うのはユグさん談──中でも取り分け仲が良かったのはユグさんともう一柱らしいが。
「この娘っ子が言う様に妾は凄い存在なんじゃぞ!?もう少し敬わぬか!?」
って、俺達に言われてもなぁ。
見た目、髪の色が珍しい新緑色の可愛らしい……幼女だ。
これまた珍しい異国の衣装『キモノ』を纏い、本人は妖艶に見せている……が、幼女なんだよな。
ちょっと背伸びをしている小さな女の子って感じで何をしてもほんわかしてしまう。
知識は凄い。
それこそじいちゃんに知恵や知識を授けたのはユグさんだと本人が言っていたから、うん、尊敬の対象ではあるんだけど……それを差し引いても子ども扱いしてしまう。
「だってユグさんの凄い所を見た事ないんだもん。いつもダラダラして帰るじゃない」
と、ティア。そんなに頻繁に此処に来てるの?
「ゆぐさん……そんなに……すごいの?」
と、シロ。俺達はずっと前から知っているが、シロ自身はユグさんに別段用があるわけでもない。
「一緒に戦った仲なんだし~、今更よね~」
そんな俺達よりも前から知ってるからな、エルさんは。
3人それぞれの忌憚なき意見を耳にしたユグさんは……宣った。
「…………帰る」
拗ねたー!半泣きで拗ねたーーー!待った待った!聞きたい事があってこれから訪ねようと思ったのに帰られたら二度手間になるじゃん!?
「いや……ユグさんは凄いよ。作ってくれた『種』が無ければ俺は今頃どうなっていたか分からないし、森の事、世界の事を何でも知っている。流石《神霊》と謳われてる事はある」
「そうですよ!イオガミハイジ様の要の一柱で多くの方を守って下さったと聞いています!そんな凄い方にこうしてお会い出来るなんて……私感激です!」
俺の言葉は本音七割・引き留め三割と言った所だったけど、リリーナは全て本音だったからか━━帰ろうとしていたユグさんの足が止まった。
「……妾、凄いんじゃぞ」
「あぁ」
「何でも知ってるんじゃぞ」
「知ってる」
「誰が何と言おうと《神霊》じゃからな?」
「揺るぎない事実だ」
「なーはっはっはっ!妾を崇め奉るが良い!!」
よーーーし!持ち直した!
実際ユグさんには頼りっ放しなんだよな。
さっき本人にも言ったように、俺の『種』は《神霊》ユグドラシル謹製のものだ。アイデアや着想はじいちゃんだが、ユグさんが居なければ現実の物にはなっていないだろう。後は、この見た目にこの性格が大人っぽくなれば、もっと尊敬を集められるのではなかろうか。
「ゆぐさん……あいかわらず……こどもふが」
「シロまだ菓子が残ってるぞ」
余計な事を言いそうな口は塞いでおいて。
「で、そんな《神霊》且つこの森の番人たるユグドラシルに聞きたい事があるんだが」
「仕方ないのー!何でも聞くが良いわ!」
滅茶苦茶嬉しそうだな。頼りにされるのが余程気持ち良いのだろう。
もうエルさんもティアもシロも、ユグさんが拗ねる様な事は言わないでね?……面倒くさいから。
「この娘が森で落とした荷物がどこら辺にあるか、分かるか?」
「……ふむ」
リリーナを覗き込み、次にある方向を見た。
「村からはちょっと離れた所、……『砂場』の近くじゃのう」




