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異世界の英雄はもういない  作者: 天山竜


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4-27.鎧袖『一触』



 「【グゥルルルア】!!」



 これは。

 吠えたサガの姿が変化する。

 黒い体毛が全身を覆い、爪や牙が伸び、体の大きさは先程よりも更にデカく三Mに届きそう。二足で行動する獣人ではなく……四足の獣と化した。


 「これが我の『獣身化』だ。見たからには……明日を生きれると思うなよ」


 人の姿から狼の姿へと変貌したサガが巨狼の口から技能(スキル)名を明かすが……そんな名前なんだ。

 恐怖は……感じていない。初見であれば勿論驚いたとは思うが、ファルハス=オルタンシアに擬態したプルフラスも『魔獣化』と言ったものを使っていたし、何より……その技能(スキル)はシロも使えるし。

 俺が無言で見上げていた事を、自分の良いように解釈したサガが唸る様に嘲笑する。


 「……」

 「くく……恐ろしくて声も出せんか?」

 「いや……シロの使う技能の方が余程脅威に感じただけだ」

 「鬼狼如きと一緒にするな!」


 『偽りの感情(ペルソナ)』を着けているからか、俺の感情を読み違えていたサガに訂正をしたら急に激昂し尻尾から頭まで、全ての毛を逆立てた。

 事実、確かに強そうではあるがそれでも恐怖や畏怖を感じないのは……シロを始めとした俺の周りに居る人達の所為だと思う。

 【最恐】然り、《魔王》然り、【悪竜】や《神霊》、それに後ろで闘ったり、この場に居ない仲間達の。

 そちらの方がよっぽど怖いし、よっぽど━━強い。


 「折角本気になったんだ。良いから来い」

 「噛み殺す!」


 さっきとは比べ物にならない速度で巨狼が迫る。

 見た目を完全な獣と化したサガの鋭い牙が俺を喰い千切らんと顎門を開いた。

 いつもなら恐怖を感じていたんだろうな。自分より大きく強そうな存在を前に弱気になって内心ビビって震えてた。

 だけど今は……そんなものより「怒り」が勝っているんだと自覚出来る。家族を害獣扱いされ、侮辱され、オマケに殺すとまで言われた怒りが体の中に燻っている。

 だからだろう。

 一直線に向かって来るサガに対し、手にしていた『双月』を地面に落として、上顎と下顎を掴んで真っ向からの力勝負に持ち込むと言う大胆な行動に出られたのは。


 「ガ!ガガガァァァァアアアア!!」

 「あああああああああああ!!!!」


 突進の威力は完全に消え、両者の力が拮抗する。


 「馬鹿な?!こんな……こんな只人如きに!?」

 「うぉら!」

 「ギャン!!」

 

 突進を止められたサガの目が驚愕に見開かれた瞬間、すかさず下顎に左膝で強襲!

 浮き上がった巨体の背後に周り、硬い質感の尻尾を掴んで力任せにグルグルと振り回す。


 「おおあああああ!!!」


 遠心力が溜まった力を誰もいない方向に射出。砲弾の如くサガの巨体が飛翔し、やがて地面に突き刺さる。


 「ガァハ!!」

 「ふー」

 

 投げた結果を確認せず、自ら落とした『双月』の元へと歩み寄る途中、体内に残っていた空気を吐き出し新鮮な空気と取り替えた。地面に刺さった二本の『双月』を取り、背後を振り返ると……土煙は上がり、晴れた先には巨狼が仰向けに倒れ、衝撃を隠せない様相を俺に向けて来た。


 「き、貴様……何者だ!?」

 「お前がさっき言っていただろ?ただの只人だ」

 「巫山戯るな!!只人にこんな力がある訳なかろう!?」

 「この程度で驚いている様なら、お前にシロは倒せない」

 「何だと!?」

 「それと……お前が言った人狼種の伝承。真面(まとも)に戦っても『鬼狼』とやらに勝てないから、成長しない内に寝首を掻こうとしている━━負け犬の遠吠にしか聞こえないな」

 「我等が人狼種を侮辱するか!?」

 「正しいものか確かめもせず、愚直に信じ愚行を繰り返すお前等に伝承だなんだと言う資格はない」

 「貴様ッ!?」

 「少なくとも……俺の知ってる《英雄》は真正面から《魔王》と戦い、小細工せずに世界を救った」


 俺とシロを育てた五百神灰慈の信条は『人の話を鵜呑みにするな!自分の目で見て、耳で聞き、肌で感じて行動しろ!』だそうだ。納得が行かない事にはトコトン抗い、調べ、その上で気に入らなければ叩き潰す……いや、《英雄》に似つかわしくない言葉だとは思うけど、人狼種(ワー・ウルフ)達にそれ位の気概を持つ奴が居たなら、胸糞悪い伝承なんて残ってはいないだろう。変化を恐れ、先人が遺した悪き風習を継承し続けた結果が間違った今を作り出す。

 異世界の《英雄》はもう居ない。

 だから……。

 お前等がそんなクソみたいな伝承を俺達に押し付けるなら……それをぶっ壊すのが俺の仕事だ。

 

 「色が違うだけの同胞を排除して、真の脅威と戦いもしないお前らが救世主面をするな」

 「キサマッ━━」


 巨狼の怒号が轟こうとした刹那。

 俺とサガの間に白銀の閃光が舞い踊る。



 「遅かったな」

 「りりーな……まま……てつだって……きた」


 

 他の人狼とは比べ物にならない軽やかさで俺の前に立ち、人狼の集団が来たりサガが変化したよりも衝撃発言をしたのはシロ。

 なん……だと?

 家の事なんざ自分の仕事じゃないと片付けすら俺に丸投げしていたシロが、アリーシャさんの店の片付けをして来た……だと!?

 フラルマリーとの交流はこんなにまでシロを成長させた━━兄として今日ほど喜ばしい事は!……ん?よく見ればシロの口元に何かがこびりついている。あれは……何かのソース?って事は……。


 「……おい。アリーシャさんに何を貰った」

 「……のこった……ごはん」


 ふいっと明後日の方向に目を逸らす我が妹。

 嘘付けぃ!俺達が店を出る時は片付けした後だったんだぞ!?

 手伝ったまでは感動したがその見返りに何を作って貰ったー!!

 あ〜もう!後でアリーシャさんに謝らなければ?!

 愚妹がやらかした失態をどう謝罪すればと考えてる俺に、周囲の状況を見て……シロが何の気負いもせずに問い掛ける。


 「……で……あの……でかい……いぬ……なに?」

 「出て来たな━━鬼狼!!」

 「……おお!……しゃべる……いぬ」

 「どうやらシロの客みたいだぞ?」

 「……?」


 サガの技能(スキル)である『獣身化』を見て、同じ狼を犬扱いのシロが、サガが喋った事に対して興味を抱く。

 が……俺の言葉に小首を傾げて意味が分からないと言った様相だ。

 ったく……さっきまでの怒りが何処かに行っちまったよ。


 「伝承通りだ。蒼眼白毛……一族に産まれた汚点……我が引導を渡してくれるわ!」

 「よく……わからない……けど……しろに……ようなら……かかって……こい」


 うーん。本当は俺が闘う予定だったけど……シロと闘った方が奴等も納得はしないまでも、少しは諦めが付くのかなぁ。


 「クロー!?」

 「ん?」

 「何、今どう言う状況?!シロが凄いスピードで先に行っちゃうから全然分かんないんだけど!」


 ヘルバ方面からティアが駆けてくる。その視線上でセリエとリリーナが、闘いは終わった事を示す様に他の人狼達を拘束していた。

 ……フレッドってAランクの冒険者だったよな?

 前に聞いた時、リリーナは確かBランクって聞いたような?

 そのフレッドをリリーナが組み敷き、セリエが出したであろう縄で縛ってるところを見ると、リリーナは既にAランクって言っても差し支えがなさそうだ。


 「我以外は全滅か。だが此処で貴様を倒せば良いだけの話!」

 「……こない……なら……こっちから……」


 ボソッと呟いた次の瞬間、シロがサガの頭上に移動していた。


 「……なっ!?消え━━」

 「……ほい」


 気の抜けた声とは裏腹に、繰り出された拳の威力は巨狼のサガの頭を大地にめり込ませる。


 「がっ!!……そ、そんな……この、我が……」


 姿を見失い、気が付けば真っ暗闇。

 シロが何気無く放った一撃はサガの意識を刈り取り、姿が巨狼から元の獣人の大きさへと戻って行った。アレを食らうと、自分の身体も心もボロボロにされんだよ。

 ……いや、最後はあっさり終わったな……何か、憐れだ。


 「……で、何だった訳?コイツら」

 

 額に汗して駆け付けて、追い付いた時には終わってた状況に。

 置いてきぼりを喰らった感満載のティアが俺に問い詰めて来る。……俺が元凶みたいな問い詰め方だな!?


 「クロさん、全員拘束しましたけど」

 「では状況の擦り合わせからしましょうか」

 「……せつめい……もとむ」


 合流したリリーナ、セリエ、シロを含めこの集団の説明から始めなきゃいけな━━



 「さすが僕のリリーナだ!Aランクのフレッドをこんなに簡単に無力化するとはね!!」




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