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異世界の英雄はもういない  作者: 天山竜


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4-23.積まれて行く『試練』


 「キャキャキャー!!!」

 「……速い、な」


 ぜぇぜぇぜぇ!ふ、フラルマリーが、は、速い!!

 直線ならシロの方が速いだろうが、その小さな身体でちょこまか動くから捕らえ辛い!?

 日が変わって、ヘルバに来て、今やってるのはエルさんから出された訓練で「鬼ごっこ」。

 逃げる事に加え、隠れたり魔法を使ったりするもあり。直接攻撃以外は何でもあり。

 参加者はティアにリリーナ、セリエにシロ、そしてフラルマリー。

 俺の訓練だからと鬼が交代する事はなく、エルさんが終わりというまでやらされると言う地獄の遊戯。俺は魔法が使えないから人の気配を探り、捜し、全力で捕まえるしかないし、行ってる場所は森の中だから隠れるところが豊富で乱立する樹を盾に逃げられる。負ける要素がふんだんに盛り込まれたかなり分の悪い勝負となっている。

 ……俺、今日生きて帰れるかなぁ。


 「クロさんがあんなに手こずるなんて」

 「こ、これ、アタシ鬼はやりたくないんだけど」

 「クロさーん!頑張ってくださーい!!」


 既に捕らえた3人の会話と声援が聞こえて来るが君達にも相当体力削られてるからね!?

 魔法がありと言う俺以外が得をする規制(ルール)が厄介で、セリエは『氷麗の鏡像(グラソン・プーぺ)』で分身を作り撹乱、ティアは『降雷王』で身体強化し逃げまくり、リリーナに至っては『ボルテクス・オーブ』を辺りに撒き散らし自他への逃走や罠に活用していた。

 残ったシロが一番手を焼くと思っていたが、この訓練で最も厄介なのは……何とフラルマリー。



 「……こっち……こっち」

 「ふらるはきょきょだよ!」


 

 シロの身体能力が高い事は分かっていた。

 けどそこにフラルマリーが絡むだけでこれ程補足し辛くなるとは!

 両方を目で追うことが出来ず、しかもフラルマリーに向かうと決まってシロがちょっかいの様な妨害をしてきて鬱陶しい!!

 

 「クロちゃーん〜!これまだ~一回目なんだから〜早くね〜?」

 「ふふ、これは存外見応えがありますね」


 鬼ごっこ会場から少し離れたところにティーセットを出して寛ぐ母親2人。

 エルさんの声が響き、微笑んで観戦してるディオサが優雅にカップを傾ける。

 初対面のエルさんとディオサは会った瞬間から意気投合した様子で、ニーズヘッグや亜澄さんの時とは違った緩やかな挨拶を交わしていた。お互いに何か通じるものをあったんだろう。その流れでフラルマリーもエルさんに紹介されたが、可愛い者好きのエルさんに即気に入られていた。

 それはともかく!外野からは気楽に見てるが、やってる側は結構な地獄だぞ!?

 この訓練の根元を考えれば、俺の「気配察知」の向上が目的だ。なら……目だけに頼るな。耳を澄ませ、匂いを嗅ぎ分け、神経を研ぎ澄ませ!

 

 「……ふー」


 立ち止まって目を瞑り、体内の呼吸を全て吐き切り、新しい空気を取り入れる。

 今止まってる気配の内、二十M先にある樹の上に居るのがシロ、その樹から五M先の茂みに身を隠してるのがフラルマリー。そして俺の近くには……!

 息を止め、再び動き出した。目指すのは━━シロが留まる樹より左の方角!


 「あえ?はなれちゃー」

 「……どこ……いく?━━!」


 これを利用させて貰う!

 走った先にあったのは先程まで逃走用に置かれていたリリーナの『ボルテクス・オーブ』。この魔法、飛んで行く先はランダムかと思いきや、取り込んだ風を流す作用がある。この魔法の向かう先は!

 一気に風珠を踏み抜き、フラルマリーの目の前まで飛んで行く。

 

 「捕まえた」

 「おー!すこいはやーい!!」


 『ボルテクス・オーブ』の反動を向かう先の草木で殺し、すれ違い様にフラルマリーの腕に触れ、そのままシロから離れると思わせて……進行方向性に立つ一本の樹を掴んで勢いをそのままに、急旋回!


 「……あ」

 「やっと捕まえた」


 向かう先はもう一つしかない。

 樹上でフラルマリーが捕まったのを呆然と見ていたシロの背後に回り、逃げ出そうとする身体を捕まえて脇に抱えた。


 「……くやしい」

 「今度はシロが鬼をやらせて貰え」

 「それは……ことわる」


 そこはやれよ!!言っておくが悔しいとか感じないくらい疲れるからな!?

 シロを抱えたまま樹上から下に下り、待ち構えていたフラルマリーに合流。


 「きゅろ!はやいーー!!」


 大興奮のフラルマリーの頭を撫で落ち着かせる。別に疲れ過ぎて喋れない訳じゃないから。これがエルさんの訓練と考えると……。

 シロを地面に下ろした所で他の面々も歩み寄って来た。


 「まさか自分の魔法が利用されるとは思いませんでした!」

 「コッチに明確な勝利条件がないのは不公平な感じがするわ?」

 「様子見で氷像の数を減らしましたが、本気でやっても良さそうですね」


 リリーナは賞賛してくれているが彼女の魔法がなければ別の手段を考えなければ行けなかった。ティアとセリエは今回の決着に納得が行ってない感じ?……ま、エルさんの途中の言葉から推測するに━━


 「それじゃ〜、二回目〜始めるわよ〜?」


 ですよねー!?

 やはり間髪入れずにやりますよね!??

 底を突いた体力を『スタミナ・ポーション』で回復させ、二回目を━━始めるかと思われた時。


 「それじゃ〜今度は〜、クロちゃんに付けた五枚の札を〜全部取ったら~みんなの勝ちだからね〜?」


 え?

 一瞬の微風と共に身体に取り付けられた5枚の札。胸・両肩・両足……視認出来なかったエルさんの手の速さに驚きつつ、逃げるチームに提示された勝利条件を聞いて愕然とする。

 今度は追い掛けるだけでなく、この取り付けられた五枚の札を守らなければならないのか?!


 「なるほど……先程より上手く人の気配を読まなければ負けが確定と言う事ですか」


 ディオサの言う通り、下手に捕まえようとすれば逆に此方の札を取られて敗北は必至。やるからには勝ちに行きたいがエルさんにしては疲れさすだけで明確な罰が━━


 「ちなみに〜、その札の裏側には〜過去のクロちゃんの〜恥ずかしい秘密や失敗が書かれてまぁ〜す」


 ……!?

 咄嗟に皆から距離を置き、胸に貼られた札を剥が……せない!?


 「ふふふ〜。それ〜魔力を込めないと剥がせない仕組みになってるの〜」


 なん……だと!

 って事は魔力が扱えない俺には自分で剥がす事は出来ない。自分の過去を守るには札を守り切るしかない!?だが、俺の事なんてどうでも良いんじゃ?


 「……とる」

 「全力で行きます!」

 「へぇ、面白そうね」

 「【この想いを届けて━━】」

 「ふらるもきゃんばるー!」


 シロ・リリーナ・ティアの目の色が変わり、セリエに至っては詠唱を開始?!周りのやる気に触発されたフラルマリーまで本気になった!?なんで?!そんなに?!そんなに俺の失態が気になるのか!?


 

 「それじゃ〜スタート〜」



 エルさんの掛け声と共に5人の娘が一斉に散開した!?

 これ訓練なんですよね!?俺への嫌がらせじゃないですよね!!?

 こうして━━俺だけが痛手を追う精神的にクる訓練は……通算五回、地獄の八時間耐久鬼ごっこが延々と続けられた。

 

 

 ※※※



 ぜぇーぜぇー!!っ!ぐごほ!!

 結果だけみれば、何とか自分の過去は死守……とは行かなかったが、まぁ勝利と言っても差し障りはないだろう。

 だがフラルマリーに札を三枚盗られた。エルさんが定めたルールでは「取った札は自分だけが見れる」って事で周りへの飛び火は避けられた……んだが。


 「そんな札より此方のお菓子の方が美味しいですよ?」

 「札なんか置いて撫でられない?あぁ!その札はひっくり返してね!?」

 「ほあああぁぁぁ!」


 はいはいはーい!!セリエとティアが不正を働いて札を見ようとしてますーーーぅ!!

 そんなに見たいのか人の恥ずかしい情報を!?


 「こらこら〜。幼気な~フラルちゃんを〜惑わさないの〜」


 コツンとエルさんが先の2人の頭を小突き、その行動を窘める。

 フラルを抱えその口に菓子(クッキー)を一枚近付け、パクっと食い付く姿をみてニコリとするエルさん。母性がくすぐられてるんだろうか?菓子を与えられてご満悦のフラルマリーを見て、母親のディオサがニコニコ眺めてる。


 「結局一枚も取れませんでした……」

 「……ざんねん」

 「ほいほい取られたら俺の精神がヤバい」


 落ち込むリリーナにシロがボソッと呟いたが、こればかりは譲るわけには行かない。

 この訓練、今後も続くのか?


 「クロちゃんは〜大分気配が読める様に〜なってきたわね〜」

 「……あまり自覚がないんですが……」

 「このメンバーで〜追い掛けつつ〜逃げるって〜中々出来ないと思うわよ〜?」


 危ない面は多々あった。

 ティアとシロは自信に身体強化を掛けて攻めまくって来るし、セリエは圧倒的な物量で押し掛けて来るし、リリーナは罠に補助にと周りを警戒しなければ絶対に取られる確信を植え付けて来る。その隙をフラルマリーに突かれる形にはなったが、天性の素早さと身体の小ささを利用した身を隠す技術は目を見張るものがあった。基本「鬼ごっこ」って遊びは逃げる側が追い掛ける側を警戒しなければ行けないが今回の俺も緊張し警戒しなければ……精神的に死んでた。エルさんが考えつく遊び……エグすぎる。


 「思い付きで〜やってみた訓練だったけど〜これは今後も続けましょ〜」

 「……分かりました」


 やっぱり今日だけじゃ終わらなかったぁぁぁ!


 「次こそクロの恥ずかしい過去を取ってやるからね!?」

 「これもクロさんの訓練の一環ですから私も頑張ります!」

 「つぎは……とる」

 「まぁ、鬼が変わる事がない遊びですから私達は気楽に参加出来ますね」


 す、好き放題言いよって!鬼になったらこの気持ちを共有させてやれるのに!?

 俺の考えを読んだ訳ではないだろうが、ここでエルさんが大きな爆弾を投下する。


 「そうね〜……緊張感を持たせる為に〜次にやる時は鬼を交代制でやりましょうか〜」

 「「「「えっ?」」」」


 俺以外の参加者が場に凍り付いた。


 「確かに〜クロちゃんの訓練だけど〜、貴女達も出来て損はない技術よ〜?幸い〜ティアちゃんとシロちゃんは私〜、リリーナちゃんとセリエちゃんに関しても〜情報提供者はいるからね〜」

 「おぉー!ふらるもぎゃんばる!!」

 「ふふふ。フラルも鬼が出来るようになったら違った反応を見せるのでしょうか?」


 ……亜澄さんとアリーシャさんか。

 好奇心と対抗心を燃やすフラルマリー……この記憶が、将来の自分の黒歴史にならない事を祈るばかりだな。

 唐突な申し出に、参加者一同が戦慄し次回に向けて己の強化と対策を心に決めた時……。



 「エル、少し良いかな?……おや?」



 俺の心の清涼剤、エルさんの旦那にしてティアの父親たるガドガさんが村の方向から歩いて来た。


 「あらガドガ〜、どうしたの〜?今日帰って来る予定だったかしら〜?」

 「いや、少し頼みたい事があってね。まだ訓練中だったかな?」

 「ううん〜、今終わったところよ〜」

 「此方の方々は?」


 ガドガさんがエルさんの腕の中にいるフラルマリー、次いでディオサに目を向ける。


 「今日お友達になった〜、ディオサに〜娘のフラルマリーちゃんよ〜」

 「そうか。初めまして、エルシエルの夫のガドガ=フリソスです」

 「お邪魔しています」

 「ふらるは、ふらるまりれす!よろしきゅおねかいしあす!」

 「此方こそ。よろしくお願いします、フラルマリー」

  

 ディオサが差し出した手をガドガさんがしっかり握り、次いでフラルマリーともちゃんと目を合わせて握手を交わす。

 ガドガさんの凄いところは大人でも子供でも、最初の挨拶に気を抜いたりしない事。本人曰く「どんな人が顧客になるかわからないからね」なんて笑いながら言っていたが、打算的な気持ちなど感じさせない、これが大人の正しい在り方と感じさせてくれる……それがガドガ=フリソス。


 「それで〜どうしたのガドガ〜?」

 「あぁ、王への謁見に伺わなければ行けなくなってね。その護衛を君に頼みたいんだよ」

 「随分急なのね〜?何かあったのかしら〜」

 「それは行ってみないと何とも……なるべく急ぎでと伝令が店に届いてね」


 困った顔をするガドガさんだが、それも彼の肩書きが国にとって大きなものだからだろう。『王国鍛治師』と呼ばれる彼の肩書きは『王都セレジェイラ』の国王から授かったもので、ガドガさんが王国に武具を卸さなければ周りの国の属国になっていたと言われるほど貢献し、その信頼は厚い。

 そのガドガさんを召集したのだからよっぽどの事があったのだろう。


 「了解〜、直ぐに準備するわ〜」

 「ごめんね、折角新しい友達が訪ねて来てくれたのに」

 「ふふ〜、そんなの気にする必要はないわ〜これから何度だって遊べるんだから〜。ね?ディオサ〜?」

 「ええ、そうですね。ですので私共の事は気になさらず」

 「そう言って頂けると助かります」


 抱き上げていたフラルマリーを降ろして、ヘルバへと促すエルさん。

 高かった日は既に落ち始めて段々と世界に赤みを施して行く。

 ガドガさんとエルさんの家にある『彼方への旅路(アウフヘーベン)』で王国へと出発する2人を見送った俺達は、そのままアリーシャさんの店で挨拶も兼ねて食事をする事になった。



 「初めまして、ディオサです。こっちはフラルマリー。アリーシャさんのお料理美味しかったですよ」

 「うめー!」

 「あはは嬉しいね!今日も沢山食べてってね」

 「アリーシャさん、一応食材になりそうなものを持って来ました」

 「おぉ、ありがとうね!スレイちゃんお願い出来る?」

 「分っかりました!」



 店内はこれから開店なのかまだ客が入ってなく、アリーシャさんの他にはカウンターの整理をしているスレイと、テーブルを拭くニーナさんが居るだけ。

 ディオサ・フラルマリーがアリーシャさんに挨拶をしているのを横目に見ながら、ヘルバに来る途中に皆で集めた食材を『帯袋』から出してカウンターに広げる。森に植生している山菜や果実の他に、肉も仕入れたんだけどその運搬をしてくれたのが『収納空間(ストレージ)』の魔法を持ってる━━


 「リリーナさんのお母様ですね。私はセリエ=オルタンシア、今後とも宜しくお願い致します」

 「貴女が!娘から噂は予々聞いてるよ。……良いところのお嬢様だって?」

 「ふふ、国に居る母もアリーシャ様のお料理を気に入ると思います。私もご相伴に上がらせて頂きましたが宮廷の料理人かと思ってしまう程の腕前に感嘆致しました」

 「それじゃ今晩も腕を奮わせて頂きましょうかね?」

 「楽しみにしております」


 そうか、セリエもアリーシャさんとは初めてだったな。ここの料理は亜澄さんも気に入ると思うし、次に来た時には案内しなければ行けない。

 

 「珍しいお肉が取れたので此方はお近付きとご挨拶と言う事で受け取って下さい」

 「嬉しいね!けどそんな気を遣わなくても」

 「これは私達では調理出来ないのです」



 意味ありげに微笑み、セリエが取り出したのは……葉で包まれた一塊の肉。



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