10. 『師匠』
出て来たのは少女の姉かと思う程の美貌を誇る、紛れもないこの女の子の━━
「ちょっとママ!また!?またなの!?」
「だって〜、凄く楽しみにしてたみたいだから、もうちょっと先よ〜って言えなくて〜」
「だだだ誰が楽しみにしてたのよ!かかか勝手な事言わないで!?」
「そわそわしてた癖に〜」
お楽しみの所申し訳ないのですが……話、させて頂いても……
「あ、あの、クロさん」
茫然としていたお客さんのリリーナが声を掛けてくれたのは良いきっかけだ。……シロは何故リリーナの後ろに隠れてるんだ。
「紹介します。この子がさっき話した━━」
「り、リリーナ・プリムラと申します!初めまして!」
「あら〜」
よし、リリーナの自己紹介がエルさんに気に入られた様だ。もう長い付き合いになるからそれ位は顔を見れば分かる。
で、次はエルさんの紹介を……と、言った所で意外な人物から待ったが掛かる。
「あ、あのぅ……も、もしかして……エルシエル様、ですか?」
「へ?」
思わず変な声を出してしまった。
「……ごめんなさい〜?何処かで会った事があったかしら〜?」
自らの名前をピタリと当てたリリーナに不思議そうな眼差しを向けたエルさん……って、そうか。知っていても何ら不思議はない。何せ━━
「あああ貴女をし、知らない筈がありません!救国の英雄達の一人で【黄金の御手】と謳われたエルシエル=フリソス様を!」
師匠、エルさんはじいちゃんの仲間の一人だった人だ。
《エルシエル=フリソス》
━━妖精種の中で唯一、武闘家として名を馳せた英雄の一人。
じいちゃんが【最強】と冠されていたようにエルさんも……有名な二つ名がある。
【最恐】。
エルさんに罵詈雑言を吐き、いや、ただ歳の事を言われただけと言う説もあるが……壊滅させられた国があると言う本当か嘘かも分からない噂があった。俺がそれを信じた情報源は……じいちゃんだ。
『エルだけは絶対に!何があっても!?怒らせないようにな』
俺の中では、じいちゃんに勝てる者なんて居ないと思ってた矢先にそんな事を言われれば……信じるしかない。が、一度だけ俺がエルさんに反抗してしまった事があり、なんだ、その……「おばさん」と言った瞬間、半殺しにされた事がある。その時から俺の中で絶対に逆らってはいけない人と言うイメージが植え付けられた。
ちなみに、シロも。
半殺しの目に遭わされたのは大分前だが、未だにエルさんに対しての怯えを隠せない。
子供が出来てかなり落ち着いたらしいが、それで半殺しなら……エルさんが全盛期にそんな事をしていたら今頃、俺達は生きてないかもしれなかった。
「……クロちゃん、この娘、可愛いわね〜」
輝くような笑顔だ!やったねリリーナ、気に入られた様だよ!
それもその筈、エルさんを見て【黄金の御手】と呼ぶ人は結構稀だ。
誰しもがまず【最恐】と言う名を口にしてしまい先ず拳を喰らうと言うのが通例。だが、
「ほ、他にも『妖精皇女』や『拳姫』で知られている方とこうしてお話出来るなんて!母に言ったらどんなに羨ましがるか!?」
「もぅ!リリーナちゃんホントにかわいいわ〜」
気がつけば、エルさんに抱き締められて目を白黒させているリリーナ。
いや、リリーナを抱き締める瞬間までその姿はまったく捉えられなくて、内心俺も目を白黒させてたけど。
エルさんに助けて貰った事があったり、ただ闘う姿を何処かで見たり、華やかな姿から愛好者は多数居たりすると聞いた事があるが、リリーナの母親もその類の人なのだろうか?
「こんなかわいい子が誰かに狙われちゃうのは許せないわ〜」
「昨夜の事、納得して貰えましたか?」
「ふふ、よくやったわ〜、褒めてつかわす〜」
頭を撫でるのは辞めてほしい。
「すみません、私のせいでご迷惑を……」
「いいのよ~?誰かを守るのはとっても良いことだし、強くなるにはそれが一番なんだから~。リリーナちゃんも冒険者ならわかるでしょ~?」
「え、なんで冒険者って……」
「ふふ。で、シロちゃん~?まだご挨拶、聞いてないんだけど~?」
「……!」
話を換えるタイミングが唐突だな。
リリーナの背後に居たシロへとエルさんの意識が向けられ腰から垂れた尻尾が驚いたかの様に跳ね上がる。
完全に油断してたな、アイツ。
「おおお……おひさし……ぶり……です。おおお……おげんき……でしょか。ししし……しろは……げんき……です」
つっかえながらも、たどたどしくても敬語がちゃんと言えてる!
誰に対しても基本的に変わらないシロだが、エルさんに対してだけは怯えながらも敬う心を絞り出す。……怯えながら。
「はい、良く出来ました〜。素直なシロちゃんも可愛いけど〜いつも通りで良いのよ〜?」
何て言って良いのか分からないシロはただコクコクと頷くだけ。
リリーナも落ち着いたのか、シロの挙動が可笑しかったのか、笑顔が戻った。
じいちゃん曰く……
『女の笑顔は強いぜ!』
……気持ちは何となく分かるよ、じいちゃん。
「ねぇ、いい加減アタシを空気扱いしないで欲しいんだけど」
ひぃっ!?
地の底から絞り出した様な低く冷静な声が、俺の真後ろから聞こえて来た。
俺が気を抜いてるからってシロもこいつも俺の後ろに湧き過ぎなんじゃないの!?
「てぃあ……ひさしぶり?」
「昨日も会ったじゃない!?」
エルさんから全力で距離を取ったシロが俺の真ん前から、俺の真後ろのティアに声を掛ける。
俺を挟んでやり取りするな!?
「あの、あの方は?」
「私の一人娘よ~。ティアちゃん、ちゃんとご挨拶なさい~?」
「そんな時間をくれなかったのママでしょ!?」
エルさんに怒鳴りながら俺に襲い掛かって来た女の子が、リリーナの前まで行き自分の名を告げる。
「ティアラティア=フリソスよ。別に仲良くしてくれなくても……ひっ!…………アタシが、仲良くならせて頂き……ます、はい」
エルさんに威圧されたな。何故あんなにも上から目線で入るのか分からんし、自分の母親が礼儀に関して厳しいのは知ってるだろうに。
《ティアラティア=フリソス》
俺達の間での愛称はティア。
俺と同じ歳、な筈の17歳……見た目、身長共にシロより子供っぽいからたまに実年齢を忘れるんだよなぁ。妖精種は人間より寿命が遥かに長い為か、成長速度が遅いのだそうだ。
だが、子供っぽい見た目に反して……強い。
【最恐】エルシエル=フリソスの英才教育を一身に受けただけあってその実力はかなり高い。自身の格闘能力の高さも然る事ながら、そこに魔法を組み合わせるとそれはもう反則級に。
過去に一度……ティアとの組手……いや、全力での戦闘が命じられた事があって。
俺は道具を使うし、ティアは魔法を使うし、かなり真剣勝負な感じの。
その強さ、その速さに圧倒された。
魔法の属性は『雷』……これはかなり珍しいらしい。
自分の攻撃を相手に当てた瞬間に既に懐から居なくなっている速さや、当たれば致命傷を負わせられる攻撃魔法は、例えそれで命を拾っても貫いた相手を感電して動けなくする追加効果が付いてくる。やられた相手は例外なく度肝を抜かれる事請け合い。
全力全開、「何でもあり」はその一回だけだったが、普段やる模擬戦の俺とティアの戦績は一進一退で、最近は引き分けと言う結果が多い。
なぜか俺をとんでもなくライバル視していて中々勝ち越せる事が出来ないのに腹を立てているのか、最近当たりがキツいんだよなぁ。
良いライバル、に、なれてるなら良いんだけど。
「まぁ立ち話もなんだし、皆お家に入って?」
エルさんの号令下、シロとティアは率先して家の中に入って行った。それは速く、まるで逃げる様に。




