1. 『最強』二世は森から出ない
※※※※※※※※※※※※
「ぐはっっっ!!!」
背中に受けた衝撃が、男の口から鮮血と苦悶の声を吐き出した。
男を吹き飛ばしたのは身の丈5Mはあろうかと思わしき巨躯の魔物。振るった腕を天井に向かって雄叫びを上げている。
「……ってーな」
受けた攻撃の痛みが腹から脳に伝達。
脳は痛みを「怒り」に変換し男の視界を紅く染めた。
腰の帯袋から試験管を乱暴に取り出し、中の青い液体を流し込む。
「テメェら!そこをどいてろ!」
前線で戦いを続けている仲間に指示とも言えない怒鳴り声を張り上げる男の腹に先程までのダメージはなく、男は立ち上りと同時に駆け出した。
「【王命を聞け】」
走りながら両手を構え、その中心が赤い輝きを灯す。
「【火をくべ煽り、炎に変えろ】」
立ちはだかる敵に向かい、速度と集中を上げて行く。輝きは瞬く間に燃え盛る炎へと変貌を遂げ、みるみるその大きさを変えていく。
「【真空の牢獄に敵を捕え━━】」
仲間が離れるのを気配で感じ、敵が……《魔王》が繰り出す拳の一撃を紙一重で躱しながら距離を詰めた。
「【骨も残さぬ灰へと還せ】!!」
足元の石畳が陥没する力で飛び上がり、《魔王》の顔面に向けて溜めた赤い、猛り狂った炎を解き放つ。
「【炎灼牢獄】んんん!!!!」
解き放たれた力は《魔王》の顔を覆う風の珠となり、その中を焼き尽くす炎が荒れ狂う。
一つの魔法に二つの属性を付ける事は、通常だと有り得ない。だが、そんな規格外の事をやってのけた男にはそんな認識はない。
「ゴアアアァァァアア!!!」
背後に着地し、顔と酸素を焼かれ悶絶する《魔王》の悶絶した声を聴きながら、新たな力……魔力を生成し始め次の魔法を準備。同時に、矢継ぎ早に臨戦態勢を崩さず待機していた仲間に指示を飛ばす。
「ユグ!今の内に全員に回復と強化をかけろ!!」
「仕方ないのぉ」
「エル!ニッグ!奴の足にデカイのをぶちかましせ!!」
「人使いと言葉使いが荒すぎよ~?」
「ふははは!間違えて貴様にも当ててしまいそうだ!!」
「やめろ?!……他の奴はサポート━━タコ殴れ!!」
「「「はい!!」」」
「持てる力を振り絞れ!コイツを倒せば…世界は…」
興奮し、目が血走り、口元が凶悪に釣り上がるその様は、
「俺達のもんだあああああああああーーーーーーぁぁぁあ!!!!!!」
新たな《魔王》の誕生を予感させた。
これは……異世界から来た《英雄》の物語。
その始まりの一部に過ぎない。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
次の更新は1週間後。
※※※※※※※※※※※※
「……あれ、じいちゃんってこの世界の英雄なんじゃなかったけ?」
本を一旦閉じて表題を確認する。
『五百神灰慈英雄譚』
………間違ってないよな?
魔王を倒して人の世界を守ったのがじいちゃんだったよな?
この後はじいちゃんが魔王になるの?
………ウソでしょ?
五百神灰慈。
剣を握れば負けなしの剣聖で、
数多の魔法を使いこなし大魔導師と称えられ、
この世界の支配を企んでいた《魔王》を倒した……《英雄》と呼ばれる伝説の冒険者。
……だった。
その《英雄》はもういない。
魔物にやられたとか、
元の世界に帰ったとかでなく、……老衰。
1年前、その76年に渡る生涯の幕を閉じた。
看取ったのは、俺。
『俺は好きに生きた。お前も好きに生きろ』
そんな言葉を遺して、逝った。
好きに生きろと言われてもなあ。
魔法が「普通」に「誰でも使える」この世界で、何故か魔法が使えない俺には、ひっそりと暮らしていくしか道はない気がするんだよな……。
魔法の知識はある。
そこは大魔導師に育てられただけあって知識だけは。
が、それを生かす事が出来ない。
この世界で人の中で生きていくなら、魔法が使えないのは致命的。
そう判断した育ての親である五百神灰慈、じいちゃんの方針転換は早かった。
曰く、
『魔法を使う奴と闘うかもしれねーんだから身体は鍛えとけ』
『魔法が使えなくとも知識があれば対処出来ることは格段に増える』
『どうせなら誰にも負けないくらい、【最強】にしてやる』
通常、魔法を使う「魔法使い」は直接戦闘は弱いらしい。
だからこそそれを補う者とチームを組み、自分の弱点を補う。
が、五百神灰慈には当てはまらない。
「魔法使い」の癖に最前線で剣を振るい、
敵が離れれば魔法を打つ。
傷付けば自分で回復、
補助や付与も掛けて強化する。
付いた二つ名は━━【最強】。
とにかく、めちゃくちゃ強いのだ。
そんな【最強】の訓練は……正に地獄だった。
『この魔法を防ぐにはどの道具を使えばいいか、体験すりゃ分かる』
――「魔法」の知識を頭に詰め込まれ、実技と称して浴びせられ、
『こんなジジイに負けてちゃ話にならんぞ!!』
――「肉体」訓練は体力作りから実戦までみっちりしごかれ、
『知識と身体を活かすのは心だ!!!』
――「精神」を鍛えるために、何故か森に滝を作ってそこに突っ込まれた。
あ、思い出しただけで涙が出そうだ。
お陰で知識は付いて、身体は作られ、滅多な事では諦めない強い心は出来たんだけど。
それとは……別に。
俺はあの特訓の日々を忘れない。
ぜっっっっったい忘れてたまるか!!
……死にかけた特訓も、
楽しい日々も、
何一つ忘れないからな。
……まぁ、ここを出て旅が出来ない理由は魔法が使えないってだけではないけれど。
俺は、……。
じいちゃんの様に魔法が使えるわけじゃないし、強くない。
じいちゃんみたいに広い世界に出て、様々なものを見れない、見たいとも思えない。
じいちゃんがしたように世界を救えない。
きっと、……この場所で生き、この場所で死ぬ。
いや、俺が生きたこの場所でいつかじいちゃんの様に静かに眠りたい。
例え、変わらない日々だろうと。
例え、誰から「つまらない」と言われても。
今いるこの場所が大事で、大好きだから━━
「くろ」
「……ん?うぉい!?」
近ぇ!?
呼ばれて振り替えればいつの間に背後まで来ていたのか、一人の少女の顔が間近まで迫っていた。
「ごはん……じかん」
「あ、あぁ。もうそんな時間か」
「ごはん……だいじ……はやく」
「離れてくれないと立てないよ、シロ」
俺にしがみ付き、飯の催促をする女の子━━《五百神シロ》。
輝く様な白銀色の髪に、金色の瞳。
髪に隠れて立つ耳に、腰からひょろりと生える尻尾。
人狼族と言う獣人の子供だ。
俺はじいちゃんに拾われ。
シロは俺が拾った。
俺が黒髪だからクロ、シロが白髪だからシロ。
命名はどちらもじいちゃん。
名前に何のセンスも感じないが、今ではこの名前も気に入ってる。
しかし、シロの接近にも気付かないほど没頭してたのか?
自分の世界に?
な、何か……そう考えると……妙に恥ずかしいんですけど!!
「じじぃの……ほんより……しろの……ごはん」
……いや、最初は「じぃじ」とか可愛く呼ばれていたんだよ?
が、この見た目の可愛さにやられたじいちゃんは何をとち狂ったのか、昔シロにこう言った。
『なぁ、シロ。』
『じぃじ……なに?』
『一回、一回だけで良いんだ。俺のことを「お兄ちゃん」って呼んで見てくれない?』
『……じじぃ……きもい』
『どこでそんな言葉を!!……あ、いやうん今のなし。だからせめて元に戻し……』
『くそじじぃ』
『クローーー!!助けてくれーーーーー!!!』
宥めすかして何とか「くそ」は取れたけど、それ以来「じじぃ」としか呼ばれなくなった哀れなじいちゃん。
あの嫌悪感に塗れたシロの顔、今でも目に焼き付いてるわ。
「さて、何を作るかなぁ」
「かれー」
「……昨日も食ったろ」
「かれー……が……いい」
「いや、材料がもう少な」
「かれー……に……しろ」
「命令!?」
ったく。
肉はあるけど入れる野菜がそろそろなかった気がするが……
「にくだけでいい」
「味気ないだろ!?」
たまに心を読んでくるのは何なんだシロ!!
まぁ、ある物で作れば――
――ヴゥン――
「!?」
なんだ?この感覚━━この森に、何かが入り込んだ?
「……なに?」
「何かが森に入った」
大きな気配と小さな気配。
その二つが移動し、その先にある『ヘルバ』と言う村に向かってる。
距離はまだ離れてるけど……。
「飯は少し待ってくれ、少し様子を見てくる」
「しかた……ない」
俺は傍らに置いてある『仮面』と『帯袋』を装備。
シロはどこから出したのか、干し肉を一枚齧る。
「何だ、一緒に行ってくれるのか?」
「うんどう……して……おなか……すかせる」
「……どれだけ食う気なんだ」
壁に掛けてある『大剣』を背負い、準備は完了。
「急ごう、嫌な感じがする」