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6.銀の城



 地図球を持ったエトゥーリオを先頭に、トムとトゥーシャがその後に続いて森の中を進む。

 森の中は背の高い木が日の光を遮り、昼間でも薄暗い。時折、地図球を確認して立ち止まりながら、三人は着々と奥へ進んで行った。


 しばらくして突然トムが立ち止まり耳をすました。それに気付いてエトゥーリオが振り向き、声をかける。


「どうした、少年」

「水の音が聞こえる」


 トゥーシャが少しの間、周りを見回してから尋ねた。


「どっちから?」

「あっち。たぶん川だよ」


 トムは左手の奥を指差した。エトゥーリオが地図球を見ながらニヤリと笑う。


「でかした、少年。その川を遡れば目的地だ」


 三人はトムの指差した方角へ少し早足で歩を進めた。やがて、進行方向の視界が突然開け、目の前の急傾斜地の下に目がくらみそうなほど眩しく輝く銀色の小川が流れていた。


「わぁ、キラキラ」


 トムははしゃぎながら傾斜地を駆け下りて川の側まで行くと水面を覗き込んだ。残る二人もゆっくりと傾斜を下りてトムの側まで行く。

 トゥーシャがトム同様水面を眺めてエトゥーリオに尋ねた。


「これ、なんでこんな色? 水銀でも流れてんの? しかも外には流れ出てないよなぁ」

「微生物の色だ。銀砂の平原から湧き出した地下水が流れ出て、その後地盤の亀裂から地底湖に流れ込んでるから森の外には出ていない」


 トムが振り返り、好奇心に満ちた目でエトゥーリオを見つめる。


「この下に湖があるの?」


 トゥーシャはトムの両肩をつかんで川の上流を向かせると、背中を押して歩き始めた。


「はいはい、それはまた今度な」

「えーっ? 今度って、いつー?」


 トムは名残惜しそうに振り向いたが、後ろからエトゥーリオに無言で前方を指差され、仕方なく諦めて歩き始めた。


 しばらくの間、銀の川を遡ると、少し開けた場所で川は銀の泉に突き当たった。覗き込むと泉の底から砂を巻き上げながら水が湧き出している。

 泉の上だけ、ぽっかりと切り取られたように青空が見えていた。そこから降り注ぐ日の光で銀の川と泉は一層キラキラと輝いている。

 そして泉の向こうに一本、胴回りが優に三メートルはありそうな巨木が生えていた。その向こうは高さ十メートル以上の崖が左右に長く延びている。どうも行き止まりのように見えた。


「ここはどう見ても《銀砂の平原》とやらには見えないけど?」


 首を傾げるトゥーシャにエトゥーリオは地図球を見ながら目の前の巨大な木を指差す。


「その木の裏に道があるはずだ」


 トムが泉を迂回して木の裏側に駆け込み、歓声を上げた。


「わぁ、トンネルだ。向こうが見える」


 二人の魔法使いが木の裏側に回ると、そこには人一人がちょうど通れるぐらいの広さの亀裂が崖に穿たれていた。亀裂はまっすぐに伸びて、トムが言ったように向こう側が白く見えている。


 そんなに長いトンネルではないらしい。トムはすでに向こう側に到達して、周りをキョロキョロと見回していた。

 二人の魔法使いたちもトンネルを抜けると、トム同様辺りを見回した。

 そこは、高さ五十メートルくらいの断崖に挟まれた銀色の砂漠だった。


「平原には見えないぞ。どう見ても谷だ」


 トゥーシャの言葉にトムも同調する。


「ここがデスバレーじゃないの? お城もあるし」


 トムが指差す崖の中腹には古ぼけた城が建っていた。


「妙だな。地図上は平原になっている」


 エトゥーリオは地図球を見つめて首をひねる。


「でも、ここがデスバレーに間違いなさそうだぞ。立て札立ってるし」


 トゥーシャの指摘でトムとエトゥーリオが振り向くと、先ほど出てきたトンネルの横に『ようこそデスバレーへ』と書かれた立て札が立っていた。

 エトゥーリオは立て札を睨んで拳を握る。


「あのじじい、人の領地に勝手に手を加えやがって! ここを谷間にしたのもあいつに違いない!」

「じゃ、あれが《銀の城》らしいから、行くとしようか」


 トゥーシャはエトゥーリオの肩を叩いて促すと、トムと共に三人で右手の崖の中腹にある銀の城へ向かい歩き始めた。


 楽しそうに崖を駆け上がるトムと、不服そうにしかめっ面で崖を登るエトゥーリオに続いて歩きながら、トゥーシャは色々と考えていた。


 シルタ姫とは何者なのか。ルーイドはなぜ、自分ではなくエトゥーリオを指名したのか。

 そもそも、ここを《デスバレー》と命名したルーイドの真意がわからない。銀の城には死に直面するような危険が待ち構えているのだろうか。




 少しして三人は崖の中腹にある城の前にたどり着いた。古ぼけた城は《銀の城》というよりは、《いぶし銀の城》という感じである。


 エトゥーリオは早速ルーイドの箱の中に入っていた銀の鍵を取り出し、入口の扉に差し込み開錠する。錆び付いた扉を軽く蹴ると、扉は錆の粉や埃を振りまきながら、鈍い音と共に内側に開いた。


 城の表から見る限り窓は見あたらなかった。石造りの城の中は当然ながら闇に閉ざされている。エトゥーリオが持つ地図球の淡い光を頼りに三人は暗闇の城内に足を踏み入れた。


 エトゥーリオが地図球を掲げて辺りを見回しながら歩を進める。

 入口から十メートルばかりは天井の低いレンガ造りのトンネルになっていた。そこを抜けると五十メートル四方の巨大な空間に出た。


 城の裏手側の天井付近に小さな窓がひとつある。そこから微かに入り込む光で、うすぼんやりと城内が見て取れた。


 巨大な空間は天辺までまっすぐに吹き抜け、幅一メートルくらいの手すりのない石の階段が壁に沿って、天井から五メートル下の扉の前で止まっている。

 三人は各々、その空間を眺め回した後、階段の終わりにある扉に目をとめた。


「どうやら、あそこしか入口はないようだな」


 エトゥーリオが扉を見つめてそう言うと、他の二人も頷く。

 階段に向かって駆け出そうとしたトムの肩をエトゥーリオが掴んだ。


「待て、少年。おまえは後だ」

「えーっ? なんでー?」


 トムが不服そうにエトゥーリオを振り返る。


「不用意にあちこち触ったり、踏まれたりされては困る。見た目や造りからして怪しいじゃないか、この城は。トゥーシャ、貴様が先だ」

「なんで、ぼくが?」


 エトゥーリオの命令にトゥーシャが思わず反論すると、彼はニヤリと笑った。


「突き落とされては困る。貴様には色々と恨みを買っているからな」

「わかってるんなら、恨みを買うような事しなけりゃいいんだ。おまえこそ、突き落とすなよ」


 そう言ってエトゥーリオに背を向けると、トゥーシャは短い呪文を唱え、頭上に光の球を掲げながら階段に向かって歩き始めた。

 それを見てトムが驚いたように問いかける。


「あれ? 魔法使えるの?」

「ふーん。気付いてたのか」


 エトゥーリオも感心したように言う。

 トゥーシャは少し振り返って二人を見た後、再び歩きながら答えた。


「そのくらいわかるさ。この中は外とは全然空気が違う。こんなに薄暗いのに強い光を感じる。でも、同時に強い闇も。だからおまえも怪しんだんだろう?」

「その通りだ。トラップがないか、しっかり確認しながら慎重に進め」

「ったく、結局面倒な事は全部ぼくにさせるんじゃないか」


 ブツブツ言いながらもトゥーシャは先頭に立って石の階段を上り始めた。その後にトム、最後にエトゥーリオが続き、ゆっくりと慎重に階段を上る。

 カメのような遅い歩みにたいくつして、トムがあちこちに手を伸ばそうとするたびに、後ろからエトゥーリオがその手をはたいた。


 やがて、通常の五倍の時間をかけて、ようやく階段の終わり、扉の前に到達した。

 トゥーシャは扉を調べ取っ手に手をかけた。――が、押しても引いてもビクともしない。もう一度取っ手を調べようと光の球を近づけ、よく見ると扉の取っ手の上に文字が刻まれていた。


「――Keyword Please――って、なんで英語?」


 トゥーシャが困惑した表情で取っ手を眺めていると、エトゥーリオが不思議そうに尋ねた。


「貴様の出向先の言葉か?」

「そうだけど、なんだろう。マジックロックされてるわけじゃないから呪文じゃないと思うけど……おまえ、キーワードに心当たりある?」

「あるわけないだろう。異世界の言葉など」

「やっぱ、英語かな? Open Sesame!」


 そう言った後、期待はしていないもののトゥーシャは少しの間取っ手を見つめた。しかし、当然のごとく扉はうんともすんとも言わない。


「ダメか……。何なんだろ……」


 トゥーシャが首をひねっていると、ひとりだけ意味のわからないトムが苛々したように尋ねた。


「ねぇ、どういう意味?」

「キーワードをどうぞって英語で書いてあるんだよ」


 トゥーシャが説明すると、トムがおもしろそうに笑った。


「英語なの? ぼく、ひとつだけ知ってるよ。意味は知らないけど」


 トゥーシャは目を見張って、扉を指差す。


「へぇ、賢いネコだな。試しに言ってみて」


 トゥーシャに促されてトムはにっこり笑いながら、大きな声でキーワードを唱えた。


「This is a Pen!」


 トムの言葉に思わず笑おうとしたトゥーシャの横で、扉からカタリと鍵のはずれるような音がした。


「へ?」


 トゥーシャは目を見開くと、笑いかけた顔を引きつらせ扉に目を向ける。そして、恐る恐る取っ手をひねった。キィと軽い音を立てて扉が内側に開く。


「なんで?! ”これはペンです”って、何がペン?!」


 混乱して頭をかきむしるトゥーシャの横で、トムが平然と扉の取っ手の下を指差した。


「これじゃないの? これはペンだよね」


 トムの指差す場所に顔を近づけて見ると、そこにはデフォルメされたペン先の絵が描かれていた。


「……そうだけど、やっぱり意味がわからない!」


 トゥーシャが再び頭をかかえると、エトゥーリオが後ろから背中を押した。


「そんな事はどうでもいいから、先に進め。この先どれだけ関門があるかわからないんだぞ。いちいち理由なんか考えているヒマはない。それに、これに関しては貴様の調査不足だろう」

「……自分は何ひとつ考えてないくせに……」


 エトゥーリオを睨んでポツリとそう言うと、トゥーシャは扉の内側に続く狭くて真っ暗な廊下を光の球を掲げてゆっくりと進み始めた。





Copyright (c) 2008 - CurrentYear Kiyomi Yamaoka All rights reserved.


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