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5.城の在り処(ありか)



 二、三歩歩いたところでトムは首を押さえてしゃがみ込んだ。


「いたーい!」

「どうした?」


 トゥーシャはあわててトムに駆け寄り、首を押さえたトムの手を掴んではずした。

 見ると、首筋に花のような赤黒いアザが浮かび上がっている。トゥーシャはハッとして息を飲んだ。


「闇の刻印……!」


 トゥーシャがエトゥーリオを睨むと、彼はゆっくりと目を細めた。


「なつかしいだろう。それを刻まれた者は地の果てまで逃げようとも闇の獣から逃れる事はできない。もっとも、私のは闇の導師の物よりバージョンアップしているからな。そんな風に痛みを与える事もできるし、たとえ異世界に逃げようと逃げ切れないぞ」

「何のつもりだ」

「こんな事もあろうかと、保険をかけといた」


 平然と言い放つエトゥーリオにトゥーシャは苛々と問い返す。


「何のために?! 箱の中身は手に入れて満足しただろう。後はおまえの好きにすればいい。ぼくらは関係ないじゃないか!」

「結末を見届けようとは思わないのか?」


 意外そうに目を見張るエトゥーリオに、トゥーシャは腕を組んで顔を背ける。


「興味ないね。眠ってる女の子を起こしに行くだけなら、一人で行ってくりゃいいだろう」


 トゥーシャがそう言うと、エトゥーリオは目を細くしてトゥーシャを見た。


「バカか、貴様は。シルタ姫がただ眠ってるだけだと思っているのか? 鍵が厳重に封印されていたという事は、本来なら起こすべきではないはずだ。だが、鍵を手に入れたからには起こせと言っている。あのじじいは私に何か面倒な事を押しつけようとしているに違いない。そう思わないか」


 トゥーシャは顔を背けたまま、横目でチラリとエトゥーリオを見た後、ポツリと白状する。


「思うから、行きたくないんじゃないか」

「そうと聞いたからには、是非とも一緒に来てもらおう」


 エトゥーリオは楽しそうに笑いながらトゥーシャに手を差し出した。トゥーシャはその手をはたく。


「行きたくないって言ってるだろ?! だいたいルーイド様はおまえを指名したんだ」


 エトゥーリオは腕を組んでムスッとした。


「そうだ。それが一番ひっかかる。なぜ直弟子の貴様ではなく私なんだ。あいつとは袂を分かって以来、三百年以上顔を合わせていないんだぞ。それを見極めるためにも絶対来てもらう」

「絶対、断る!」

「いたーい!」


 トゥーシャが間髪入れずに拒否すると、隣でトムが再び声を上げて首を押さえた。目に涙を浮かべて顔をゆがめている。本当に痛そうだ。


「卑怯だぞ、おまえ!」


 トゥーシャが怒鳴るとエトゥーリオは意地悪な笑みを浮かべる。


「貴様が甘い事は承知している。行くと言わなければ、少年がもっと痛い目に遭うぞ」

「トムは関係ないだろう?! ネコをいじめると、死んだ後化けて出るぞ!」

「なるほど、それは困る」

「え?」


 苦し紛れに言った言葉に、エトゥーリオがあっさり退いたので、トゥーシャは思わず間の抜けた表情でエトゥーリオを見た。

 トムはと見ると、痛みが退いたらしく、首をなでながらホッと息をついている。


 あまりに素直なエトゥーリオが薄気味悪くて、探るように見つめると、彼は再び意地悪な笑みを浮かべた。


「かわりに貴様がうんと言うまで、毎日寝所におはようとおやすみのキスをしに行ってやる」


 トゥーシャは頭をかかえながら半狂乱になって叫んだ。


「やめてくれ――――っ!!」


 その様子を冷めた目で見つめながらトムが言う。


「いいんじゃないの? そのくらい。ぼくみたいに痛いわけじゃなし」


 トゥーシャはすかさずトムの方を向いて、拳を握って怒鳴る。


「いいわけないだろう! 精神的に痛いじゃないか!」

「だったら、答えはひとつだな」


 エトゥーリオが勝利の笑みをたたえてトゥーシャを見つめた。トゥーシャは少しの間エトゥーリオを睨んだ後、吐き捨てるように言う。


「……行けばいいんだろう? ほんっと性悪だよな」

「ねぇ、そうと決まったら、この痛いの取ってよ」


 トムが自分の首を指差して言うと、エトゥーリオはニヤリと笑った。


「全部済んだらな。それまで私の機嫌を損ねないように、せいぜいトゥーシャにお願いしておくことだな」


「ほんっと、性悪だよね」


 トムは不愉快そうに眉をひそめて首をなでた。


「ぐずぐずしてないで、さっさと行くぞ」


 そう言いながら大広間の扉を開け放ち、エトゥーリオは廊下に踏み出した。

 渋々その後を追いながら、トムがトゥーシャに尋ねる。


「ねぇ、デスバレーってどこにあるの?」


 トゥーシャは首を傾げる。


「さぁ? アメリカのじゃないだろうけど、あいつが知ってんじゃないか? 張り切ってるから」


 それを聞いてエトゥーリオは慌てて引き返してくると、トゥーシャに詰め寄った。


「デスバレーはどこにある?」

「ぼくが知るわけないだろう」

「あっさり言うな。少しは考えろ。そこの超能力少年はわからないか?」


 唐突に矛先を向けられ、トムがキョトンとする。


「へ? ぼくは異世界のネコだよ。この世界の事なんかわかるわけないよ」


 エトゥーリオは身を屈めて今度はトムに詰め寄る。


「だから、箱の匂いを嗅いでルーイドの残存思念を探るとかできないのか?」


 それを聞いてトムは呆れたように目を細くしてエトゥーリオを見つめた。


「犬じゃないんだから、匂いを嗅いだって何もわからないよ。第一、五十年も前の物に匂いなんて残ってないでしょ」

「使えない奴らだな」


 エトゥーリオは吐き捨てるように言うと、二人から顔を背けた。その横柄な態度にムッとして、トゥーシャが後ろからケリを入れる。


「おまえこそ、少しは考えろよ!」


 エトゥーリオは芝居がかった仕草で両手を広げると首をすくめた。


「今、充分に考えたとも。でも、わからなかった」

「ウソつけ!」


 トゥーシャが再びケリを入れると、エトゥーリオは彼を睨んで指差す。


「デスバレーの場所がわからない限り、貴様らは帰さないぞ。気合いを入れて考えろ」


 デスバレーの場所が判明しない限り、エトゥーリオは本当に帰してくれそうにないので、トゥーシャは仕方なく考えてみる事にした。


 直訳すれば《死の谷》。そんな不吉な名前の場所には心当たりがない。だが、そんな不吉な名前が似合いそうで、もしかしたらそこにあるかもしれない場所なら、ひとつだけ心当たりがある。


「なぁ、この森の中に砂漠とか塩の湖とかないか?」

「なんだ、それは」

「やっぱデスバレーっていうと、アメリカのを思い浮かべちゃって」

「そうじゃなくて、なぜこの森なんだ」

「だって、城が建ってるんだろ? 人目につく場所なら噂になってるだろうし、だったらおまえが知らないわけない。この国で人の入らない場所ってこの森だけだし、森は毎日変化してるから、おまえだって隅々まで把握してないだろう」


 トゥーシャに指摘されてエトゥーリオは腕を組んで考え込んだ。


「そう言われれば、そうだな。塩の湖はないが、確か《銀砂の平原》があったぞ」


 そうつぶやいてエトゥーリオは部屋の中央の水晶玉に歩み寄る。

 エトゥーリオが表面を手でなでると、そこに地図が浮かび上がった。トゥーシャとトムも側まで来てそれを覗き込む。


 エトゥーリオが手を動かすと、表示された地図も移動する。

 トムがおもしろそうに目を輝かせて問いかけた。


「これ、どこなの?」

「宮殿の裏手だ。裏の方は私もここ百年ばかり奥まで行った事がない」


 闇の宮殿は森の中心にある。宮殿の裏手は森に沿って断崖絶壁に取り囲まれ、そちらから人が侵入する事は不可能になっていた。そのため、エトゥーリオも罠を仕掛けたりせずに放置している。かかる人がいなければ罠を仕掛けてもおもしろくないからだ。


「あった、これだ。前見た時と比べて大分移動しているな。だが、それほど遠くはない。とりあえず行ってみよう」


 エトゥーリオは水晶玉に手をかざすと、短い呪文を唱えた。すると、かざした手の平に向かって、水晶玉から光の球が飛び出した。

 手の平の光の球に先ほどの地図の縮小版が映し出される。それを見届けてエトゥーリオは水晶玉の表面をひとなでした。水晶玉から地図が消え、元通り淡い光を放った。


 一連の様子を興味深そうに見つめていたトムが、早速駆け寄ってきて光の球を覗き込む。


「なに? これ」

「地図球だ」


 横からトゥーシャも覗き込んだ。


「いいなぁ、それ。ぼくにもくれよ」

「残念だな。これは闇のアイテムだから貴様には扱えない。闇の魔法を覚えたければ、いつでも教えてやるぞ」


 人差し指を立てて、その上で地図球をクルクルと回しながら、からかうようにエトゥーリオは言う。

 トゥーシャは不愉快そうに顔を背けた。


「誰がおまえに弟子入りなんかするもんか」


 予想通りのトゥーシャの反応にエトゥーリオはクスクス笑う。


「気が変わったら、いつでも来い。さぁ、行くぞ」


 そう言ってエトゥーリオは再び大広間の扉を開けて外へ出る。

 トゥーシャとトムもエトゥーリオに続き、三人は闇の宮殿を出で、裏手の森へと向かった。





Copyright (c) 2008 - CurrentYear Kiyomi Yamaoka All rights reserved.



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