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4.箱の中身



 魔法陣の中に入ったトゥーシャは全身で光の因子を感じ取る。


「……ホントだ。この中は光が満ちてる」


 エトゥーリオが魔法陣の外からルーイドの箱を渡すと、トゥーシャは尋ねた。


「封印の呪文は解読したんだろ? 教えろよ」


 するとエトゥーリオは涼しい顔で即座に拒否した。


「横着するな。自分で解読しろ。第一、貴様と私では呪文の組成が違うだろう」


 トゥーシャは諦めてため息をついた。


「違うのは封印解除の呪文だろ? ……ったく、本当に自分のためにしか力使わないよな。どっちが横着なんだか」


 トゥーシャは床の上に箱を置くと、その前に膝をつき、両手を箱の上にかざした。

 魔法の封印を解くには、まずかけられた封印の呪文を解読しなければならない。そして解読した呪文に合わせて、解除の呪文を組み立てるのだ。


 術者の技量によって封印の呪文の難易度は上下する。賢者ルーイドの封印ともなれば、複雑さは計り知れない。それを解読し解除しようとするなら、それ相応の技量を持った魔法使いでなければ不可能なのだ。


 だが、それよりも闇の領域に光の空間を作り出す事の方が、はるかに労力を要するだろうにとトゥーシャは思っていた。


 箱の上にかざしたトゥーシャの手とルーイドの箱が眩しい光に包まれた。

 それを見てトムが感嘆の声を上げる。


「わぁ、トゥーシャって本当に魔法使いだったんだ」


 封印の解読に集中しているトゥーシャには何も聞こえていないが、かわりに横からエトゥーリオが答えた。


「あまりバカにしない方がいいぞ。彼の呪文は誰にも真似る事ができないほど凄いものなのだからな」


 そう言いながらエトゥーリオはポケットから取り出した耳栓を耳に詰め始めた。

 トムが訝しげに問いかける。


「なんで耳栓するの?」

「そりゃあ、私は闇の魔法使いだからな。光の魔法使いであるところの、彼の呪文なんか聞いたら力が抜けてしまうからな」


 関係代名詞の英文和訳のようなエトゥーリオの物言いにトムは益々怪訝な表情を浮かべる。無邪気に見える彼の眩しい笑顔が、かえって邪気まみれに見えて仕方がない。

 それというのも、相変わらずエトゥーリオの考えている事がトムにはわからなかったからだ。


 エトゥーリオが耳栓を詰め終わると同時に、封印の呪文を解読し終えたトゥーシャが叫んだ。


「よし、わかった! 封印を解くぞ」


 何が始まるのか、興味津々のトムは固唾を飲んで見つめ、エトゥーリオは耳栓をした上から更に手で耳を押さえる。

 緊張した空気が張り詰めるのを物ともせずに、トゥーシャはそれはそれは楽しそうににっこり笑うと、この世のものとは思えないほどのひどい音程で、呪文の歌を歌い始めた。


 途端にトムが悲鳴を上げる。


「何、これ――――っ?!」


 予備知識もなく、全くの無防備だったトムは思わず耳を塞いで床に座り込んだ。――が、時すでに遅し。


 トゥーシャの呪文は、魔法そのものの影響を何一つ受けていないにも拘わらず、その破壊力たるや凄まじく、一度耳にすれば立ち上がれないほどの精神的ダメージを被るのだった。


 やがて不協和音が止み、あたりに平和な静けさが戻ると、トムは床に手をついて呼吸を整えた後、よろよろと立ち上がり、エトゥーリオを睨み上げた。


 エトゥーリオは耳栓を外しながらトムを見下ろして、ほくそ笑む。


「どうだ。彼の魔法はすごいだろう」

「ほんっっっっとにあんたって悪い魔法使いだ! なんで教えてくれないんだよ!」


 トムが憤慨するとエトゥーリオは腕を組んでおもしろそうに笑う。


「とりあえず洗礼は受けとくべきだろう」


 トムはひとつため息をつくと納得して頷いた。


「でも納得したよ。確かにあれはちょっと誰にも真似できないはずだ。本当言うと不思議だったんだよね。彼が王室御用達の魔法使いだって事が。ルーイドって、ああいうの教えたの?」


 眉をひそめて問いかけるトムに、エトゥーリオはクスクスと笑う。


「まさか。トゥーシャの魔法は全部彼のオリジナルだ。おまけに”いい子にしてないとトゥーシャに歌ってもらうよ”と言うと子供が泣き止むという言い伝えもある」

「へぇ、そうなの」


 エトゥーリオがまことしやかにホラを吹き、トムが危うく信じそうになった時、魔法陣の中から出てきたトゥーシャがエトゥーリオの後ろ頭を小突いた。


「そんな言い伝えはない」


 エトゥーリオが振り返ると、トゥーシャは勝ち誇ったような笑顔で箱を差し出した。


「さぁ、封印は解いたぞ。あとは自分で開けろ。開けられるもんならな」


 トゥーシャの様子に怪訝な表情を浮かべながら、エトゥーリオは箱を受け取る。しばらくの間、箱をひっくり返したり振ったりしながら、手の中でクルクルと回し、散々眺め回して不思議そうにつぶやいた。


「なんだ、これ? 封印で閉じられてるのかと思ったが、どこにも開け口がないぞ?」


 箱を振るとカタカタと小さな音がした。中に何か入っているのはわかるが、フタがどこだかわからない。

 トゥーシャは箱を指差すとおもしろそうに笑った。


「寄せ木細工のからくり箱だよ。遠目にしか見た事ないから気付かなかったけど、それ、路地裏商店組合の慰安旅行の土産でぼくが買ってきた物だ」


 それを聞いてトムが驚きの声を上げる。


「えーっ?! トゥーシャ五十年も前からあそこで店やってたの?!」

「だから、時間の流れが違うって言っただろう」


 何か言おうと口を開きかけたエトゥーリオをトゥーシャが制する。


「言っておくけど、開け方は知らないからな。箱の側面を決まった順番で少しずつスライドさせていけば開くらしいぞ。頑張れ」


 珍しくエトゥーリオをやり込める事ができたトゥーシャは、エトゥーリオが箱を開けるのに四苦八苦する姿を想像し、優越感に浸りながらニコニコ笑った。


 ところが、エトゥーリオは困った様子を微塵も見せず、ニヤリと笑う。


「そんなまどろっこしい事をせずとも、中身を取り出すのは造作もない」


 エトゥーリオの手を離れ、ルーイドの箱がフワリと宙に浮いた。


「封印が解けたからわかった。中の物からは魔力を感じない。つまり、箱を壊そうが何の支障もないはずだ」


 箱の下に広げられたエトゥーリオの手の平が薄紫の光に包まれる。徐々に膨らんでいく光を目にしてトゥーシャは宙に浮いたルーイドの箱を掴むと抱きかかえた。


「やめろ! 箱根の職人さんが丹精込めて作った伝統工芸品だぞ!」


 魔力を集めた手の平をトゥーシャに向けるながら、エトゥーリオは苛ついたように叫ぶ。


「そんな見ず知らずの職人さんに義理立てする謂われはない! 箱をよこせ! でないと、貴様ごと破壊するぞ!」


 一触即発状態の二人の間に、トムが呆れたようため息をつきながら割って入った。


「はいはい。五百年以上も生きてるいい大人が、いちいちケンカしないで。ぼくが開けてあげるから」


 トゥーシャは驚いたようにトムを見つめる。


「おまえ、開け方わかるの?」


 トムはにっこり笑ってトゥーシャを見上げると手を差し出した。


「ぼく、そういうの得意なの。貸して」

「おもしろい。やってみろ」


 エトゥーリオも魔力を引っ込めしばし休戦のかまえ。

 トムはトゥーシャから箱を受け取り、少しの間眺め回した後、クルクルと箱を回し、側面を順にスライドさせていく。最後に上ぶたを大きくスライドさせて、箱をトゥーシャに差し出した。


「はい。開いたよ」

「すごいなー。ってか、透視して開けただろ」


 そう言ってトゥーシャはトムの頭をコツンと叩く。


「えへっ。ばれてた?」


 トムは頭をなでながら首をすくめた。側までやって来たエトゥーリオが箱の中を覗き込む。


「なるほど、超能力か。で、何が入ってる?」


 箱の中には古ぼけた銀色の鍵と折りたたまれた紙が入っている。

 トゥーシャが紙を取り出して広げると、それはルーイドからのメッセージだった。トゥーシャがメッセージを読み上げる。


「この箱を開けし、好奇心旺盛なるバカ者よ。同封の銀の鍵を持ちて、デスバレーの銀の城なるシルタ姫を深き眠りより覚まされたし。それが汝の運命なり」

「だってさ。バカ者」


 トムがエトゥーリオを見てペロリと舌を出した。エトゥーリオはトムを睨んで顔をしかめる。

 トゥーシャの読むルーイドのメッセージはまだ続いた。


「なお、バカ者はおそらくエトゥーリオであろうから、姫の絵姿を同封する。――って、なんだ、これ?」


 トゥーシャがメッセージを読み終わり、重ねられたもう一枚の紙を広げると、そこにはエルフィーア姫と同い年くらいの愛らしい少女の肖像画が描かれていた。

 エトゥーリオはトゥーシャの手からひったくるようにして少女の肖像画を奪うと、しげしげと眺める。やがて嬉しそうに目を細めてつぶやいた。


「かわいいじゃないか」


 トゥーシャは顔をしかめながら、後ろからエトゥーリオにケリを入れる。


「この変態!」

「何が変態だ。かわいいものをかわいいと言って何が悪い。そこの少年もかわいいと思うだろう?」


 そう言ってエトゥーリオが肖像画を突きつけると、トムはチラリと見ただけで顔を背けた。


「ぼく、人間の女の子には興味ないから」


 少しの間黙ってトムを見下ろした後、エトゥーリオはトゥーシャに耳打ちする。


「この少年の方が、よっぽど変態じゃないか」


 トゥーシャは一つため息をついて説明した。


「こいつはネコだから人間に興味なくてもあたりまえなんだよ」

「どうりで。動く物に異常なほど興味を示すし、落ち着きがないと思ったら」


 そう言いながら、エトゥーリオは少女の肖像画のしわを伸ばし壁に貼り付ける。少し眺めて満足したように頷くと振り返った。


「よし、早速シルタ姫を救出しに行くとしよう」

「じゃあ、はい」


 すかさずトゥーシャは、箱の中から銀の鍵を取り出しエトゥーリオに渡した。エトゥーリオは鍵を受け取り怪訝な表情でトゥーシャを見つめる。


 トゥーシャはルーイドの手紙を折りたたんで箱に収めると、フタをしてトムに渡した。トムは先ほどと同じようにクルクル回しながら箱を元通りに戻していく。


「ぼくは箱を持って帰るのが使命なんだ。本来なら中身も持って帰るべきなんだろうけど、中身はおまえ宛だとわかったから、百歩譲って中身はおまえにやる。おまえだって箱はいらないんだろ? 用は済んだから帰る。行こうか、トム」

「うん」


 トゥーシャがエトゥーリオに背を向けて促すと、トムは元通りに戻した箱をトゥーシャに渡し、彼の後について出口に向かった。





Copyright (c) 2008 - CurrentYear Kiyomi Yamaoka All rights reserved.


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