ここは私のお家です2 私の10連休
主と私を呼んだ彼は。
「かしこまりました主。ではそのように」
は?なんだかよくわからないけれどそのように事は運ばれるらしい。本当に大丈夫なのかしら。
「あんまり期待しないでおくけどよろしくね。急いで変なの捕まえてこないでね」
「かしこまりました」
言うだけ言った。だから私は彼を放って自分のしたいことをし始めた。
溜めに溜めたアニメ、ドラマ、音楽番組、スポーツ番組。ああ、スポーツは溜めなきゃよかった。もう結果わかっちゃってるんだよね。
録画したものをどんどん見ながら、時々話しかけられることに適当に答える。楽しく見ているのだから邪魔をしないでほしい。話しかけないでよ、あーうるさい。
「まずは言葉を覚えるでよろしいですか」
「うん。いい」
「みすぼらしいのはよろしくないのですよね」
「よろしくないに決まってるでしょ」
「どの程度をお望みでしょうか」
「着の身着のままはだめ。新品じゃなくていいけど、ちゃんとお洗濯してあるお洋服を着る!働かざるもの食うべからず、脳筋は嫌よ」
「見た目の好みは具体的には」
「そんなにうるさくないって。将来的なハゲは許せるけど、とりあえずデブは嫌っていうか痩せすぎも嫌、体型云々より健康第一。健康的な使える筋肉大好き。見せ筋NO!私の方に身長にこだわりはないけれど、相手が卑屈になるようだったら私より高い方がいいのかな」
だからゆっくりテレビを見させてちょうだい。
「って私さっきから何に答えてるの?」
慌てて彼の方を振り向いた。彼はせっせとメモを取りながら空中に浮かぶキーボードのようなものをカチカチと操作をしていた。
「何それ。何やってるの」
今までと打って変わって恐る恐る聞いてみた。だって宙に浮いてるそれ何よ。いやいや私がおかしいの?視力には自信があるのに。
いよいよ本気でこれは何かがおかしいと思い始めた。でもまだ背けていても大丈夫なような気がしないでもない。まだギリギリセーフな感じがする。どこからか、もうギリギリアウトだろと突っ込まれたような気がした。
「まだセーフだもん、多分、きっと」
大丈夫。ネットは繋がる。家電も使えている。この怪しげな人以外におかしな生物はいない。いわゆる魔法の形跡もない。水道の蛇口からちゃんと水道水が出てきた。トイレも流せた。大丈夫とりあえず異世界説はないはずだ。
私思ったより疲れていたのかな。こんな変な状況なもんだから、もしかして異世界に来ちゃったのかもとかちょっと思っちゃった。
やばい私意外と中二病。
「気にしない気にしない一休み一休み」
こんな考えが出るようじゃ本当に思ったよりも疲れていたのかもしれない。休んでよかった。
私はスマホを手に持って再びベッドに転がった。
◇
10日と言う長期の有給を楽しく過ごし終わった先輩が出勤してくるはずの日、その姿がなかった。
うっかり休みを間違ったのかとみんなで代わる代わる先輩に電話にメールにしまくったが全く返信も折り返しもなかった。もしかして実家にでも帰って日にち感覚がずれて何か間違ったとかとか考えた私たちはご実家にも電話をしてみた。しかしご両親は先輩が休んでいたことすら知らなかった。
さすがにおかしいと何かあったのかと私たちが先輩の家に遣わされることになった。
「何か事件に巻き込まれたのかな」
「先輩のことだもん、楽しすぎて出勤日間違っちゃっただけかもよ」
「そうだよね。行ってみたら、ただ忘れてたとか携帯の充電切れてとかそんな笑っちゃう話に違いないよね」
「だってあの先輩だものね」
私たちはほんの少し引っかかりを覚えながらも先輩の住むマンションへ向かった。
不審人物に思われないように会社からマンションの管理室に電話を入れてもらっておいた。
管理人さんも先輩をよく知っているようで、笑いながら、「行ったらきっと寝てるだけでしょう、気合い入れてお休みに入ってましたからね」なんてカラカラと朗らかに声を上げていた。
ところがそれはあっさり裏切られる。
鳴らしても出ないその部屋に管理人さんと共に入ると。
ベッドの上に先輩が眠るように横たわっていた。
見たまま、苦しまずに眠るように亡くなったということだった。
見立てでは、明日から休みだとウキウキしていたその夜にそのまま亡くなり、せっかくのお休みはずっと一人でピクリとも動くことなくベッドの上で過ごしたことになっていたらしい。
「先輩休みすぎです」
「満喫の仕方間違っているでしょう」
「また一緒に飲みに行きましょうよ」
「すっとぼけた先輩ともっとお話ししたい」
イタズラなのか霊の仕業なのか。しばらく泣きたくなるようなことが続いた。イタズラだったら許せないけど、とてもそのようには思えなかった。
「先輩からLINE来たよ」
「普通に先輩らしい返事が来た」
「なんか先輩のところに自分を主と呼ぶ変な男がいるって。捕まえて彼氏にしちゃえって返しちゃったよ。見てよこれ、確かに尽くしてくれるんだよねだって」
「ご飯作ってもらったってご飯と一緒にピースしてる写真が」
「死んだなんて嘘なんじゃない」
「私たちが知らないどこかで生きているのかも」
「だったら人騒がせすぎ」
「ねえなんか急ぎじゃないけど連絡漏れがあったって普通に俺のパソコンにメール来たんだけど」
「自分のとこには酔っぱらった先輩からやっぱり男の筋肉は見せ筋じゃなくて使えるのが素敵なのよって。夜8時頃電話かかってきたんですけど」
「先輩マジ生きてんじゃね?」
「これって警察案件?」
「元気すぎて普通すぎてとても事件に巻き込まれてる感じしないし」
「でもお葬式にも出たよ。ご遺体見たじゃない」
不思議と怖いというより先輩らしさが伝わってきて、本物の先輩からとしか思えなかった。
でもそれもずっとずっと続いたわけではなく、楽しみにしていた先輩との交流はある日を境にパタリと止んでしまった。
亡くなった後も下手に繋がりがあったばっかりに逆に落ち込みが激しく、私たちにとってますます先輩は忘れられない存在になった。
ある日なかなか回復できないほど落ち込んだ私は友達に今回のことを添付写真を見せながら話した。
「あ」
友達が目をまん丸にして固まった。
「これ、夏川先輩だ」
友達が驚いたのは先輩に対してではなく一緒に写っている男性だった。
「何だよこれ。1年くらい前に亡くなった夏川光一さんだ」
先輩だけでなく、この男性もすでに亡くなっていた方だというのか。
「夏川先輩、なんだよギルバートって」
「どこからどう見ても日本人なのに超笑える」
こうして悲しみに見舞われた不思議体験は何とか私の中で折り合いがついた。