1章 by佳奈
夏休みまで2週間くらいの時期の朝。私たちは学校へ向かう坂を登っていた。
「いやー、最近は暑くなってきたなー。」
夏葵が呟く。
「さあ、それほどでもないんじゃない?」
そう返事をしたけど…凄く暑いわね。夏葵がそう言いたいのも分かるわ。
「相変わらず素直じゃないなぁ。」
そう言うのは撫子だ。
私たちは一般人じゃない。一人一つの能力を持った能力者だ。
短髪の夏葵が持つ能力は『糸の海』、糸を媒体にして対象を操る能力。
左側に三つ編みを流す撫子の能力は『鏡絵巻』、鏡を媒体にしてある程度境界を操る能力。そして胸くらいまでの髪をそのまま下ろしている私、風切佳奈の能力は『風神』、媒体は無し。名前の通り、風を操る能力。各々能力のタイプがバラバラだけと、逆に相性が良いみたい。でも、私は能力の出力が強すぎて制御しきれないから能力と言っても最低限しか使えない。ホント、どうすれば良いのかしら。
「もう7月だぞ。暑くないわけ無いだろ。特に佳奈は暑さに弱いだろが。」
「まあ暑いけど。相変わらずね、夏葵。」
…………二人はまだ普通なのよね。それに比べて私は…。
私は夏が苦手だ。その理由は日差し。そして半分しか人間じゃないから。もう半分は…………吸血鬼。撫子に話した時に聞いたけど、夏葵は吸血鬼が嫌いらしい。私のことを『親友』と呼んでくれる夏葵なら大丈夫だと思うけど、万が一にも嫌われたくないから、一生言わないでしょうね。ただでさえ私は中学の頃から二人に迷惑をかけているから。実は私はある組織から狙われてる。組織の正式な名前はわからないけど、隠語で『宝石』と言っていた。
「おーい、佳奈?」
うわっ、びっくりしたじゃない‼︎でも私がとった行動は指をピクッと動かして、
「どうしたの?」
つて言っただけ。
「あのなー佳奈、俺の話聞いてなかっただろ。」
何か話をしてたのは聞いててわかってたけど…
「聞いてなかったわよ。」
「えっ、今結構すごい話してたよ?」
え、そうだったの。
「実はな、今日転校生が来るらしいんだ。」
え、転校生?うちの学校に?ま、転校生が来たとしても私に近寄ったりしないだろうから、あまり関係なさそうだけど。
「まあ?たとえ転校生が来たとしても佳奈には近寄らなあああああああああ!ローファー踏むな‼︎」
「え?余計な事言いそうだった夏葵が悪いのよ?」
「でもホントのことだろうが‼︎」
「あら、何のことかしら?」
「しらばっくれるんじゃねえ!」
「はああ⁉︎」
「まあまあ二人とも。」
とまあこんな感じで、いつも通りに道を歩いていく。
「でも、心配だなぁ。もしも転校生が能力者だったら…。」
「そしてもし俺たちと対立したら、か?」
撫子の言葉に夏葵が続ける。二人とも不安なのね。
「…大丈夫よ。例の転校生が能力者でも。私たち3人でかかれば大抵のヤツには勝てるから。」
二人は少しポカンとして、
「そうだね。きっと大丈夫。」
「そうだな。きっと大丈夫だ。」
と笑顔で言った。丁度校門に着いたから私たちの会話が途切れる。
私たちの使う昇降口とクラスは距離がある。具体的に言うなら、建物の端から端まで歩かなきゃいけないし、私たちのクラスは4階だから、面倒くさいのよね。
ふその途中で、うちの学校のものじゃない制服を着た男子がこっちに歩いてくる。でも何だか違和感があるような気が…。
そしてすれ違った瞬間、宙に浮く様な、水に潜るような、不思議な感覚がした。…今の感覚は!ただし、その感覚がしたのは一瞬で、直後にはもうあの感覚は消えていた。
………夏葵と撫子の嫌な予感が当たっちゃったわね。二人を見ると少し顔色が悪い。そりゃそうよね、冗談めかして言ってたのに本当になっちゃったんだから。
「夏葵ちゃん、佳奈ちゃん、今のって…!」
「ああ、多分な。」
「十中八九そうでしょうね。」
3人で顔を見合わせて頷きあう。今の男子は能力者だ。
「あ、まずい。あと2分で朝のHR始まっちゃう!」
「なんでそれを早く言わないの⁉︎」
「言う暇なんて無かっただろ‼︎」
私たちは急いでクラスへ。ふー、どうにか間に合ったわね。各々の席に同時に座る。私は窓側の真ん中あたり、撫子は真ん中の列の最後尾、夏葵は廊下側の一番前。私たちが席に着くのとほぼ同時に前の扉が開く。ホントにギリギリセーフだったみたいね。
「おお、今日も全員いるな。皆もう知っていると思うが、この学校に転校生が来た。」
担任の言葉にクラスがざわざわし始めた。この言い方なら他のクラスね、たぶん。
「そしてその転校生はこのクラスの仲間になる。仲良くしてやってくれ。」
…回りくどい!
知らず知らずのうちに殺気みたいなものを出してたみたい。後で撫子から聞いたけど、その時の私は謎のオーラみたいなものをまとっていたらしい。担任も一瞬ビクッとしてたけど、頑張って明るい声で言った。
「入ってきていいぞ。」
扉が開いて件の転校生登場。……担任の「ぞ」と同時に。
私の第一印象は…なに、こいつ?だった。ものすごく嫌な予感がするけど、一応聞くだけ聞くわ。警戒はしておくけど。転校生は男子。制服からそうだもの、間違えようがないわよね?男子は自己紹介を促され、黒板に「三条優」と書いた。
「僕は三条優。よろしく頼む。」
全員ポカーンとした。何なのよ、あの上から目線。私の大嫌いなタイプだわ。
「三条、お前は夕月の隣、中央の列の最後だな。」
またもや転校生、三条優は担任の言葉の最後、「な」と同時に歩き出し、何も言わずに着席した。あーもーイライラする!
撫子も流石にこの空気の中話しかけるのは気まずいだろうし、どうしようかしら。
「あ、あの、はじめまして。私、夕月撫子っていうの。よろしくね?」
す、凄いわ撫子。この状況で話しかけられるなんて。対する優の反応は…?
えっ、何も言わずに撫子の方をチラッと見て、それだけ⁉︎何か言いなさいよ!
その日はずっとイラついて過ごしていた。
帰り道で、
「あの転校生ムカつくな!三条優だっけ?何なんだよ、あいつ⁉︎」
夏葵が言う。
「夏葵に全力で同意するわね、あの上から目線はいただけないわ。」
「二人とも、落ち着いて。中学の頃の佳奈ちゃんもあんな感じだったんだよ?」
え?嘘よ。いくらなんでもあそこまでじゃないわ。
「あそこまで無愛想じゃなかったわよ。」
「いーや、案外似た者同士かもなぁ、か・な?」
ふーん?
「随分な言い方ねえ?な・つ・き?」
そういいながら笑顔で夏葵に技をかける。
「ぐうっ!技をかけるなっ!」
どうにか技から逃れた夏葵が今度は私に食ってかかろうと飛びかかってくる。それを綺麗に避けて騒ぎながら帰っていた時だった。
「あ、あれって優君じゃない?」
撫子が指差す先を見ると確かに優だ。でも何であんな所に?優が入っていった先って細い路地と小さめの広場みたいな場所しかないのに。
「おい、優の後つけてみようぜ。」
夏葵、何言い出すの⁉︎ああもう走り出しちゃってるし、ついて行くしかないか。