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ご主人様

 舞踏会の準備と昼食を済ませた後、奥様と一緒に父が御者を勤める馬車に乗って数刻、建設中の巨大な時計塔(ビッグ・ベン)が見下ろすウェストミンスター橋を渡って帝都ロンドンの中心に入る。沢山の馬車や群衆が往来する中、宮殿や聖堂や官邸が立ち並ぶ大通りを抜けてハイドパークの西側の区画、劇場やブティック、ホテルやレストランが立ち並ぶメイフェアの通りの一角にあるホテルに到着し、エントランス前に馬車が停められる。


「奥様、到着しました」

「ああ、ご苦労だったな」


 サラ奥様は差し出される父の手を取って馬車を降りると、後を待つことなくヒールを鳴らしながらエントランスへ入っていく。


「ルーシーも、おいで」

「ありがとうございます。お父様」

「お前も、気づけば随分大きくなったな。坊ちゃまもさぞかしご立派になられていることだろう」


 久しぶりに握る父の手は昔と変わらず大きくて温かく、聞き慣れた穏やかな声に今まで少し緊張していたことに気付かされる。


「はい、お会いできるのが楽しみです」

「エドワーズ家のことは私達に任せておけば大丈夫だから、坊ちゃまと奥様のことをよろしく頼むよ。お二人がこの社交界で成功するのには、お前の力がきっと必要になる」

「はい、お父様。理解しております」

「本当に、よく育ってくれたね。ルーシー、私達は奥様や坊ちゃまと同じくらい、お前のことも大事に思っているから、それを忘れないように」

「はい、私も、お父様とお母様には感謝し尽くせないほどに感謝しております」

「さ、荷物を下ろそう。『最新型の未亡人ヴーヴ・ア・ラ・モード』がお待ちかねだ」

「お父様、奥様は人を待つなんてことはなさいませんよ」

「ああ、そうだったな」


 その後、父と一緒に座席の後ろに積まれたスーツケース二つを下ろし、フロントで案内を手配してフィル様のお部屋まで荷物を運んでもらった。


 ――コン、コン、コン、コン


「入れ」


 ノックの後、奥様の声が室内から響き、「失礼致します」と静かにドアを開けて父とともに客室に入る。小さなスウィートのリビングルームのソファに奥様と向かい合って座る少年が、私達の入室とともに、ぴょんと跳ねるように立ち上がり、変声期を迎えた甘いハスキーボイスが華やかに響く。


「ルーシー! 会いたかったよ! ダニエルも!」


 サラ奥様から受け継いだ銀髪とブルーグレーの瞳、お父上から受け継いだ癖っ毛と穏やかな眼差し、ご両親の特徴を良く併せ持った線の細い端正なお顔立ち、天使のようだった幼いフィル様が、今は私の身長を超えるまでに背が伸び、誰もが振り返るような美少年へと成長していた。


「フィリップ様、お久しぶりでございます」

「……お久しゅうございます。ご主人様」


 一瞬言葉を失い、父の声に続いて挨拶をする。


「ルーシー、元気だった? また綺麗になったね」

「ありがとうございます。私は変わらず元気にしております。ご主人様も、お元気そうでなによりです」

「良かった〜 スクールにいる間ずっと、もう会えなくなるんじゃないかって心配してたんだよ」

「ふふふ、少し落ち着いて下さい。戻ってこられたら、またご主人様にお使えするとお約束したではありませんか。私も立派にご成長されたご主人様にお会い出来て嬉しく思います」


 瞳を輝かせながら頬を薔薇色に染め、矢継ぎ早に話しかけられるフィル様にお答えすると、不思議そうに首を傾げる。


「ん? ご主人様って、僕のこと?」

「はい、今日から私は次期当主であられるフィリップ様の侍女として仕えさせていただくことになりました」

「なんか、変な感じ。今迄通りフィルって呼んでよ」

「それには従えません。ご主人様は今はまだ幼いですが、これからエドワーズ家の当主としての自覚を持って立派な紳士に成長していただかなくてはなりません」

「え〜 ルーシ−にそんなによそよそしくされるのは嫌だよ」

「駄目です。慣れてください」


 放任主義の奥様がなぜそんなに心配するのか、すぐに理解できた。フィル様は天然の女たらしでありながら、全くの無自覚だ。このまま放って置いたら女性関係のトラブルが尽きなくなるのは想像に難くない。


「フィリップ、ルーシー、二人で話したいこともあるだろう。私はブティックを回ってくるから、夕食までここでゆっくりしていると良い。行くぞ、ダニエル」

「はい、奥様」

「いってらっしゃいませ。奥様」

「母様、いってらっしゃい」


 サラ奥様は背中で返事を聞いて振り返ることなく、ドアを開けて外で待つ父に続いて客室を出ていった。

 シャンデリアが煌めくスウィートルームに二人きりになると、瞳を輝かせて頬を薔薇色に染めたフィル様が「ルーシー」と名前だけ呼んで腕を広げる。


「ふふ、身体は大きくなられても、そういうところはお変わりありませんね」


 はにかむフィル様の側に寄って軽く抱き合うと、穏やかな鼓動が、息遣いが、温もりが伝わる。


「ルーシーって、こんなに小さかったんだ」

「大きくなられましたね。ご主人様」

「なんか、こうしてご主人様って言われると、変な感じ」


 私の肩に顔を埋めて甘えるフィル様の鼓動が高鳴るのを感じて、奥様の言葉を思い出し、少しの悪戯心が芽生える。フィル様を抱く腕に少し力を込め、胸を密着させて耳元で囁く。


「これから私はフィル様のものですから、ご遠慮なくお好きになさってください。ご主人様」

「ルーシー、それ……」

「私の匂い、嫌ではありませんか?」

「そんなこと、ないよ。とってもいい匂い」

「ありがとうございます。お身体も逞しくなられましたね。私の身体はいかがですか?」

「……あたたかくて、柔らかくて、すごく気持ち良い」

「私も、ご主人様に抱かれて良い気持ちです」


 フィル様が生唾を飲み込む。鼓動は早鐘を打つように更に高鳴り、息遣いは粗く、体温が少し上がるのを感じる。


「もっと、強く抱きしめて下さい。ご主人様」


 耳元で囁くと、苦しいほどに抱きしめられ、思わず声を漏らしてしまう。


「んっ……」

「あっ、ごめん、つい…… 大丈夫?」

「はい、大丈夫です。男らしくて素敵ですよ」

「んん、男らしいだなんて、初めて言われた」

「ふふ、ご主人様はお優しいですし、可愛らしいお顔立ちですからね。でも、これからはエドワーズ家の当主として、紳士であっていただかなければなりません」


 フィル様の背中に回した手を腰に下ろして支えて下半身も密着させると、フィル様のズボンの膨らんで固くなった部分が下腹部に押し付けられる。


「あっ! ルーシー、ダメだよ!」

「こちらも、ご立派になられましたね。ご自身で触られたことはありますか?」

「なっ…… 無いよ、そんなところ……」

「このご意味は、おわかりですか?」

「ううん、最近、朝起きたときとか、寝る前とか、そこが腫れて硬くなっちゃうんだ。しばらくすると治るけど、恥ずかしくて、誰にも相談できなくて……」

「ふふ、そうですか。私がお教えしますので、寝室へまいりましょうか」


 私自身もこういう経験は無いけれど、何をすればいいかは記憶が知っている。腕の力を緩め、抱き合った身体をゆっくり離して、顔を真っ赤に染めたフィル様の今にも泣き出しそうなほど潤ませた瞳を見つめる。目の前にいるご主人様である幼い美少年を支配する背徳感に、私自身も顔が火照り、胸は苦しいほどに高鳴る。

TIPS


【帝都市街】

当時世界最大の都市だった大英帝国の首都ロンドン。

ウェストミンスター橋を渡って市街に入りメイフェアにある名門ホテルへ向かう様子を描いています。


【ダニエル・ミラー】

ルーシーの父。エドワーズ家の執事でブティックの支配人。妻のケイトは幼馴染で婚前からともにエドワーズ家の使用人として働いていた。アーサーの勧めで結婚し、ルーシーを一流のメイドとして育てる。

エドワーズ家が破綻した後も夫婦で身を粉にして働きエドワーズ家の家計を支えた。

サラが来たときには夫婦でブティックの従業員として雇われ、ケイトも専属のテイラーとして働く。

ルーシーのことを密かに自慢に思っている。

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